普通の幸せを追う高校生たちが眩しかった(『夜がうたた寝してる間に』感想)
君嶋彼方『夜がうたた寝してる間に』
特殊能力が日常に潜む世界での物語。
主人公の冴木旭は、高校2年生。
彼が持つ特殊能力は時間を止めること。
特殊能力が当然にあるとはいえ、世間ではまだ偏見も違和感も多い。
そんな世の中で必死に”普通の幸せ”を掴もうと生きる旭の高校生活の一部を描いた作品。
個人的にとても面白かったので、感想を書いてみることにしました。
※この先は作品のネタバレを含みます※
普通じゃない”特殊能力”だけど普通な旭
この世界では特殊能力に対して理解は乏しく、偏見が多くて能力者は生きにくいため、能力者が集まって生活する”特地区”があった。
だけど、旭は”特地区”に行くのは逃げだと思っていて、絶対に”普通の世界”に生きようとしている。
偏見があるなか普通の高校に通うとあって、本当に旭は器用に生きるタイプなんだと思う。
笑顔で、ノリもよくて波長の合う仲間もいて、男女どちらにも好かれてる明るい男子。そんなイメージ。
特殊能力仲間も「冴木はうまくできるからいいよな」って思われていて、たぶん普通の友人も「こいつは特殊能力あるけど別にいいやつだし」って思っていて。
見るからに器用なタイプ。
だけど、本人は普通で幸せに生きるために必死。
上手く溶け込もうと頑張っている。けど、溶け込むためにも頑張っていることがバレてはいけない。
周囲とのギャップや偏見に苦しんでいるけど、その苦しみを隠せていたからやはり器用ではあるんだと思う。
ただ段々読み進めると、特殊能力が一番の葛藤の要因とはいえ、
彼の持つ苦しみの根底って、能力がなくても色々な人が持つ悩みのような気がしてきた。
普通の幸せが欲しくて周りに頑張って溶け込もうとするなんて、よくある話。その頑張りを変に見せちゃ意味ないし、頑張ってるアピールするのもダサい。
そんな人、いまの世界にもたくさんいる。
旭だけじゃなく、他の能力者仲間の篠宮と我妻だって、
どこにでもある 器用に生きられない悩みや、一歩遠慮してしまう葛藤を抱いている。
一番の要因は能力でも、その悩み自体は能力関係なく生まれてくる周囲との嚙み合わないところだったりしていた。
事件が起こるたびに能力者が犯人扱いされ、そのたびに岡先生が発したこの言葉。
当然だけど、この小説の肝なのかもしれない。
普通じゃない力を持ってしまったけれど、普通に存在する悩みがずっと話の真ん中にある気がした。
個人的に、特殊能力という設定に若干の拒否反応があったのだけど、あまりに彼らが自然で馴染みのある悩みを持ってたので、すんなりと読み進めることができた。
正々堂々とした青春小説
同じ高校の2年生という本当に小さなコミュニティでも、本人たちにとってはそこが全てで、そこの生き方が一生を決めてる感覚。
学校の狭いコミュニティで居場所を作ろうと頑張る高校生たちは、みんな揃ってまだまだ幼いし、それ故に生意気なところもあるし、イライラしそうになるところもある。
だけど、そんな脆いところが青春だな、眩しいな、と感じた。
特殊能力を持ちつつ周りに馴染んで器用に生きる旭もノリのいい友人ふたりも、ザ優等生な天ちゃんも、不器用でも居場所を守ろうとする能力者の2人も。
全員がちょっとの悪さと優しさと幼さを持っていて、誰も悪くないし皆弱いところもある。
大人にはできない生意気な部分が本当に眩しい。
そんな青春小説。
「正直読んでてイライラした」という感想も見かけたけれど、そんなところが眩しくて儚い青春だななんて思う。
天ちゃんは何者なのか
読み終えて最初に思ったのは天ちゃんとは何者なのか。
天ちゃんは悪役なのかなんなのか。
正直、我妻が本当は犯人を見ていたのではと出てきた時点で「あ、これは天ちゃんなんだろうな」ってわかった。
けど、驚いたのは天ちゃんが想像以上に旭に対して愛情を抱いていたこと。
