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多様性への寛容さなのか、タイパの良さなのか

『教職研修』’23.8月号の特集1「教育とタイパ」

まず、タイパとは

「タイムパフォーマンス(タイパ)」とは、「コストパフォーマンス」の時間版で、かけた時間に対する満足度を表す言葉です。たとえば、少ない時間で満足度の高い経験が得られたと感じられるとき、その行動は「タイパがよい」と表現できます。タイパは「効率」や「生産性」という言葉に言い換えることもできるでしょう。「タイパ」という言葉は、三省堂主催の「今年の新語 2022」の大賞に選ばれたことでもより広く知られるようになりました。

「人事の図書館」より

特集の中にあった「なぜ、「タイパ」を気にする人が増えたのか?」というタイトルの稲田豊史さんの記事。
以下の「多様な価値観に寛容なZ世代」に関する一節にうなずく一方で、すごく考えさせられました。

 非常に偏差値の高い学校に通う男子高校生が「オタクを差別しない」と言っていたので話を聞いてみたが、決してオタクの価値観を理解し尊重しているわけではなかった。自分と違う思想の人に批判的な態度をとれば波風が立って面倒くさい。だから触れないだけなのだ。
 ここに、異なる価値観に時間をかけて向き合おうといった気運は皆無だ。ただただ「触らぬ神に祟りなし」。彼が今まで教師から口を酸っぱくして言われてきた「他人の意見を尊重しましょう」を最も浅いレベルで律儀に守っているにすぎない。
考えの違う他人と対立してエネルギーを使いたくない。熟議は面倒くさい。だからこそ、概ねの同意にはSNSで「いいね!」を連発する一方、同意できない価値観は静かに無視する。それが最も効率的でストレスをためない、「タイパのいい」コミュニケーションであり処世術だからだ。

『教職研修』’23.8月号の特集1


多様性への寛容さを子供達と一緒に考えていこう、と言いながら、
例えば同僚に対しては「尊重」の名の下に正に「触らぬ神に祟りなし」をしていなかったか。自問しました。
頭では分かっているつもりでも、感情が邪魔をする場面がたくさんあります。

そして、ややもすると生徒は正にこの例のように、私の前でのみ、最も浅いレベルで律儀に言われた通りにしていただけだったかもしれない。

ほんとうに「多様性への寛容さ」なのか、
ただ「タイパの良さ」を追求しただけなのか。
心は見えません。
より善い行動を選択できるようになるために、学校に対話の文化を取り入れる重要性と必要性をまた感じたのでした。

NPO法人 学校の話をしよう HPより

今日も最後までお読みいただきありがとうございました😊

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