指揮者に必要な9つの資質
指揮者に必要な資質をあげてみた。なぜなら私は「どうしたら指揮者になれるのか」という質問をよく受ける。またオーケストラを知らない知人からは、「指揮者は本当に必要なのか」とか「指揮者は何をしているのか」とかの質問をよくいただくからだ。
これらの疑問に答えるべく9つの資質としてまとめた。これは、私自身の数十年にわたるオーケストラ指揮者、およびオーケストラ奏者としての経験と、多くの指揮者やオーケストラ奏者(プロの方を含む)から学んだことがベースになっている。
圧倒的な音楽性
指揮者が目指す音楽は、オーケストラ奏者全員にとって圧倒的に魅力的でなければならない。なぜなら、奏者各自も演奏する楽曲について目指したい音楽や意味付けを持っているからだ。最低限、指揮者はオーケストラ奏者が持っている音楽的意味の上に、さらに崇高な、あるいは確固とした意味付けをできなければならない。理想は、奏者全員が指揮者自身の音楽の方向性や芸術的ビジョンに取り憑かれて演奏することが望ましい。オーケストラ奏者がどれだけ経験を積んでいても、プロであっても、指揮者はその音楽をアピールし、奏者全員を惹きつけなければならない。
魅力的な音楽の大部分は、指揮者自身の人生経験や社会経験、人間性や歴史、音楽以外の文化、特に文化の多様性などの理解による所が大きく、後述する楽曲の分析能力とは全く別の要素である。ベートーヴェンとヴェルディ、チャイコフスキー、ドビュッシーの微妙なニュアンスの違いを知るためには、語学能力さえも必要になるし、ヨーロッパの文化遺産であるクラシック音楽を演奏するには、ヨーロッパ各国の歴史と文学から学べることも音楽に厚みを与えることはいうまでもない。
リーダーシップ
指揮者には30から100人の人間をまとめるに値するリーダーシップが必要である。しかもアマチュア楽団の場合は、参加者それぞれの目的意識や価値観がバラバラであることも珍しくない。その人たちをまとめ、一つの方向へ導いていく力が必要である。そのためには何が必要か?
指揮者の特殊性は、自分自身の技術と音楽的能力でもってリードしていくことである。指揮者の目指している音楽がいかに魅力的であり、オーケストラがどれだけ正確に指揮者の指示通りに演奏できるとしても、指揮者自身が全てを表現するバトンテクニックを持っていなければリーダーシップを発揮することはできない。「指揮をせよ。説明するな」である。指揮者は会社のマネージャーでもなければ、軍の指揮官でもない。そして言うまでもなく、指揮者の個性と人格が全ての基盤である。あなたは指揮者である前に一人の人間なのだ。
創造的問題解決力
指揮者の仕事の大部分は、リハーサルで音楽を作り上げることである。これはリーダーシップを駆使した創造的課題解決である。コンサート本番は出来上がっている音楽を披露する場でしかない。リハーサルこそがオーケストラと指揮者の最大の関心事であるべきだ。
リハーサルは、オーケストラの能力を引き出し、作品の全体像を細部にわたって作り上げる場所である。指揮者が頭の中に描いている音楽をオーケストラに理解させ、その音楽に感動してもらい、共に音を組み立てていく作業だ。奏者の個性を自由に解き放ち、その個性を活かしながら音楽の全体像を作り上げる即興性が必要となることは日常茶飯事である。そして目指している音楽と違っているなら、その場で原因を見極め修正する能力も求められる。
しかもクラシック音楽は、200年も300年も演奏され続けているものである。その使い古された楽曲を今日の聴衆に印象付ける芸術作品として提示しなければならないのだ。指揮者の最大の仕事は芸術作品を作りこむための創造的問題解決と言っても過言ではない。
また指揮者は、自分自身のオリジナルな指揮のスタイルやテクニック、自分とオーケストラとの関係など、試行錯誤しながら見つけなければならない。これは指揮者としての創造的問題解決の別の一面と言える。指揮者は真似して一人前になるものではないし、どうしたら指揮者として成功するかは誰も教えることができない。偉大な指揮者の真似事から始め、アドバイスを受ければ良い。しかし、自分自身で試行錯誤を積み重ね、「自分を発見」しなければならない。繰り返すが、指揮者である前に一人の人間なのだ。
アナリーゼ能力
正しいアナリーゼ、即ち楽曲分析は、組み立てていく音楽が正しいかどうかに直接関わる。それが最終的にできあがる音楽の魅力、芸術性、説得力に影響する。アマチュアのクラシック音楽界には、間違った音楽はそこいらに氾濫している。
正しいアナリーゼは、あなたの基礎知識による。つまり、和声法、楽式論、対位法、オーケストレーションなどだ。さらに、作曲家の人生や価値観、恋愛、また彼らの先生についてや、その時代の政治情勢などの知識は欠かせない。各時代、各土地の民族音楽の違いも重要な知識である。
同時比較リスニング能力
これは、自分の頭の中で鳴っている理想の音楽と、実際にオーケストラが演奏している音楽を常に比較し、その違いを是正する能力のことを指す。簡単に言うと、例えばオーケストラの間違ったテンポに引きずられことなく、それを修正できる能力があげられる。あるいは、オーケストラの表現があなたの頭の中で鳴っている歌と違っていれば、それを指揮棒あるいは言葉で指摘できることだ。
自身の音楽を指揮棒で素晴らしく表現できる「指揮者」は多い。しかし、本物の指揮者とは、実際に流れている音楽よりも先行した音楽を自分の頭の中に鳴らし、それを元にして指揮棒でオーケストラを導くことができる人のことを指す。
バトンテクニック
流派は何であれ、指揮法の基礎をマスターしていることは言うまでもない。しかも弦楽器、管楽器、打楽器、合唱は、指揮棒の動きに対しての反応がそれぞれ異なる。それらを鑑みた指揮法を身につけておかねばならない。特に協奏曲などソリストを伴う楽曲は、常に変化するソリストのテンポにオーケストラを追随させる高度な技術が求められる。指揮者はソリストの速くて細かい音符をすべて聞き分け、予測しながらオーケストラをソロに合わさせることが求められる。しかも常にテンポが変化している中でだ。
語彙力、説得力
指揮者は、指揮棒で音楽を示さなければならない。これが何より第一である。しかしそれでうまくいかない時もある。その場合に重要になるのが言葉である。言葉で説明し、風景やシーン、色や感触などを奏者にイメージとして感じてもらい、漠然とした理解を現実の音として作りこまなければならない。
速読譜力
指揮者は、楽曲のリハーサルに取りかかる前にスコアを全て暗譜していることが望ましいが、リハーサル中にはしばしばスコアを読む必要が出てくる。練習中に演奏を止め、何をどう変えなければならないのかをオーケストラに説明するとき、その部分のスコアを一瞬で読み、手短かに説明する必要があるからだ。本来、音楽は止めてはいけない。止めたらすぐに再開する。そうでなければ生きた音楽は生まれてこない。
暗譜能力
指揮者の仕事は、奏者一人一人とのコミュニケーションを通じて、オーケストラ奏者各自が持っている多様な音楽表現や意識を一体化させていくことである。よって、奏者とのアイコンタクトは指揮の動作の中でも最も重要な要素である。場合によってはバトンテクニック以上に重要になる。暗譜するということは、アイコンタクトの時間を増やすことにつながることは言うまでもない。
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