生成AIで8割くらい作ったSFサイバーバイオパンクラノベ(1)
第一章
地に平和を 地に平和を 地に平和を
Godsは亜空の沌に頭を垂れた
泥梨に堕、Orgasmsで満たう
菊乃門から腸へ 恒常性を讃えよ Iron Dickを讃えよ
メトロポリス・アポカリプス《Urben Nite》に備えよ
魔方東京、区画B5、帝宮、午後八時。
漆黒の壁、四十を越す聖杉柱により支えられている謁見の広間には、女帝を支える家臣団たちが参集していた。
彼らの沈黙は畏怖を醸し出していた。
跳馬や米国豹、V8原動機が刻印された金屍の象嵌に覆われた玉座に、現人神である老婆が座している。
第伍代目皇帝、白縫帝であった。
十を越えるプラスチック製のチューブに繋がれ、後頭部には巨大な輪管が挿入されていた。狐の白裘を纏い涅の冕冠を被り、濁った蒼瞳で旒越しに臣下たちを見つめている。
天蓋から降る純白の光条を一身に受ける齢一三〇の老帝は、皺だらけの掌をひっくり返す。
玉座の脇に立つ皇帝専属の〈声〉が一歩前に出る。
口以外はすべて深紅の錦衣に覆われていた。彼らは皇帝の肉体代替、器官だ。皇帝の脳髄とBMIにより直接接続されていて、意思は有していない。
「諸侯よ、参集を感謝する」
幾多の引張手術で顔だけは六十代の皇帝は、その面を不気味に引き攣らせた。微笑だ。
面を上げたのは、丞相を務め、家臣団の筆頭であるガガ・クオリアだ。
三二歳の女傑は、覇気にあふれている。鴉色のスーツに白のシャツ、長髪を後ろ手で結っている。
皇帝の反対側に立つ〈耳〉が前に出た。
「申せ、ガガ」声を経由し、皇帝は許可を口にする。
「はい。今宵、我らをお集めになった理由をお聞かせ賜りたく、陛下」
白縫帝はゆっくりと人さび指で天を示した。
「準備が整った。素体だ」
ガガは息を呑んだ。
「ついに。……アレを合衆国から運びますか?」
「よきにはからえ」
白縫帝はうっすら笑んだ。
***
重力無視のスウィング・アンド・ボーディング。
深夜の区画A2。高層ビル群の壁面をスケボーで走るアタリの姿は、さながら霓虹に彩られた渓谷を駆け抜ける影のようだった。
レギュラースタンス。ホイールの回転音が耳に響く。
弱冠二十歳、若い運び屋であるアタリ・現証者。
彼のトレードマークであるアフロヘアーは、色とりどりの霓虹の光を浴びていた。
「だりィ。家賃の支払い日なのに、こんな目に遭うなんてな」
アタリは、わずかに苛立ちをにじませながら、独り言ちた。
敵は背後から。
重改造された自動運転エアバイクに乗った三体のソルダート。轟轟と音を立てて追ってくる。
かつての露連邦が生み出した強化人間の生き残りである彼らは、鋼鉄の筋肉とサイバネティックス技術の塊だった。
アタリは手首の万能腕輪を螺旋状ビルの壁面に向けた。
ショット!
