見出し画像

「これは一生治りません」次女が生まれ持ってきたもの2

ただ頭が真っ白になった私は、何も考えられずにいた。
眼科の医師が目の中身を書かれた図を取り出し、説明を始める。

画像引用元:https://www.santen.co.jp/ja/healthcare/eye/eyecare/structure/

その説明によると、目の中にある虹彩と角膜が癒着し角膜の中央部分に白いにごりができている、というものだった。
病名は「ペータース(ピータース)奇形・先天性角膜混濁」というらしい。
視力は見込めず、大人になっても弱視のまま。Ⅰ型、Ⅱ型とあるらしい。
ある程度成長すると、今はカラーコンタクトもあるので、見た目的にはカバーできます、とも伝えられた。ただ、そのコンタクトを付けることで、視力が回復することはない。
合併症でよくあるのは、緑内障。通常よりも眼圧があがりやすく、緑内障を繰り返す場合も。緑内障になった場合は手術が必要。
耳や歯の形が何らかの異常がでる場合もあるらしい。

これは調べたことなのだが、角膜移植という方法もあるらしい。ただ、移植する角膜が入手困難なことや、手術をできる期間が生後3カ月までといった、小さな体にたくさんの負担がかかる。手術の成功率も低く、拒絶反応が起こることも珍しくない。

知らない単語が次々と出てくる中、分からないなりに一生懸命聞こうとするが、最初の「一生治りません」という言葉が辛すぎて、何も頭に入ってこない。
隣で旦那は次々と医師へ「命に別状はないんですか?」「他にはどういった症状がありますか?」など一生懸命聞いていたが、どれも覚えていないほど。
旦那が医師へ質問をする度に、研修医の方は会話の内容をメモしていた。

説明が一通り終わると、主治医の先生から「最後にお母さんからは、何か質問はありませんか?」と聞かれたが、ただ頷くだけしかできなかった。
何か一言でも発せば、涙が溢れてきて止まらなくなる予感がしたからだ。

説明が終わり個室から出ると、小さな次女が待っていた。次女を抱っこしていると安心し、病気があることなんて嘘のように思えてくる。
婦長さんが「お母さん、大丈夫?」と声をかけてくれたとたん、一遍に涙が溢れてきて止まらなかった。人前でこんなに泣くなんて何年振りだろう。おそらく、高校生の時に父が亡くなった時以来。

それから自宅へ帰り、二日間は旦那ともまともに話せてなかったと思う。
お互い不安に押しつぶされそうだった。
そんな中でも、旦那は一生懸命に明るく振舞ってくれた。
次女を出産し、右目に白いにごりがあったことも何人かの友人や家族に話していた。
心配をして連絡をくれる友人たちや家族に対し、(ピーターズ奇形という診断を受けてからは)一週間くらいまともに返事ができてなかったと思う。

ピータース奇形に関して、常に調べていないと不安で、四六時中インターネットに張り付いていた。
ただ、一万人に一人という発症率から、ピータース奇形に関する記事は少なく、得られる情報は薄かった。
次女に面会している時だけは、気持ちが安らぐ。罪悪感が大きく、いつも次女に謝っていた。

いよいよ次女の退院の日が訪れた。
待ちに待った日、私は長女と一緒に次女を迎えた。
旦那はその日仕事で遅い帰宅になったが、帰ってくるなりご飯も食べず、次女が寝ているベビーベッドに張り付いたようにして、無我夢中に次女を眺めていた記憶がある。

それから間も無く、忙しない育児の時間が始まる。忙しない中で不安も消えるだろうと思っていたが、対して今までと変わらなかった。
次女が長女の時にはなかった仕草をした途端、新生児にはよくあるミルクを勢いよく吐き出した途端、私は大騒ぎして調べまくったものだ。

私の実家へ子供達を連れていった時には、母が寒かろうと思ってつけてくれていたホットカーペットに「電磁波が出るからやめて!」と、些細なことによく怒鳴り散らしたりしていた。
今思えば、ものすごく神経質になっていたのだと思う。

大学病院への検診は定期的にある。
検診がある前の日は、緊張で眠れないことも多々あった。
しかし、検診を重ねていくうちに嬉しいこともあった。

次女が成長していくうちに、角膜の白いにごりが薄くなってきているのだった。
このままいけば、見た目的にも気にならなくなるだろう、という。
さらに、虹彩と角膜が癒着し引っ張っていることから、瞳孔に白いにごりがかぶっていない部分がある。
両目で目追いもしているので、もしかするとそこから見えているのかもしれない、ということ。

その嬉しい知らせを聞いてからは、自然と不安が軽くなっていった。
今では次女の右目のことを忘れてしまうほど、気持ちに余裕を持って過ごしている。

「一歳を過ぎてから、視力検査をしてみましょう。」と提案された。
実はその視力検査の日が、今日なのだ。緊張で眠れない時間を過ごしている。

暗い内容や、感情的な部分が多かったとは思うが、実は次女が持つこのピータース奇形に関して記事を書く際には、かなり葛藤した。
何回も書いては消してを繰り返した。
旦那に相談すれば、もちろん良い顔はしないだろう。
しかし、実際に私が悩みネットで検索した時、ピータース奇形の情報はあまりに少なく、薄かった。
ピータース奇形と向き合う方々に、少しでも役に立てればと思い、この病気に関することをたまに書いていこうと思う。
少しでも情報を発信し、一人でも多くの方の役に立てれば嬉しい。

「この病気を持って生まれたのには、必ず理由がある。」そう一生懸命伝えてくれた母の言葉が、私の中で強い支えになった。
一つ一つの成長が貴重だということ、家族の絆がより深いものに変わったこと、子供達の一つ一つの仕草が改めて愛おしいと実感できる日々を過ごせること。そう感じるようになったのも、「おかげ」とは言いたくないが、次女のピータース奇形を通してからだと思う。

#出産 #育児 #子育て #成長 #NICU #GCU #ママ #こども #ピータース奇形 #ペータース奇形 #先天性角膜混濁