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【海外編】捨てるのはゴミじゃない、プライドだ! ダムスターダイビング - ノルウェー

このブログで幾度と述べられたように、ノルウェーの物価は非常に高い。この国に住むには相当の貯金がない限り、たとえ学生だろうとバイト程度の収入源を見つけなければ生きていくのは厳しいだろう。そこで学生達は、少しでも日常生活での支出を減らすため知恵を絞った。大きな出費となる外食や出来合いなんて持ってのほか、毎日三食の自炊は当たり前である。それでも生活は厳しかった。家賃は上がる一方、せめて食べ物さえ安く手に入れば...

ノルウェー人は、その土地の地理を活かしてハイキング、スキー、釣り、キャンプなど思いつく限りのアウトドア活動に空き時間を費やす。これが趣味となり娯楽となり、国民全体の生活の一部と化している。この冒険心が生み出したのだろうか、学生達も旅に出る決心をした。タダ飯を求めて... その行先は、深夜のスーパーマーケットだった。

ダムスターダイビング――それは文字通り業務用の廃棄ボックスコンテナ(以下ダムスター)に身を投じて、ありったけのおこぼれを頂戴する行為である。これは主に冬季、スーパーマーケットの閉店後から早朝に行われる。ダムスターに飛び込むというのは実に聞こえが悪いが、実際はそれほど汚らしいものではない。なぜなら北極圏の冬は冷凍庫よりも寒いので、廃棄直後の物は傷まない。北極圏の殺人的寒さが、ここで学生達の味方となるのだ。ちなみに、たとえ警察に見つかってもこの行為は社会的に黙認されているのでお咎めは一切なし。筆者が見つかったときは「散らかさないように」とだけ言い残してすぐに去っていった。
 
さて、下準備は肝心だ。まずは足の確保である。車を持っている友人がいるとかなり心強い。というのは、収穫が多いと持って帰ってくるにもかなりの労力を要するからだ。足が見つからなければ、最低でも持っている中で最大のバックパックを持っていくことを推奨する。食料品というのは案外重く、梱包はスペースを消費するのだ。チーム人数は少なくとも自分を含め三人いるのが望ましい。理由は後述する。
 
もう一つ肝心なのは、ターゲットの店舗の配送と廃棄のタイミング、そしてダムスターが営業時間外にも開いているかの確認だ。廃棄が行われた直後でなければ収穫も少なく鮮度も落ちる。また、せっかく出向いても鍵がかかっていてダムスター内にアクセスできなければ本末転倒だ。こういった情報はすでに現地の学生から入手可能だし、初めのうちは彼らについていく方が確実だ。
 
出発直前の持ち物確認。まずしっかり防寒対策をすること。次に撥水の効いたハイキングパンツとジャケットで全身を覆い、汚れてもいい帽子と手袋とブーツを装備する。ヘッドライトとありったけのビニール袋をバックパックに入れて準備完了だ。
 
店舗に着いたら役割分担だ。ダムスターダイビングはチームワークが肝心である。ダムスターへダイビングして目ぼしい物を漁る担当と、助太刀として外から収穫物を受け取って片っ端からビニール袋に詰め込む担当を決める。ダムスターの種類によっては小さな窓が付いていて、侵入も物の出し入れもそこからできるタイプと、蓋を持ち上げなければならないタイプがある。後者の場合は、一人を蓋を支える担当に回さなければならない。またヘッドライトがない場合も、一人がダムスター内にいる作業員の手元足元をスマホのライトで照らしてやる必要がある。上記で少なくとも三人が望ましいと述べたのはこの為である。収穫物をビニール袋に入れるのは、収穫物が汚れている状態でバックパックや車に積むのを避けるためだ。
 
ダムスター内で目ぼしいものが見当たらなくなる頃には、外にはパンパンのビニール袋がそこらじゅうに転がっているだろう。これがかなりの重量だ。ダイビングで体力を消耗した後に全てを担いで持って帰るのは骨が折れる。ソリを引くのも一つの手だが、やはり車を手配するに越したことはない。家に着いたらまず身に付けていたいたものすべてを脱ぎ、洗濯かごにぶち込む。ダイビング担当は全身が汚れているので、できればすぐに洗うのが望ましい。
 
これでやっと一段落――とはいかないのだ。
 
ダムスターダイビングの峠はこれからである。体力が消耗しきって、とっくに床に就きたい時間帯でもあるのだが、“収穫物の洗浄”という大仕事が待っているのだ!ダムスター内ではあれほど輝いていたお宝が、今やシンクに溜まった食器同然である。この作業で傷んでいるものを除外し、収穫物のカテゴリー分けをする。十数キロに及ぶ収穫物を一つ一つ丹念に洗うのは、本当に骨が折れる。ダイビングよりも時間を要する場合もあったのではないだろうか。チームで洗浄・乾燥・配置を交代で行い、着々と仕事を片付けていく。
 
ようやく洗浄が終わるとテーブルには収穫物が並べられ、記念写真の撮影会だ。それからお宝の山分けが始まる。肉、海鮮、飲料やスナックは高級品としてより慎重に配分される一方、じゃがいもや人参、バナナは必要以上に収穫できることが多く、ルームメイト全員で共有されていた。バナナは主に女性ルームメイトの手によって、見事なバナナブレッドへと変貌を遂げた。出来立てのブレッドならではの、バターの塩味が効いた香ばしいフチと、バナナの柔らかいほのかな甘さが絶妙に混ざり合いながら口の中に広がる瞬間、ようやくこれまでの努力が報われる喜びに満たされるのだった。

少し話は逸れるが、秋には学生寮のすぐ裏で、ルームメイト全員で繰り出してのブルーベリー狩りが行われていた。これは数時間かけると数キロに及ぶ収穫となるので、ほとんどはジャムにしたり冷凍保管された。バナナブレッド、ブルーベリーケーキ、これらは学生生活で至高のデザートだった。

いま思い返すと、なんとみじめで、そして楽しい学生生活だったろうか。職に就き、収入を得て、食べ物に苦労のない日々を送るようになって以来、当時ほど無邪気に楽しいと感じられる生き方はできていないように感じられる。インドの時もそうだった。楽しさというよりも苦痛に近い日々だったが、精神的に豊かな生き方ができていた。心の糧を求めるには、ある程度の“飢え”が必要なのかもしれない。

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