手首をスナップすると、万能腕輪からロープが放たれる。
超密度タンパク質が排水管に引っかかると、ボードごとスウィング。
街の支配者はお前たちを見ているの三次元映像を突き抜け、螺旋ビルへ移動し、壁面でスケートボーディングを再開。
「勘弁してくれよ。この脳筋肉どもは厄介だっての。だりぃ」
追跡者の一体、山のような巨体のソルダートが、バイクの上から金属鎖を投げつけた。
鎖は、まるで金属製の毒蛇のように空中でうねってアタリに襲いかかり、腕に巻き付いた。
「ダリぃよ!」
脳への直接負荷を避けるために疑似電子脳を起動させたアタリは俊敏に腰に携えた鞘から指向性重力刀を抜刀した。刀身が重力場の発生とともに微かに震動する。
瞬殺。
腕に巻き付いていた鎖は瞬間に切り刻まれた。
「残念だったな、出来損野郎。……ん」
次の瞬間、銃声が轟き、曳光弾が夜空に閃光を描いた。
アタリは、流れるような動きで指向性重力刀の刀身を捻って、銃弾の軌道をそらす。
重力操作。
銃弾は為す術もなく進路を変え、アタリにはかすりもしない。
「照準システム、バージョンアップした方がいいぜ?」
彼は手首に取り付けた万能腕輪を操作した。
超密度タンパク質が分散発射され、三体のソルダートの分厚い首に絡みつく。
アタリはスケートボードごと空中に飛び上がりながら、彼らの巨体をぶん回す。
「ほらよ」
バイクの勢いを利用して、そのベクトルを変えてしまう。
三体の先には、霓虹煌めく巨大な看板。
ソルダートたちに為す術なし。
勢いよく盛大に看板に激突したソルダートたちは、まるでアルミホイルのように看板をへしゃげさせていく。そのまま霓虹輝く直下の階層である区画B1の街へと落下していった。
アタリは、再び壁に着地。重力無視のライディングを継続。
霓虹の光がアタリの顔を不規則に照らし出す。その表情には、わずかに苛立ちの色が浮かんでいた。
仕事でもねえのに、襲撃を喰らうとは。
通りがかりの強盗じゃあるめえし。
「やっぱ、だりぃな」
アタリは、これがただの偶然ではないことを知っていた。
何かが起こっている。
アタリはスケートボードを加速させ、目的地に急ぐ。
区画B2。
薄汚れた雑居ビルの一室、トップロープの事務所はタバコの煙と、高価な香水の匂い、そして金属臭が立ち込めていた。
アタリはいつもの尊大な態度を封印し巨大なデスクの前に立っていた。
パノラマウィンドウの向こうに広がる霓虹輝く街並みを、油を塗ったような肌に映し出すトップロープは、椅子に深く腰掛け、両腕のロボットアームを静かに駆動させていた。
「まさかと思うが、あいつらを寄こしたのは老害か?」
アタリが告げると、トップロープは冷笑した。
「坊主? おもしれえことをホザくじゃねえか」
しゃがれた声は、魔方東京の霓虹にまみれた暗黒街で、長年過ごしてきたことを物語っていた。
「冗談だよ。あんただとは思ってねえ。そんな回りくどい真似をする必要なんてないしな。だけどよ、こっちは命を狙われたんだよ」アタリは、言葉を吐き捨てる。「あのクロム野郎どもは、軍用のブツを使ってたんだぜ。誰かが俺を殺そうとしてる」
「はっ!」トップロープは大笑いした。「小僧。命狙われるほどのほどの価値が出てきたってことじゃねえか」
「意味はねえのにな。そもそも、俺の命なんぞあんたに握られている」
アタリは皮肉っぽく言った。
トップロープはヤシロ・ファミリー傘下の十問組の組長だった。
六〇歳という年齢を感じさせないほど肉体は強大で、全身にナノマシン入りの保湿油を塗りたくって若さを保っているという噂だ。
両腕はサイバネティックスで強化されたロボットアームに改造されており、その腕力で相手を握り潰す様をアタリは何度か目撃している。
それだけじゃない。
トップロープには裏社会で生きるために特別な武器を保有していた。
「履歴洗浄」。犯罪歴を中心に、対象者の経歴をすべて洗浄してくれる特殊プログラム。
アタリも何度か世話になっていて、そのせいでトップロープに逆らうことはできない。
十代の頃からトップロープの命令で、どんな危険な仕事でもこなした。
「命があったんだ、喜べよ?」
「あのソルダートどもは一体何だったんだ?」
