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レクイエム・フォー・ドリーム(2000) 人生が崩れ落ちる音がする。

 薬物依存症で人生が狂っていく人々を描いた作品。かなりの鬱展開、トラウマ映画と聞いたので気になっていた。

 少し前にはギャンブル依存症が大きな話題になり、いわゆるaddictionsが少しずつ社会的な問題として認知されるようになってきたが、日本はめちゃくちゃ遅れていると思う。些細なことがきっかけでここまで人生の歯車が狂うということ。決してオーバーな演出ではないと思った。

 当事者たちの変わりようもすごいけど、それと同じくらい目を引くのが周囲の人間の汚さ。依存症の人たちの扱いが酷すぎるし、彼らは薬のためなら何でもするから都合よく利用する。個人的にはそっちの方が観ていて辛かったかも。。


〈あらすじ〉

テレビを見るのが何より楽しみな中年未亡人サラは、ある日テレビ番組への出演依頼の電話を受け、お気に入りの赤いドレスでテレビへ出るためダイエットを始める。一方、息子のハリーは恋人マリオンとのささやかな夢を叶えたいと麻薬売買に手を染める。季節が変わり、赤いドレスが着られるようになったサラはダイエット薬の中毒に、麻薬の商売がうまくいかなくなったハリーとマリオンは自らがドラッグの常用者となっていた……。

映画.com

〈感想〉

※以下ネタバレを含みます※

 私は誓って違法薬物を使用したことはないがタバコ(3年前から禁煙中)、アルコール、睡眠薬、安定剤など物質に依存しやすい体質であることは自覚している。タバコは今でも全然吸いたいし夢にも出てくる。だからなのか、この映画に出てくる人物たちの幸せだった時間、綻びが見え始めた時期、転落していく様は観ていて心苦しくも非常に共感できた。

 青年ハリーと友人、ハリーの恋人マリオン、そしてハリーの母親サラ。この4人が少しずつ違法薬物にハマり心身を侵されていく様子をスタイリッシュな映像で描いている。特徴的な演出としてドラッグをキメているときは映像がコマ送りとなる。筒状に巻いた紙をトントンと整える音、鼻から勢いよく吸い込む音などが大きく響き、必ず瞳孔がぐわっと開く映像が差し込まれる。独特なカメラワークも加わり、ドラッグによる高揚感を視覚と聴覚に訴えかける巧みな演出が光る。薬物が切れた際の異常な発汗量、どんどん落ち窪み生気を失っていく目もリアルで恐ろしかった。

 ハリーと友人、マリオンは自分の意思で薬物の使用を始めた一方で、サラは医者に騙されてダイエット薬と思い込み覚醒剤を飲み始めてしまう。とにかくこのサラの描写が痛々しくて切ないし哀しい。夫を亡くした孤独感の中、言うことを聞かない息子に手を焼き、唯一テレビを観ることが生き甲斐だったサラ。そこに(事実かどうかは最後まで不明だが)テレビ出演依頼の電話がかかってくる。久しぶりの嬉しい出来事に色めきだったサラは、お気に入りだった真っ赤なドレスを着てテレビに出ることを決意する。綺麗に着こなすためには減量しなくてはならず、ダイエットで評判の良い町医者にかかったところ覚醒剤を処方されてしまう。

 覚醒剤を内服したサラは高揚感の中、ものすごい勢いで家事をこなし嬉々としてダンスを踊るが、やがて酷い妄想幻覚に悩まされるようになる。なかなかテレビ局から連絡が来ないことに痺れを切らしたサラは、ボロボロの身なりのまま電車に乗りテレビ局に乗り込んでいく。ずっと楽しみにしていた唯一の希望を延々と語り続けるサラの姿が虚しかった。

 ハリーたちの末路も悲惨そのもので、ドラッグのために彼らが払った犠牲はあまりにも大きい。ジェニファー・コネリー演じる美しいマリオンは金のために身体を売るようになり、男たちの性欲の捌け口にされていく。



 こういう依存症の話題になると「自業自得」と言う人々が未だにたくさんいる。医者や看護師にもたくさんいる。本当にゾッとするおぞましい事実だ。
物質でも行為でも人間でも特定の”何か”に強く依存するのは心のバランスが崩れている証拠だし、周囲の人が異変をキャッチしたり、安心して相談できる環境があれば人生が崩壊する前にせき止められる。

 そもそも何かに”沼る”ことって私はすごく人間らしいと感じるし、何にも依存していない人なんてこの世に存在しない。もちろん日常生活に支障をきたすようになれば依存対象に人生をそっくりそのまま奪われてしまうのだが、実際のところ正常と異常の線引きはとても難しい。

私たちの人生がどれほど絶妙なバランスの上で成り立っているのかを再確認できる映画。できればみんな一緒に幸せになりたいなと、そんなことを考えた。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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