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読書感想文「メイドの手帖」

「メイドの手帖」ステファニー・ランド著

このnoteを読んで、本の存在を知った。

自身は夫と家事育児仕事全て分担してなんとか乗り切っているが、度々受ける「母親」へのプレッシャーに辟易することは多い。心の底から謳歌できない自由や子どものことで予定が全て変更するかもという不安は消えず、もはや日常だ。
子どもを産む前と後では生活の何もかもがガラリと変わって、優先順位も自分のことから子どものことや家族のことへ。
自分で選んだ人生とはいえ、子育てをすることで与えられるハードルが高すぎやしないか。しかもその数も多い。
そんなライターへの共感と、一部引用された本の内容に惹かれて読んでみようと思ったのが『メイドの手帖』である。

これはただの子育て奮闘記ではない。
女性でありシングルマザーであり、貧困で頼れる家族もいない。
自分自身が働き、養い、育てていかなければ何もかもが立ちいかなくなる。石ころに躓いたが最後、その躓きが後に後に作用していって大きな岩となり眼前に立ちはだかる。
そういう「自分ではどうしようもできない」構造の中に生きる社会的弱者の物語だ。

読み進める度に子ども時代の自身の記憶に呼び戻される。貧困の記憶は焦燥の記憶。
私の母は自身が10歳の時に離婚し、シングルマザーとして私と兄を育てた。10歳と15歳の子ども。幼児期特有の苦労は過ぎていただろうけれど、思春期真っ只中の2人相手はまた別の苦労があっただろう。
私の記憶の中の母と、主人公の状況が重なる度に読み進めることが辛くなった。それは同時に主人公に重なる母を、現在母である私が追体験していく作業でもあり、時折動悸もあった。

よく読めたなと自分でも思う。
孤立した者の音のない叫びが聞こえてきそうで涙が止まらないこともあった。
読み進める原動力はなんだったのか、何が突き動かしたのか。
それはこの序文である。​

『本書の結末がハッピーエンドだとここで書いてしまっても、読者の楽しみを奪うことにはならないだろう。』

この本を読んでいる間、この一文を忘れることは無かった。疑ってしまいそうにもなったし、そうであってくれと祈るような気持ちにもなった。
だから、とにかく読んだ。
アメリカでシングルマザーになった女性が何を思い、どのような経験をしてきたのだろう。
遠い他所の国で起こったことではない、まるで日本の出来事のような弱者を切り捨てた公助の不備や自己責任論による暴力がつづられている。

是非一読いただきたい。​


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