「わからん。だが世の中がいつもより少しだけ、物騒になっているのは事実だな」トップロープは肩をすくめた。「……白縫帝が家臣団の前に姿を見せたらしい。五年ぶりだそうだ」
アタリは眉をひそめた。
白縫帝。魔方東京を統べる、生ける偶像。
「崩御でもねえのに、そんな重要なことか」
「ああ。勅命が下りたのは間違いねえ。どうせろくでもねえ内容だ」トップロープはニヤリと笑った。「この一週間は、街がひっくり返るぞ。せいぜい気をつけとけよ、坊主」
「で、それで?」アタリは苛立ちを隠さなかった。「俺に何の関係が?」
「ふん。運び屋がいると厄介だと思う連中がいるんだろ」
「は?」
「つまり仕事のハナシだよ。勘が悪い」
と、オフィスのドアが開く。
「ヨホホ、随分と重苦しい雰囲気じゃないか、ねえ」
トップロープの側近である沙悟浄。
事務所の豪華な調度品の中でひと際場違いに見える安っぽいスーツを着て、ふらりと入ってきた。
沙悟浄はニヤリと下卑た笑みを浮かべた。禿頭がぎらりと光る。
「あんたが軽すぎるんだよ」
「ふん、相変わらずひねくれ者だなあ」
沙悟浄は乾いた、面白みのない笑い声を上げた。
「うるせえな」
二人の諍いに対し、トップロープが舌打ちをする。
「それぐれえにしておけ。……餓鬼が状況判ってんのか?」
鼻を鳴らしたトップロープは部下の沙悟浄に視線を向けた。
「しかたねえ、沙悟浄。今の魔方東京の情勢を、簡単に説明してやれ。頭の中身が筋肉だけで出来てるアホにもわかるように、な」
「かしこまりました、社長」
沙悟浄は、含み笑いを含んだ目でアタリを見つめる。
「トップロープ様がおっしゃる通りだ。現在、魔方東京は、大変不安定な政治情勢下にあるのだ。ここ十年で、皇帝配下の政治勢力と、巨大コングロマリットであるエクリプス・コーポの対立が、一気に悪化しているのは知っているな。つい先月には、エクリプス・コーポの私設部隊であるプロップスと、正規軍との間で、小規模な軍事衝突が発生したという情報もある」
「そんなもんここで生活してりゃわかる……」
アタリは、眉間に皺を寄せた。
エクリプス・コーポは、魔方東京で絶大な権力を誇る巨大企業だ。ハンバーガーショップから昆虫食糧製造工場、果ては兵器開発まで、その事業内容は多岐に渡る。
従業員数は、五百万人を超え、正規軍に匹敵する規模の私設部隊を保有していると噂されている。
「ええ。で、我ら十問組も所属するヤシロ・ファミリーは古くから皇帝配下の政治勢力と懇意にしてきた。ま、後ろから支えてきたと言えよう。……エクリプス・コーポが幅を利かすのは、我々に不利だ」
「じゃあ、俺を襲ったのは、なんだ。エクリプス・コーポが絡んでいるのか?」
運び屋一人、大したことはないはずだが。
「クックック。どうだろうねえ、奴ら、お前が荷物を持っていると勘違いしていたかもな」
「どういう意味だ?」
トップロープは鼻を鳴らした。「ふん。本題に入れ、沙悟浄」
沙悟浄はトップロープに顔を向けると、笑みを少しだけ消した。
「はい」沙悟浄はアタリを向きなおす。「……アタリ、お前に仕事依頼だ。もちろん配達だけどな。C9地区で荷物を受け取れ」
「どんなもんだ」アタリは腕を組んだ。
「貴重品さ。だが、いつも通りでもある。荷物を受け取り、所定の場所までなるべく早く運ぶ。それだけさ」
アタリは沙悟浄の態度に違和感を覚えた。
「貴重品なら、俺みたいな単独じゃなくて、配送チームを組んで運べばいいだろ」
「派手にはやりたくない。それが、依頼主の条件だ。きっとここ二三日で、何人かの運び屋が失踪しているらしいのも無関係じゃないだろうねえ」
「失踪だと? 馬鹿いえ、死んだんだろ。あー、まわりくでえな、中年河童」
アタリがアフロヘアを整える。
「クドいのは認めよう」
沙悟浄は再びニヤリと笑った。
アタリは、トップロープにも沙悟浄にも足元を見られている。
当然だった。
アタリは彼らに莫大な貸しがあった。履歴洗浄を使用するたびに、借金がかさんだ。すでに3億圓を超えている。普段の依頼では、利息を返すだけで終わってしまう。
最初の出会い。アタリが一五歳の頃。格安で履歴洗浄を使わせてやるとトップロープの甘い誘惑に乗ったのが運の尽きだった。
逃げ出せない。自由はない。まるで蟻地獄の日々。
この依頼を断る?
