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歌集を読む

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歌集を読んで考えたことをまとめていきます
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心と肉眼ー竹山広『空の空』(3):歌集を読む

心と肉眼ー竹山広『空の空』(3):歌集を読む

 言葉はさまざまな物理的制約を無視することさえできるが、仮想を扱うときでさえ現実に重心を置いて詠んでいることにも肉眼をはじめとする身体による方法意識の徹底を見ることができる。

原爆にもし遭わなかったならば、と仮定して空想のなかに慰藉を得ようとした。しかしこの仮定は〈原爆に遭った〉現実の裏返しであるがゆえに、「せば」に続き得る話者の願いははじめから書かれることなく手折られている。
仮想の向こう側に

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心と肉眼ー竹山広『空の空』(2):歌集を読む

心と肉眼ー竹山広『空の空』(2):歌集を読む

 引き続き指示語に着目して読んでいく。

かがやきて声あぐる水この川のかの日の死者をわれは語るに
ー竹山広『空の空』(ながらみ書房、2007年)

 原爆公園に行き被爆当時の記憶をテレビカメラの前で語ったことを題材とした連作から引いた。視聴者だった前回の歌とは対照的な立場である。
「われ」の心は「かの日」、つまり1945年8月9日へ立ち帰り、かつての阿鼻叫喚や死者を見ている。しかし肉眼が捉えるのは

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心と肉眼ー竹山広『空の空』 (1):歌集を読む

心と肉眼ー竹山広『空の空』 (1):歌集を読む

  『空の空』は2007年にながらみ書房より刊行された竹山広の第8歌集で513首を収める。まずは有名なこの歌から。

コマーシャルのあひだに遠く遅れたるこのランナーの長きこの先

 話者はマラソンなどの長距離走の中継を観ている。少しの間、コマーシャルが入ったのち中継に戻ると、ひとりのランナーがずいぶんと集団から遅れをとっている様子が映る。そしてランナーの「コマーシャルのあひだ」の時間を思い、「この

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