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ウケンムケンの黄鉄鉱リング

このエッセイは2015年8月に書いたものです。お店は2016年に一乗寺から移転しています(京都市内)。

昨日、恵文社一乗寺店とおなじ一角に、ハンドメイドのちいさなお店「ウケンムケン」をみつけた。前を通りかかると、店の人らしきお兄さんがやたら縦長の自転車を外に出しているところで、思わず凝視してしまった。看板なのかもしれなかった。奥のタイ料理屋でお昼にするつもりだったのだが、中に人がいるのは見えるのに看板はclosedとある。朝たくさん食べたせいでお腹はそんなに空いていなかった。また今度来れば良いと思って引き返した。と思ったら、外に、さっきのお兄さんがいる。どうしてもこの店とお兄さんが気になるわたしは、ちょっと見て行ってもいいですかと一声掛けて、店のドアをあけた。

店頭に並んでいるのはピアスが多く、どれもこれもセンスが良い。星や、植物や、動物といった、自然をモチーフにしたそれらを見ていると、まるで美術館か博物館にでも来たような錯覚をおぼえる。わたしの耳にはピアスホールがない。残念に思いながら、それならばと指輪をさがす。最終候補のふたつのうちから、これをえらんだ。晩夏の日差しに焼かれて黒くなったわたしの手には、シルバーよりも真鍮のほうがよく似合った。カウンターの向こうで作業中のお兄さんの手が一瞬とまったところに、これを頂けますかと差し出す。包みますね、といいながら、お兄さんは商品の説明を始めた。

これは、黄鉄鉱という鉱物をモチーフに作ったものなんです。実物をみせてくれる。ゴロン、と金色をした、真四角のキューブが輝いている。うわ、すごい、初めて見ました。見事に直線ですよね、自然界に直線は存在しないなんて言いますけど、あるじゃんっていう。いやもう、ものすごい迫力ですね。それと、この石には“愚者の黄金”って別名があるんですけど、これをみて金が取れたって勘違いする人が多いからなんです。

鉱物についての知識が皆無だったわたしには、正真正銘「はじめて」の話だったから、ふだんより素直に反応できたような気がして、なんだかうれしかった。こういうやり取りができる人と結婚したい、と思ったりした。夏の終わりに一人でやってきた京都の街。センス・オブ・ワンダー。そこに暮らしている人々のように、街になじむことを目指して旅するわたしだけど、久しぶりの一人旅で緊張していた。そんななか、つかの間自然体でいられた。お兄さんのやわらかい物腰と、わたしがえらんだ指輪にまつわるエピソードと、さみしい夏の終わりの空気を、きっと忘れることはできない。



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