無理だ。
アタリは沙悟浄を睨む。
「沙悟浄、で、区画C9には何時に行けばいい?」
「イヒヒ、三時間後。詳細は追って伝える」
「くそが。報酬は弾めよ」
アタリは独り言のように呟いた。
するとトップロープは身を乗り出し、「お前に入っておく忠告がある」と告げ、アタリを鋭い視線で見据えた。
「うちに話が回ってくる前のことだが。この仕事はもともと弾丸坊主に依頼する予定だったようだ」
アタリは目を見開いた。
「な、師匠に?」
「やつと連絡がつかんのだとさ」トップロープは小さく笑む。「旅行じゃあるめえ。あいつはこの巨大な電脳都市で腕が一番いい。きっと差し向けられたのも、ソルダートレベルじゃねえだろうな」
血の気が引いていく。
「……行方不明ってことかよ?」
煢煢孑立だったアタリにとって、弾丸坊主は、師匠であり、そして唯一無二の理解者だった。
義理の父と言っていい。
薄汚れたスラム街の路地裏で、飢えと寒さに震えていた幼いアタリを拾い上げたのが弾丸坊主だった。
荒くれ者揃いの運び屋の中でも、異彩を放つ坊主頭の男。スケートボードを駆り功夫を操る。
彼はアタリに生きる術を教え込んだ。スケートボードの乗り方、重力場を操る日本刀の使い方、そしてこの弱肉強食の街で生き残るための狡猾さ。
『世の中はクソみてえだロ。だが、だからと言って、自分もクソになる必要はないネ。自分のスタイルで、自由に生きるノヨ』
独り立ちしたアタリが師匠の言葉通りに生きていけているかと言えば、違う。
すぐにタチの悪い極道に引っかかり、裏社会にどっぷりつかっているのだ。
とはいえ。弾丸坊主が行方不明という事態。
アタリは唇を噛んだ。
トップロープはアタリを睨んでいた。
「俺を失望させるなよ、小僧。これは重要な仕事だ」
魔方東京。かつての日本の首都。
大災厄に飲み込まれた世界の灰燼の中、霓虹のように煌めく宝石。
一六〇年前、北アメリカ大陸への隕石の衝突を皮切りに、太陽フレア、地震、磁気嵐といった複合大災害が世界を襲った。大災厄と呼ばれた。
あらゆる逆境に抗い、生き延びただけでなく繁栄を遂げたのは、東京だけだった。
鋼鉄とガラス、液体混凝土からなる巨大都市。眠ることのない狂騒的なエネルギーを放ちながら脈打っていた。
エリアは、27の立方体で構成されており、全体でさらに巨大な立方体を構成している。各一面に9の区画。
上位層をA、中層をB、下層をCと呼ぶ。また各層の北西から南東に向かって1から9のナンバリングをしてある。
上位層の北西に位置する区画は、区画A1であり、シヴヤと呼ばれる。
最下層の中心部にある場合は、区画C5である。
全体で、東西南北及び高さは四キロメートルに達する。超巨大枠組に覆われており、直方体形状を維持している。下層の摩天大楼群は、上位の摩天大楼群を支えている構造になっている。
この都市は複雑な迷宮であり、それぞれが旧世界の縮図であり、文化と言語のパッチワークだった。
区画A1は、二四時間音と光の洪水に溢れ、洒落若人が闊歩し、J-POPアイドルの亡霊がタイムズスクエアのホログラム投影とともに踊る場所。
区画A9九は、広大な都市のジャングルであり、広東語の市場のざわめきと、屋台通りの騒々しさが混ざり合う場所。
外の世界は依然として荒れ地であり、容赦のない太陽風と大災厄の傷跡が残っている。魔方東京は死にかけている世界の中の脆いオアシスだった。
午前三時。
区画C9。
空気は澱んでいて、腐敗臭と金属臭が混ざり合った、濃厚なスープのようだった。
