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指揮者は常に指揮者であれ

「前回の練習でうまくいかなかった箇所ができるようになる練習メニューを考えてきた。今日はうまくいくはずだ。。。」こんなことを考えて合奏練習に取り組んでいるのなら、その考え方は一旦忘れてほしい。

オーケストラが練習不足でも、指揮者がトレーナーになってはいけない。

指揮者は常に指揮者でいなければならない。音楽のビジョンを描き、伝え、方向性を示し、オーケストラを統率し、音楽に生命を吹き込む。練習であっても指揮者の役割は同じだ。

指揮者がトレーナーになってはいけない理由

指揮者がトレーナーになった瞬間、指揮者に反感を持つ人、集中力をなくす人、指揮者を無視し始める人などが出てくる。アマチュアはこの程度で済むが、プロでこれをやってしまうと、指揮者にとって命取りとなる。その例には枚挙にいとまがない。

トレーナーの役目は、オケのまずい部分を上手くできるようにすること。ダメ出しをすることから始まる。しかしアマチュアの場合、音楽がうまくいかない原因は指揮者にあることが多い。指揮者が自らの欠点に気づかず、奏者にダメ出しする。上司が自分のことを棚に上げて部下のせいにするのと同じ構図だ。こう考えるとチームが崩壊する理由は明らかであろう。

指揮を振りながら客観的なアドバイスをすることは非常に難しい。オーケストラ経験も奏者と大して違わない学生指揮者がそれをできると思っているのは、たいがい本人の錯覚である。その時の楽団員のしらけた表情に気づいてほしい。

そうは言っても、最初の3ヶ月はオーケストラはまともに演奏できない。音楽作りどころではない。それもそうだ。では、指揮者ならその間何をすべきか。

長期間の練習の前半をどうするか?

私なら合奏練習はしない。奏者が音楽を自分のものとして弾けるようになるまで、合奏練習はしない。奏者同士の呼吸と合図で合わせられ、オーケストラだけで音楽が流れるようになるのを待つ。

その代わり、技術的・音楽的にレベルの高い奏者あるいはセクションとは、早い段階から、自分の音楽作りのビジョンを伝え、実際に音にしてもらう。自分としても考えなおさなければならないことも発見できる。そうやってビジョンを共有してもらえる人を一人づつ増やしていく。これはリーダーシップの地道で確実な黄金則とも言える。

合奏に指揮者が出て行かない状況は、指揮者自身にプレッシャーがかかる。オーケストラが準備OKになった時点で、指揮者として芸術的に高度なビジョンを示し、それを棒で示し、オーケストラの邪魔をせず、音楽が流れるように、まとめ上げることが求められるからだ。

こうすることで、オーケストラと指揮者の良い意味のパートナーシップと緊張感が生まれるものだ。

練習での指揮者の役割とは?

最初に書いた繰り返しだが、音楽のビジョンを描き、伝え、方向性を示し、オーケストラを統率し、音楽に生命を吹き込む。練習であっても指揮者の役割は同じだ。

奏者の練習不足や理解不足で、どうしてもうまく行かない箇所は、合奏中に止め、分解して練習することになる。この時に指揮者がトレーナーになってはいけない。音楽のビジョンに戻って、それを具体的な音のキャラクターやアンサンブルのポイントなどに落とし込んでいく。その時に自分のビジョンまで持っていくことが大切だ。途中で諦めてはいけない。できない場合でも頭では分かってもらうようにしなければならない。指揮者の役割はビジョンであり、技術のコーチではないのだから。

最も大切な心構えは、オーケストラ全体と奏者個人の技術と能力を最大限に引き出すこと。できない人を責めても仕方がない。あなたのオーケストラは、目の前で音を出してくれている人たちなのだから。オーケストラは指揮者にとって運命を共にする仲間でもある。当たり前だが。

指揮者に必要な9つの資質」でも指摘しているとおり、指揮者は音楽のビジョンを示すべきなのだ。しかもそれを指揮という動作で示さなければならない。

ポジティブサイクルを生み出す

誰奏者一人ひとりのポジティブな心を信じよう。誰だって素晴らしい音楽を目指して練習に参加するのだ。オーケストラを信頼すること。そうすれば、指揮者も信頼されるようになる。

指揮者は音楽作りに専念できるし、そうせざるを得なくなる。オーケストラはそれにくらいついてくる。そうなると、奏者が自分の不備に気付き、必死になって個人練習をしてくるようになる。それに応えるべく、より繊細な音楽の作り込みを指揮者はできるようになる。もっと良い音楽にしようというポジティブサイクルが回りだす。

奏者一人ひとりの心に火を灯し、このポジティブサイクルをスタートさせるのが、指揮者の重要な役割である。

トレーナーの役割を演じなければならない時は、明確に切り替える

しかし時には、オーケストラがうまくできない部分を「指導」しなければならないこともある。指揮者がトレーナーの役割を担わなければならない時だ。現実のアマチュアでは、期間の後半でも、この時間が多くなってしまう。

どうしてもトレーニングが必要な場合は、指揮者からトレーナーに「変身」する。それも明確に全員にわかるようにだ。口頭で宣言してもよい。

私のやり方は、トレーナーになった瞬間に椅子にすわる。そして手を叩いたり、指揮台を棒で叩いてテンポを示したりもする。棒を振る時は、明らかにトレーニング用の振り方に切り返える。目を閉じて上を向き、客観的に音を聞くそぶりもする。つまり「私の音楽ではなく、あなたの音をちゃんとしてほしい」というメッセージだ。

逆に指揮者である間、私は決して椅子には座らないし、台を叩くこともない。常に奏者と目線を合わせて音楽を引っ張っていく。

学生の下振り指揮者の問題

下振り指揮者とは、本番指揮者の意向を理解し、本番指揮者の代理として音楽作りをする人だ。いざというときに本番を振る準備ができていることも必要だ。つまりトレーナーではない。学生オーケストラの場合、本番のプロ指揮者の音楽的意向を早い時点で学ぶことは現実的には不可能に近い。ならば、自分が指揮者として音楽作りをすれば良いのだ。アマチュアから好かれるプロ指揮者は、オーケストラの意志を尊重する人が多い。つまりオーケストラとして音楽的にまとめ上げられ、すでに一つの音楽が出来上がっている方がやりやすいのだ。下振りであっても遠慮せず、指揮者として音楽作りをすれば良いのだ。

まとめ

指揮者は常に指揮者であれ。指揮者は常に音楽のビジョンを指揮で示す。トレーナーはオーケストラが上手になるようにコーチングする。この二つを混同してはいけない。

練習の時間割や練習メニューを考えるなど、低レベルなことではない。芸術的に高度なこと、リーダーとしての振る舞いが練習の時にも求められるのだ。

最終的に誰のための何が求められるのかを考えてみれば良い。「演奏会を「発表会」で終わらせないために」も参考にしてほしい。

次回は具体的に「合奏練習のリードの仕方」

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