ちょっと優等生に疲れてグレたパターンか?とか思っていたら、そうではなくて 自分から離れていく旭への愛情が憎しみに変わっていった先にある行動に見えた。
いや〜本当に天ちゃん不器用すぎる〜〜〜
旭のことが大好きで、旭の思い描く天ちゃんでいようと必死で、自分から離れる旭が怖い。
天ちゃんはちょっとサイコパスだけど、単に不器用な子だったのかも。
・
天ちゃんはなぜクリスマス会に行こうとしたのか。
それは、高校2年の冬に旭を取り戻さないとマズイって思ってたからじゃないかと思う。
卒業したら特区に行ってしまうかもしれない、特区に行かなくても進学先が違うかも、自分よりも仲良い2人を優先してしまうかも。そう思ってたのかもしれない。
天ちゃんはなぜ女子がいじめられた時に、自分を許せなかったのか。
それはきっと旭にとって勇者でありたかったから。
旭にとっての勇者が自分なら、勇者は旭以外も守れなきゃいけない。自分のせいで誰かが傷つくなんてあってはならない。
もともと持つ天ちゃんの優しさが旭を救って、
その旭からの信頼に天ちゃんは依存してしまったんだと思う。
普通の幸せとは
旭は普通でありたくて、普通の幸せが欲しくて必死だった。
でも、途中に特区を見学したあたりから 旭の中での「普通の幸せ」が揺らぎ始めていたように思う。
普通の世界で楽しく生きることが幸せなのか
その世界のマジョリティになることが幸せなのか
旭に特殊能力がなかったら元々持つ器用さをさらに発揮して、本当に要領良く生きてたんだろうなと思う。
高校も部活に熱中して、いい大学に行って、サークルエンジョイして、それなりに有名な企業に就職して。
特殊能力のせいですべてを叶えることはできないけど、
特殊能力があったから旭はあのとき天ちゃんに会いに行けたのも事実。
一見、生きにくくさせてた特殊能力があったからこそ、そもそも天ちゃんと仲良くなったんだよなぁ、と。
篠宮たちが特地区に行っても、行かなくても、
能力者にとっての幸せってやっぱり難しいのだと思う。
それでも篠宮たちの心を動かした旭はすごい。
この直後、旭が「普通の生活でいたいから」でなく「ここの生活が楽しいから」ここの世界で生きることを決めたのがグッときた。
揺らいでいた旭にとっての幸せが見つかってよかった。
夜がうたた寝してる間に
夜がうたた寝してるときって、きっと旭(もしくは旭の父)が孤独に走ったあの時間のこと。
何も動かなくて、時さえも止まってしまっている。怖くてでも大切な人を守るためのあの時間。
旭にとってあの時間は、自分の中で父への信頼や天ちゃんへの思いを整理して再認識する瞬間だったわけで。
きっと物語の先にある人生においても、その時間は一生をかけて忘れないものになっていくんだろう。
そして、そんな怖くて一生忘れない時間を作ってでも
旭が手袋を渡しに行った天ちゃんとはどうかハッピーエンドとなってほしいと願わずにはいられない。
夜が嫌い、でもそれ以上に朝がもっと嫌い。
そんな夜を怖がってた旭の物語を「夜がうたた寝してる間に」と名付けるなんてとてもロマンチックな作品だった。
言い訳
正直、本の感想難しすぎる。
最後の一文を考えてみようという企画があってやってみようと思ったために、この作品のことを振り返っていたら いつの間にか3,000文字も記していてびっくり。
この企画があったからここまで中身を考えてみたけど、
個人的にはとても文章が好きだなと思った。
完全に言語化できない感覚なのだけど、
言葉に自惚れてないんだけど一つ一つの言葉が光っていて文章にパワーがある。
読んでてそんな感覚を受けた。
たまーにこういう書き手の方がいらっしゃる。
きっと個人の好みなんだろうけど。
中学3年生のとき、初めてそういう文章と出会って
どんなに本好きでもきっとこの線は超えられないんだって悟った瞬間だったのでよく覚えてる。
そんな文章に久々に出会えて嬉しかった。それだけで大収穫。
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