骨のようなシルエットが、忘れられた古代の亡霊のように、油まみれの黒色に汚れた海から立ち上がっていた。
普段は暗闇に反抗するように燃え盛る霓虹は、弱々しく明滅し、水面を覆う油膜に歪んだ反射を見せていた。
アタリは、崩れかけたコンクリートの防壁の上に腰掛け、アフロヘアーを整えながら、荒涼とした景色を眺めていた。
どこにでもあるはずの監視ドローンでさえ、この魔方東京の忘れられた一角を避けているようだった。
「ん」
コンクリートの上をヒールが叩くリズミカルな音が、静寂を切り裂いた。
何人かの人影が現れ、その顔は暗闇に隠れていた。
彼らの先頭に立っていたのは、異様な風貌をした人物だった。
フリルをあしらったメイド服を着た若い女性。白いレースは、彼女の顔を飾る頭蓋骨のような覆面と対照的だった。
アタリは彼女をすぐに認識した。
美香・ブシェミ。
ヤシロ・ファミリー直系の武闘派、迦楼羅組の頭だ。
彼女は、魔方東京の最も暗い場所で囁かれる怪談のような存在だった。血を流す必要が生じたときにだけ姿を現す殺戮魔。
彼女がここにいるということは、この配達が非常に厄介なものになるということを意味していた。
「あなたがアタリ様ですね!」彼女は言った。その声は絹のような囁きだった。「お会いできて光栄ですわ。運び屋としては、魔方東京で三本の指に入る腕の持ち主」
「一番じゃねえことは認めるよ。……しかし、俺にも流儀があるんだ。マスクなんかしている相手と仕事したかねえな」
「ふふ。だって、ここは最下層ですもん。空気清浄機能があるマスクでもしてなきゃ、呼吸もできないのですから」
アタリは鼻を鳴らす。「ちがいねえ」
引き連れている部下は十人ほどだ。断ったらハチの巣にされるだろう。
美香はくすくすと笑む。
「さて、さっそく依頼品の登場です」
美香が手を叩く。
ガスマスクで顔を隠した二人の屈強な男が影から現れ、大きな金属製の箱を運んできた。
一メートルほどの大きさ。
「少しデカいな」
「重さは、五〇キロ程度ですわ。……聖櫃とでも呼称しましょうか」
「ずいぶん、大げさだな」
「これを安全に運ぶのが、あなたの任務です。ルートと目的地は追って連絡します」
「で、中身は?」
美香はニヤリと笑うと、頭蓋骨のようなマスクが顔の上で不自然に伸びた。
「ふふ、アタリ様、それは秘密ですわ」
アタリは、無機質な鉄箱を睨み付けた。聖櫃。灰色一色の金属の塊は、ただそこに存在するだけで異様な雰囲気を醸し出していた。
金塊か? いや、重さが違う。
電子データ? しかし媒体ならあんなデカいはずがない。
アタリは疑似電子脳を起動させ、可能性を一つずつ検証させていた。
しかし、そのどれもが、この状況にうまく当てはまらない。まるで、パズルのピースが微妙にずれているような、そんな違和感がアタリを苛立たせた。
「あまり深くお考えになられない方がよろしいかと」
美香は髑髏の覆面の下から、静かに告げた。
「だったら、さっさと教えてくれよ。この箱の中身は何なんだ?」
アタリは苛立ちを隠さずに言った。
美香は、ゆっくりと首を横に振る。
「実はですけど、私も詳細は存じておりませんの」
「そんなもんは運べねえ」
美香の目つきが鋭くなった。「トップロープが許しませんよ」
アタリは舌打ちをする。
「わかったよ」
「ではさっさと契約を……」
美香の言葉が途切れた瞬間だった。
鋭い破裂音が港に響き渡った。
アタリは反射的にスケボーを足元に引き寄せた。
あっという間に黒ずくめの男たちが、四方八方から接近。
「あらあら、物騒ですねえ」
