【コラム】人間の行動システムと自動化/青山先端技術研究所・エグゼクティブフェロー 中嶋隆一

AIなどを活用した自動車や介護など各種システムの自動化が進められています。人間の行動や判断の上位代行を目指す自動システムは、当然ですが人間の認知行動システムを基準にするものです。
実は人間の認知認識行為は複雑に出来ています。この複雑性を理解することがロボットの『不気味の谷現象』などの自動機械の違和感を解消する要件だと思われます。


人間の行動システム

・知覚と認識
人間は、「考える葦である」というように、頭で考えて行動する動物です。目で見た、匂いを嗅いだ、音を聞いた、物を掴んだ、苦味を感じた、これらの目、耳、舌、皮膚の感覚は、それぞれの発生源からの刺激を感覚情報として知覚化されています。それらの知覚は、それに対応して行動する要因となる事象が発生したための知覚ですが、それがどのように発生していてどの程度に自己への影響を与えるかを認識し、選別しなくてはなりません。この過程がいわゆる事象の認識とも考えられます。

・認識と行動
認識した結果は行動への命令作成へ引き継がれます。認識されたある程度の影響度を有する事象に対して、中枢神経は過去の経験や知識を利用して、それに対する必要な行動をいくつか案出した後、その中から最適行動を選択し、また同時にその緊急性や行動の強度も決定します。その上で中枢神経は身体各部の関連器官へ統一行動に適するように調整された運動刺激を作成して配分します。行動は中枢神経により励起や抑制が円滑に統制された行動となりえると考えられます。

・意識と認知
中枢神経は、命令をしただけでなく、その結果としての成否についても含めて、実施した一連の知覚認識行動を統合してひとかたまりの経験データとして認知して記憶します。その認知は実際の行動から不必要な部分を削除編集した極めてスムーズで、まるで認知や認識などの作業がなく、知覚し速やかに行動したような記憶です。初めて体験する知覚に対する行動はギクシャクしたもので、実際はそんなスムーズな行動ではないはずですが、行動記憶には思考判断過程を省かれた各器官の行動の履歴として記憶されます。


理論からわかる不自然さ

・認識の時間差
人間の生理から考えて、感覚器官から脳までの神経伝達や感覚器官内での処理に時間が必要なため、脳が知覚情報を認知するのにはある程度の時間が必要です。特に視覚情報は、視覚細胞がドットで受けた光の情報を視床細胞がシーケンシャルデータに組み上げて、脳で形状に再度組み立て、それを形状と認識し、記憶にある過去の視覚データと比較してその物体が何であるかを同定するために、見えてから認識するまで本来は1秒近い時間が必要になります。この時差はちょうど対面型ロボットやスマートスピーカーとの対話時の間延びした、会話のタイミングの取りにくい状況で時折経験します。また、当然のように各感覚器官により認知に必要な処理に差があり、脳に送られ認識されるタイミングに差があって、実際には聞こえる声と動く口は正確には同調していないはずです。

・行動の定形性
人間は様々な経験をしていて、そこにおいて様々な現象を知覚・対応し、様々な結果を認識し、それにより多様な対応とその結果を統合して認識しているはずです。それに応じて新たな現象が発生し遭遇しても多様な対応が可能なはずです。しかしながら、緊急な事象においての実際の対応はいくつかの定形に限定されていて、緊急でも複雑な行動を取るためにはスポーツなどで見られるように訓練を重ねる必要があります。

認知の前倒し
事象を知覚し認知する研究における実験で、被験者が赤色の光の円を見ていて少しの間知覚認識を停止させ、その後に知覚認識を再開したときには光が青く変わっていた場合に、知覚を停止した期間は青い光の円を見ていたと認識していたという結果があるそうです。認知される体験では、知覚の空白は空白でも前知覚の継続でもなく、時間的にはありえない将来知覚データが前倒し補間されるということです。どうも行動のスムーズさを達成するために、知覚は後の経験を前倒しして認知する傾向があるようです。

・反射との類似性と相違性
知覚から行動に直結する反応に反射があります。刺激に対して必要な神経伝達を、中枢神経を介さず脊髄から直接に運動系統に命令を発信する反応です。これはとても早い認知行動ですが、それでも刺激は脊髄を通過する必要があります。明るい光に目を瞑る反射でも、全く見ないということにはなりません。最速反応である反射であっても、知覚して反応していてはスムーズな行動はできないということになります。つまり、人間の行動を円滑にしている認知行動システムの多くは、認知、意識化を介さずに実施されているということと考えられます


意識の持つ意味

・中枢神経という誤解
中枢神経という言葉は、脳が全てを判断し身体各部や意識活動を統制しているということを示しています。しかしながらそれでは脳の活動である意識の速度に思考や行動が支配されるということになり、間断無い会話や円滑な運動動作などが不断に実行されているという実感とは大きく異なります。これは中枢という意味が支配や管理と言った統制行為とは異なるのではないかということを示しています。
実際は、知覚した或る事態の前兆と判断される事象に対して、実働する各器官が器官間どうしで連携し自動的に中枢神経から独立していっている行動がほとんどであると考えられます。つまり、脳が支配して行ったと意識しているという認知は事実ではなく、人間に必要なある機能として各器官が独自に実行している行動を、意識が再構築行為により認知行為と認識したものであるとも考えられます。スムーズな行為記憶は、既に実施他行動を認知した行動を脳が意識して実施したように組み立てているのではないでしょうか。


行動からの意識形成とAIのエッジ・コンピューティング

・中枢神経による再構成の役割
人が経験した一連の行動が、中枢神経でスムーズな連携動作として組み立てられている理由としては、新たな知覚行動が発生した場合や既存の経験により円滑な知覚行動が達成できた場合に、前兆の知覚から行動完了までの自動動作の神経連鎖ライブラリーの構築や再構築ではないでしょうか。様々な可能性がある前兆で事前に行動を開始する知覚行動については、中枢神経の役割はこのようなライブラリーの作成が主体ではないでしょうか。

・AIの在り方
AIを知能としてスムーズな計算をするためにはこのような措置が必須だと考えられます。実際の行動は中央処理を介さずにエッジ間のデータ移送や行動刺激のやり取りによりなされる必要があります。中央の処理行為は、各エッジの動作データを収集処理してエッジ間のデータや行動刺激の伝達など、エッジの自律行動に必要なデータのリファインと、エッジの作業モニターでそれが間違っていると認識した場合の行動の緊急停止処理など緊急時の支配だけではないでしょうか。


【執筆者プロフィール】
中嶋 隆一 Ryuichi NAKAJIMA
EPIC PARTNERS 株式会社 監査役。青山先端技術研究所・エグゼクティブフェロー。文筆家。
防衛省で31年間勤務し、研究開発業務に従事。定年退職後は、先端技術の研究・コンサルティング、大手企業のCVCのアドバイザーボード、公共領域のコンサルティング支援を行う。
誘導武器開発官付及び先進技術推進専門官、防衛省幹部学校において技術教育教官の経験を活かして、経営者・先端技術研究者等へのコーティングも行う。航空機搭載の電子とミサイルのスペシャリストとして、執筆、講演、セミナー等を幅広く実施。

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