無限と反復の庭園『Manifold Garden』
Epic Gamesで以前から気になっていたインディーゲーム『Manifold Garden』(2019)をクリアしました。探索しながらのんびり遊んで9時間くらい。コンパクトにまとまった非常に完成度の高いパズルゲームで、アート作品としても視聴覚の両面で野心的な表現が盛り込まれており、おすすめ。
具体的に言うと、三次元のx,y,z軸方向にそれぞれ鏡写しのようにして、一定の空間が無限に連続している世界。その中でプレイヤーは重力を操作することができ、正面に向かった壁の前でスペースキー(または右クリック)を押すと、世界が90度回転して「壁が床になる」。これを繰り返しながら、隠されたスイッチを押して扉の先へと進んでいくゲームです。
パズルのギミックはいたって簡単で、重力のベクトルに対応した6色のブロックを、扉に接続されたスイッチに置くというのが基本。Portalとかと同じ。ただ、ジャンプしたり投げたりといったアクションはなく、時限式のシビアな仕掛けもないので、ゆったり散策しながらパズルに挑める。
ちょっと変わっているのは、やはり重力に関連したギミック。上の場合、赤のブロックは矢印で示されているベクトルの重力しか有効にならないので、それ以外の重力場では置いたブロックの位置がそのまま固定される。それを利用して足場にしたり、あるいは水流を誘導して水車式のスイッチに導くみたいな仕掛けがある。
映像表現としては、ご覧の通りM.C.エッシャーのだまし絵のような世界観で、本作の開発時点のタイトルが"Relativity"であったことからも、インスピレーションの源泉がエッシャーのミニマルなアートワークにあったことが伺えます(エッシャーをモチーフにしたゲームとしては『Monument Valley』などが有名ですが、雰囲気が似ている部分もある)。全体的に、映像も音楽も落ち着いた、リラックスしたトーンの作品。
わたしはそもそも『Portal』との出会い以来、PC向けインディーゲームのなかでは特に一人称パズルゲームというジャンルが好きで、『The Witness』『The Talos Principle』『Quantum Conundrum』といった定番の大作から、『Antichamber』『Parallax』『FRACT OSC』のようなアート寄りの実験的な作品、noteでも紹介した『Glitchspace』や『Scanner Sombre』など、いろいろ遊んできました。
本作も実は開発初期から知っていて、開発者本人のYouTubeチャンネルで公開されていたプレビュー動画やリアルタイム開発実況(本人が喋りながらひたすらUnityとかをいじっている)をときどき見ていました。それこそプロジェクト名が"Relativity"のころから…。なので本当に、このゲームようやく出たんだねという思いです。
それにしてもこの…作者の「無限」や「反復」といったモチーフへの憧憬だとか、あるいは神殿や工場のような巨大構造物へのフェティシズムみたいなものをひしひしと感じる。三方を高層住宅で囲まれた香港の有名なあそこや、Max Cooperのミュージックビデオ、映画『インセプション』などのクリストファー・ノーラン作品が好きな人には無条件に薦められます。
パズルのギミック自体は、ありふれたものなんですね。言ってしまえば、重力をコントロールするというモチーフも2D/3D問わずよくあるし、2012年の開発初期のトレイラーの段階では「またこれ系のゲームなのね」くらいにしか思わないと思う。
それが、このアートワークとサウンドデザインを得た時点で完全に化ける。画面全体は赤から緑へのペールトーンのグラデーションで統一されており、ボクセルアートを基調としながらも版画のように輪郭線の立ったソリッドな造形、音響面では広大な空間を反映したウェットなアンビエンスが徹底されている。このこだわりや軸のブレなさがまさに、作者William Chyr氏の7年にわたる個人開発の執念の賜物であるというのは想像に難くない。
そしてまた、パズルのレベルデザインの完成度が高い! 簡単すぎず難しすぎず、順を追った学習曲線が設定されており、理不尽な設計に感じるステージもなかった。よく観察して試行を繰り返していれば、いつかは解ける類のもの。ただ、下記のレビュー記事の後半で指摘されている点は、概ね当てはまっているとわたしも思います。
左上に小さく見えているのが目指すべき扉…
あそこまでどうやって到達する?
各エリアの最終パズル演出
モノトーンの世界かと思いきや、
実は各ベクトルに対応する6色が象徴的な意味を持つ
最後にこのゲーム、エンディングがヤバいです。テキストによるストーリーらしいストーリーはないため、演出的には納得の終わりかたなんだけど、そのあとに始まる映像がおそらくインディーゲーム史に残るレベルのキマったムービーで、思わず声が出てしまった。この世界に触れた人にはぜひ頑張って最後まで体験してほしいです。極上の視聴覚体験が待っている…。
『Manifold Garden』はEpic GamesとApple Arcadeで発売中。
Steamでのリリースも予告されているものの、開発者への還元が少ないという理由から、Epic Gamesとは差別化して2020年10月に設定することが作者から明言されている。ほかに、PS4版も開発中とのこと。
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