美香はひらりとメイド服のスカートを翻すと、その下から二本の黒いトンファーを取り出した。その所作。まるで舞踏のように優雅でありながら、どこか不吉な影を宿していた。
「ちぃ」アタリは舌打ち。
「賑やかになってきましたわね、アタリさん」
「ああ、糞ったれ。厄介ごとを持ち込んだのは、そっちだからな」
「否定、できませんねえ」
アタリは腰から提げた鞘から、愛用の指向性重力刀を抜きつつ、相手を注視する。
襤褸を纏い、古びた小銃や錆び付いたマンティス・ブレードを装着した武装集団。彼らの顔は、意味不明なタトゥーで埋め尽くされ、狂気じみた笑みを浮かべている。
それと、黒く塗装された、威圧感満点の改造車が二台。そのフロントグリルには、巨大な荷電子砲が鎮座していた。
「こいつら、地下呪民か」
「間違いないようですね」
美香は冷めた口調で言った。
「マジかよ! テロリストどもかよ!」
地下呪民。
魔方東京の地下に潜む、反政府組織である。電子的な支配からの解放を訴え、無差別テロ行為を繰り返しているという。肉体改造を中心に、アナログな武器を好むのが特徴だ。
荷電子砲が火を噴く。放たれた蒼白いビームが地面を抉り取る。
開戦の合図。
轟音と共に、焦げ臭い匂いがアタリの鼻腔を鋭く刺激した。
美香が動く。
「命知らずの狂犬だなんて下品」
美香はトンファーを電光石火の速さで振り回し、地下呪民の一人を吹き飛ばした。部下たちも追随して、銃を乱射する。
「くそだりぃが仕方ねえ」
アタリは、疑似電支脳を戦闘モードに切り替え、スケボーで軽やかに敵の間を縫いながら、指向性重力刀を操り、銃弾を跳ね飛ばしていく。
美香のトンファーが、音もなく地下呪民の首をへし折る。
鈍い音が響く。
次の瞬間。
爆発音。
美香の近くにあったコンテナから響いた。
地下呪民の一人が、自爆テロを決行したのだ。
爆風がコンテナを引き裂き、破片が飛散。
「な」美香も爆炎に巻き込まれた。
熱風が皮膚を焦がし、鼓膜が破れんばかりの轟音が鳴り響く。美香の部下、何人かが吹っ飛ばされ、闇の深い海に落下していく。
ちっ。
爆風を逃れたアタリは咄嗟に、聖櫃へ向かう。
コンテナがあった場所からはすさまじい黒煙が上る。
金属片と配線がそこら中に散らばり、油と焦げ臭い匂いが鼻を突く。地下呪民の自爆テロは、想像を絶する破壊力だった。
「美香!」
聖櫃を背負いながら、美香の姿を探す。
「ご心配には及びませんわ、アタリさん」
黒煙の中から美香が姿を現す。
髑髏の覆面が裂け、メイド服は所々焼け焦げていた。それでも彼女は涼しい顔をしていた。
だが。
美香の脇には、大きな鉄片が突き刺さっていた。彼女は脂汗を掻きながら、膝をついた。
「まったく、あのテロリストども。……後始末が大変ですわ」
「最悪だっての」
「アタリさん」
「なんだ」
美香はアタリを睨む。
「聖櫃を持って、この場から去ってください!」
「どこへ運ぶ!」
「私も知らないんですよ」
くそ。
アタリは周囲を見渡した。
地下呪民たちは、自爆テロによる混乱に乗じて、さらに激しく攻撃を仕掛けてくる。
港は地下呪民に包囲されており、逃げ道はどこにもない。
「ああ、もうヤケクソだ!」
アタリは聖櫃をしっかりと背負い直すと、叫んだ。
アタリはスケボーに飛び乗り、地下呪民の集団に突進していく。指向性重力刀が唸りを上げ、地下呪民のマンティス・ブレードを受け止める。
金属同士がぶつかり合う鈍い音が、港に響き渡った。
地下呪民のハンヴィーが、エンジン音を轟かせながらアタリに迫る。搭載された荷電子砲が不気味な光を放ち、今にもビームを発射しようとしていた。
まずい!
