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Swallow スワロウ(2021)

 異食症を軸に、モラハラ夫に支配される女性の心理を描いた良作。物語に派手さはないものの、さまざまな葛藤と闘いながら人生を取り戻していく女性の心理を丁寧に描いている。この記事を書くために3度目の鑑賞。なぜか勇気をもらえる作品だ。そして全編にわたってとにかく映像が美しい。ポップな色使いなのにどこかレトロでもの悲しい雰囲気は、前回紹介したドント・ウォーリー・ダーリンを彷彿とさせる。

<あらすじ>
 舞台はニューヨーク。夫リッチーと結婚し裕福な暮らしを手に入れたハンター。程なくして妊娠が発覚するも、自分の話をまともに聞かない夫や義父母に囲まれ、息苦しい思いをしていた。ある日ビー玉を飲み込みたい衝動に駆られそのまま実行してしまう。それからというもの彼女の衝動は抑え切れなくなっていき、危険を冒してさまざまな物を飲み込んでいく。家族との溝も深まっていく中、彼女が取った行動とは…

<感想>

※以下ネタバレを含みます※

 豪華な邸宅に住む美しい若妻。一見幸せそうな夫婦だが、数分観ているだけで夫リッチーが典型的なモラハラ夫であることが分かる。妻が何を言っても空返事、態度や大きな音を立てて威圧する等々。私が何より嫌いなタイプの人間なので、映画序盤から夫に対する嫌悪感が半端じゃない。息子大好き義両親も大概で、優秀な息子は可愛がるが妻のハンターはまるで飾りのよう。「うちの優秀な息子に拾ってもらえて幸運ね」的なことを平気で言ってくる大外れ姑なのだ。

 一時的な衝動でビー玉を飲み込んでからというもの、画鋲、紙、安全ピン、電池、土、釘とありとあらゆるものをごっくんしていくハンター。とにかく痛々しくてこっちが顔をしかめてしまう。そっくりそのままお尻から出てきたそれらを、綺麗に洗って大事にコレクションしている。
 
 産婦人科の検診で胃の中にあるものが発覚し、異食症の診断を受けるハンター。もちろん夫は大激怒。カウンセリングに通わせ、妻の行動を監視するために住み込みの男性ナースを雇う。この看護師が髭もじゃもじゃの帰還兵なのだが、コワモテすぎていつ見ても笑ってしまう笑。何かやらかしそうな雰囲気なのだが、見た目とは裏腹にめちゃくちゃ優しい。ハンターがパニック発作を起こし怯えてベッドの下に潜り込んでしまった際には、一緒にベッドの下に潜り「ここは安全だ。安心して」と言い隣に寝そべってくれる(もちろん何もしてこない)看護師の態度として素晴らしいと思う。そして無理やり施設に収監されそうになったハンターをこっそり逃がしてくれるのだ。

ここから先の映画後半、作風はガラリと変わる。
モラハラ夫家族と縁を切ったハンターは、避けてきた自分のルーツと向き合い始める。車をヒッチハイクして移動し、モーテルを転々とする様子はさながらロードムービーのよう。着ている服も綺麗なワンピースからトレーナーへ変わっていく。

 意を決して母親をレイプした男(実父)に会いに行くことにしたハンター。彼は妻と娘と共に幸せそうな生活を送っていた。事態を察知し警戒する男に「私はあなたと同じ?」と涙ながらに問いかける。男は後悔の念を述べ、泣きながら「私とは違う。君は何も悪くない」と答える。ハンターは何も報復せずにその場を去る。この男は母を傷つけた、でも彼がいなければ自分は生まれなかったという葛藤。レイプ犯の血を引く自分のことを受け入れられなかったハンターは、本人から「自分とは違う」と言ってもらうことで過去と決別し、前を向くことを決心する。病院で中絶薬をもらったハンターはそれを飲み、真っ赤になった便器が映る。どこか清々しい表情のハンターはトイレを去ってエンドロール。

 異食症といっても症状はさまざまだが、この場合は鋭利なものや不衛生なものも飲み込んでいるので自傷行為の意味合いが強いだろう。カウンセラーになぜ飲み込んでしまうのか尋ねられたハンターは「自分に自信が持てるから」と答える。
生い立ちにコンプレックスを抱き、威圧的な夫に精神的にも経済的にも支配されていたハンターは全て言いなりの人生を歩んできた。飲み込んだら死んでしまうかもしれないものを飲み込むことで、「できた」という成功体験を重ね、傷ついた自己肯定感を癒していく。結局この自傷行為が良くなったのかは描かれていないが、ハンターにとっては自分の人生を取り戻すきっかけになったのだ。

 本来なら幼少期に獲得するはずの自尊心や自己効力感(自分なら出来るという感覚)、自己肯定感を大人になってから得ることは大変だ。過去の辛い体験と向き合う作業は、ときに強い痛みや大きな代償を伴う。ハンターのように人生の転換点となることも多いだろう。

 冒頭ではぽわーんとした雰囲気だったハンターは、自立していくにつれて凛々しい顔つきに変わっていく。いつの日か彼女が、自分を傷つけることでではなく、カウンセラーやコワモテ看護師のような人の優しさに触れることで生きている実感を得られるようになることを願う。

 ネトフリで配信中なので気になった方はぜひご鑑賞ください。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

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