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55日間外出禁止中、シェフの夫は何を作っていたか。〜4月18日オキザリスのサラダと蛸飯のおにぎり

 外出禁止開始から1ヶ月。少しずつ、不満も募っていた。外に出たい。いつも籠りがちな生活を送っているのだが、毎日嫌味なほどさわやかな晴天が続いており、さすがのわたしにも外出欲が出てきた。冬は曇り続きで、昼の短いパリ。太陽光に乏しく寒い冬を抜け、やっと春の訪れ!そこに来た外出禁止。家にずっといるのは、酷な話である。

 日本の常識では考えられないことかもしれないが、外出禁止になると決まった時から、パリをはじめとする都市部から地方への人々の大移動が起こった。「都会の狭い部屋で、不自由に暮らすなんてイヤ」ということだろう。その気持ち、今なら痛いほど理解できる。もとより、ここは自由の国。フランス人は、日本人とは比較にならないほど、管理されるのが大嫌いなのだ。

 日本なら、「コロナに感染しているかもしれないのに、田舎に帰ってくるな!」といわれそうだが、フランスではそうでもないらしい。みんな、それほど気にすることなく車や電車で実家に帰っていき、お金を持っている層はセカンドハウスや貸別荘に出かけていった。もはや、バカンス(休暇)である。わたしの知人でもけっこういて、家族のいる実家の広い庭で、ゆったりランチやお茶をしてくつろぐ風景が、毎日普通にSNSに投稿されていた。

 だいたい、はなからSNSは忍耐力を鍛えるための道場なのだ。心の底から羨ましかった。だけど、仕方がない。逃げる場所のない都市住民という立場に甘んじざるを得ない。格差社会である。外出禁止が開けてから、パリではベランダ付きマンションの価格が爆上がりしたそうだ。さもありなん。

 外に出られないので、ベランダや室内の植物を、いつも以上に可愛がった。なんとなく面倒で後回しにしがちな、植え替えや土の入れ替え、肥料やりなども、夫婦でしっかりやった。その甲斐あって、花はよく咲き、緑も鮮やかになり、それはそれで満足感があった。隠居生活ってこんな感じだろうか?と思ったが、自分がその年になる頃にこんな平和な時間が過ごせているだろうか、と考え始めると身震いがした。

 鉢植えのブドウも上手に芽吹いた。下草のオキザリスが大いに茂り、見た目には良いけれど、これは茂りすぎだから刈ったほうがいいよね、と夫に相談すると、「もったいないから、食べよう」という。

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 オキザリスを調べると、日本語ではカタバミとも呼ばれるという。種類がとても多くて、たまに美しい花が咲くものもあるらしい。うちのは小さな黄色い花が咲くけれど、やっぱりただの雑草だ。成長が異常に早く、抜いても抜いても生えてくる、生命力の異常に強いやつ。食べられるのか甚だ疑問だったが、夫が言うのなら信じてみよう。

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 色鮮やかなマスのカルパッチョの上に、ドレッシングで和えたオキザリスをのせてくれた。ものすごく美味しいかと訊かれると返答に困るが、ほんのり酸っぱくてアクセントとしては悪くない。うちで生えている雑草を食べることになるなんて、外出禁止じゃないとしなかったな、とそれはそれで面白い体験をしたと満足した。次からは、食べないかもしれない。

 ピクニックに行けないなら、家ですればいいじゃない。と、窓辺をテラスだと自分に信じ込ませ、おうちカフェごっこもやってみた。日差しの強すぎる真夏の今は近寄りもしない窓辺だが、その頃は優しい春の光が降り注ぐ、心地よい場所だった。我が家の中で、体内でビタミンDの生成を望める唯一のスポットでもある。

 ただコーヒーとおやつの時もあれば、昼ごはんを食べることもあった。ピクニック行きたい、カフェのテラスで食べたい、とグズグズいうわたしに、夫は蛸飯のおにぎりとお味噌汁を用意してくれた。大人の魅力、和カフェである。小さな蛸で作った蛸飯は、新生姜がピリッときいていて、食欲を刺激する。蛸の旨味が米全体にじんわりと染み渡って、食べるだけで癒される。おにぎりと味噌汁は、それだけでレメディなのだ。ちなみに、外出禁止期間で、夫は和食の腕も格段に上げた。大変有り難いことである。

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 見えるのはうちのベランダ園芸、その先には向かいのマンションの窓、と美観には欠けるが、少しお出かけしている気分になる。去年は(パリ郊外の)ソー公園でお花見したよね、とか、ブーローニュの森にある小島でピクニックしたよね、とか、近い過去の思い出話をしながら、大きなおにぎりを平らげる。来年は、もっと自由に、楽しめる春になりますように。


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