アタリは咄嗟に身を屈めると、万能腕輪を作動させる。
ショット。
ウェッブ・ロープが対岸のリーチスタッカーに絡みつく。
アタリはロープにぶら下がると、スウィングを開始。
そのまま勢いよく空中に飛び出した。
「お前らじゃ相手にならねえよ」
アタリは嘲りの言葉を吐き捨てると、港の夜景を背に、夜の闇へと消えていった。
アタリは息を切らし、錆び付いた鉄骨階段を駆け上がっていた。
聖櫃の重みが、肩にずっしりとのしかかる。追っ手の気配はない。だが、アタリの疑似電子脳は、油断するな、と警告を発し続けている。
アタリは、魔方東京の最下層のひとつ、C7地区まで逃げてきていた。かつての東京の面影をわずかに残すスラム。
朽ち果てた高層ビル群や柱が、まるで墓標のように立ち並び、上位階層を支えている。
アタリは、背負っている聖櫃を睨む。
厄介だな。
目指すは、淡い霓虹の光を放つ巨大な建造物。かつて、東京のシンボルとして人々から愛されていた東京タワーを模した建造物。
ラウンジ東京タワーとして、富裕層向けの退廃的な娯楽施設と化していたが、十年ほど前に閉鎖された。
アタリは、ラウンジ東京タワーの屋上に設置されたヘリポートに飛び降りると、聖櫃を地面に下ろした。疲労困憊の体を引きずりながら、ラウンジの入り口へと続く扉を開ける。
ここなら、しばらくは安全だろう。
ラウンジの中は、予想以上に荒れ果てていた。ベルベット張りのソファは破れ、シャンデリアは落下し、床には割れたグラスが散乱している。かつての華やかさは、見る影もなかった。
アタリは、窓際に置かれたラウンドテーブルに聖櫃を置くと、その場に座り込んだ。窓の外では、巨大なホログラム広告が、故障したまま放置されている。露出度の高いアダルト女優が、ぎこちない動きで踊り続けている姿は、どこか哀愁を漂わせていた。
アタリは、深呼吸をすると、聖櫃に手をかけた。厳重に施されたロックを、一つずつ丁寧に解除していく。
最後のロックが外れ、聖櫃は静かに開いた。
なんだこれは。
聖櫃の中から、白い湯気が立ち上る。そして、その湯気の中から、現れたのは……。
「なんじゃ、わらぁ!」
少女だった。
アタリが状況を理解するよりも早く、聖櫃の中から現れた少女は、アタリの顔面を蹴り飛ばした。
「いてえ!」
蹴りを顔面に受けたアタリは、床に転がりながら、相手を見上げた。
銀髪に、紅い瞳。
黒色のスニーキングスーツを着ていた。小柄で華奢な体つきだが、その眼差しは鋭く、まるで猛獣のようだった。
少女は、アタリを睨みつけると、冷たく言い放った。
「てめえは誰だ?」
アタリは、床の上で身構えながら、努めて冷静に答えた。
「ガキが誰だじゃねえっての。てめえこそ誰だ」
「こちとらずっと暗闇に入れられてたっての」
「俺じゃねえよ」
少女はため息を吐いた。
「んー、ま、いっか」
少女は周囲をキョロキョロと見回しはじめた。
「で、テメェはなんだ? なんで、あの箱の中に……」
アタリが言葉を続けようとすると、少女は面倒くさそうに顔をしかめた。
「うーんと、なんだっけな。確か……N/3って呼ばれてた」
少女は、首を傾げながら、そう答えた。
「N/3? それが、テメェの名前か?」
「名前……そうだった、かも」
N/3と名乗った少女は、自信なさげに答えた。
「そうだったかもってどういう意味だ」
アタリは、苛立ちを隠さずに言った。N/3は、アタリの言葉に反応すると、腕を組んで不機嫌そうにうつむいた。
「わかんない。自分のこと、あんまり覚えてないんだっての」
「覚えてない? 記憶喪失か、何かか?」
「記憶……そう、それそれ」
N/3は、アタリの言葉に頷いた。
アタリは、疑わしげな目でN/3を見つめる。彼女の言動は、どう見ても普通ではない。
電子薬物中毒か? それとも、何かしらの洗脳でも受けてんのか?
魔方東京では、電子薬物の蔓延が深刻な社会問題となっている。強力な脳髄奮薬の場合、使用者の脳内に直接作用し、快楽や興奮、幻覚などを引き起こす。しかし、その副作用は深刻で、記憶障害や人格障害、最悪の場合、脳髄死に至る場合もある。
アタリは、念のため、N/3の状態をスキャンすることにした。疑似電支脳が起動し、視界に情報表示がオーバーレイされる。
「……異常なし、か」
N/3のバイタルサインは正常で、電子薬物中毒の兆候は見られなかった。
だとしたら、一体、この娘はなんだ。
アタリは、スキャンを終えると深くため息をついた。
「……ったく、面倒なことになりやがった」
アタリは、独り言のように呟いた。N/3は、そんなアタリの言葉には一切構わず、テーブルの上にあった、割れたシャンデリアの破片を興味深そうに眺めていた。
「ねえ」
N/3は、突然アタリの方を向いた。
「何だ?」
「あんたの呼称は?」
「呼称? ……名前か」
ここまでくれば名乗っても問題ないだろう。
「アタリだ」
「ふぅん」
「どうした」
「あのさ、N/3って呼び名、なんか、しっくりこねえんだよ。アンタ、なんか、いい名前、付けてくんね?」
N/3は、そう言うと、アタリを真っ直ぐに見つめた。
名前か……。
アタリは少しの間、疑似電子脳で名前候補を探らせてから答えた。
「そうだな……トリ、ってのはどうだ?」
「トリ?」
「ああ。テメェの番号、3だし」
「トリ……か。んー、八〇点ってとこだけど、まあ、悪くない。トリでいいや」
トリは、満足そうに頷いた。
アタリは文句を言いそうになったが、ぐっとこらえた。
怒り過ぎて疲れていた。
「で、トリ。お前は、一体何者なんだ?」
アタリは、改めてトリに問いかけた。トリは、少し考え込むと、答えた。
「わかんねえ。でも……確か、アタシは、どこかに向かおうとしてた。あの箱に入って」
「どこに向かおうとしてたんだ?」
「うーんと……確か……区画B5って、呼ばれてた場所」
「区画B5?」
区画B5は、魔方東京の行政、経済、文化の中心地であり、皇帝の居城もそこに存在する。厳重な警備が敷かれており、一般市民は容易に立ち入ることができない場所だ。
「なんでだ」
「さあ。……それ以上は、思い出せない」
と、トリは大きな欠伸をして壁に靠れた。
そのままするすると地面に転がってしまった。
「おい、トリ? 大丈夫か?」
反応はない。
バイタルに異常はない。
呼吸のたびに肩が揺れた。
トリはすでに眠りに落ちていたのだ。
「ったく、なんだってんだ」
アタリは、ラウンジの窓の外を眺めた。
夜明けが近づき、空が少しずつ白み始めていた。朽ち果てた高層ビル群が、朝日に照らされて、赤く染まっていく。
アタリはアフロヘアーを押さえた。なにもわからない。
これから自分はどうすればいいのか。
第二章
第三章
第四章
第五章
第六章
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