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生成AIで8割くらい作ったSFサイバーバイオパンクラノベ(2)

 第二章

 薄ぼんやりと夜が明け、ラウンジの窓の外には、魔方東京ルービック・トーキョーの喧騒が、脈打つ鼓動のように響き渡っていた。
 人工太陽サン・ランプの光が、廃墟と化した高層ビル群を照らし出し、奇妙イルな陰影を生み出している。
 アタリは、硬いソファに身を沈め、腕を組んでいた。
 昨晩は一睡もできなかった。聖櫃アーク、トリ、地下呪民モーロック、美香、トップロープ。断片的な映像が、脳裏を駆け巡り、安らぎを与えてくれない。
「なぁ、なんか思い出したか?」
 ソファで目を覚ましたトリに、アタリは尋ねた。トリは、銀色の髪を掻き乱しながら、首を横に振る。
「何も。アタシ、一体、なんなんだろうね?」
「なんだろうなあ」
 トップロープに連絡すべきか。
 アタリの脳裏に、あの油ぎった巨体が浮かぶ。だが、すぐにその考えを打ち消した。
 ダメだ。
 トップロープの事務所オフィスも、すでに地下呪民モーロックに襲撃されているかもしれない。
「はああ」アタリは長いため息を吐いた。
「どしたの?」
「トリ、行くぞ」
 アタリは立ち上がって、オレンジ色のボンバージャケットを着なおし、スケボーを背負った。
「え、どこへ?」
「情報収集するしかねえかなって」
 二人は、荒れ果てたラウンジを後にした。

 午前一〇時。
 C7地区セタガヤの中央マーケットは、すでに熱気に満ち溢れていた。薄暗いアーケードの下、無数の露店がひしめき合い、人々が所狭しと行き交っている。貧困層が多い地区とはいえ、たくましい生活のエネルギーが、この場所には満ちていた。
 遺伝子操作ジーン・ハックで巨大化されたグロテスクな形状の果物。電脳義体サイバー・ボデー用の光るタトゥーシール。違法な軍事用プログラムをダウンロードしたデータチップ。
 露店に並ぶ商品は、どれもこれも、個性的で胡散臭いものばかりだ。客引きの声が飛び交い、値切りの交渉がそこかしこで繰り広げられている。混沌としたエネルギーが渦巻くこの空間は、まさに魔方東京ルービック・トーキョーの縮図のようだった。
 アタリたちは人波をかき分けて進む。トリは物珍しそうにぼーっと街の風景を見つめていた。
 電子薬物デジタル・ドラッグの売人が、極彩色ギンギラ錠剤ピルをちらつかせながら、甘い言葉で誘惑してくる。路地裏では、極東警官が、露店の主人から大麻カンナビノイドを受け取り、平然と煙草に火をつけている。
 誰もが、法と倫理の境界線上で、危ういバランスを保ちながら生きている。
「ねえ、アタリ、あそこ、なんか面白そう」
 トリが、アタリの腕を引っ張る。彼女の視線の先には古着屋があった。
「ダメだ」
「えーなんで」
「俺らはあっちへ行く」
 アタリは指をさした。
 その先には場違いなほどに洗練された雰囲気のバーがあった。重厚なスイングドアの上には、かすかに光る霓虹ネオン
「NOSTALGIA」。
 古き良き時代への郷愁ノスタルジーを意味する言葉が、この混沌わちゃわちゃとした空間では、皮肉に響く。
「なにここ」
「酒を飲む場所だ」
「えー、飲んだことないな」
「ん、お前、成人してんだよな。ガキには酒を飲ませねえぞ。酒がもったいねえ」
 アタリは、一瞬ためらった。
「飲ませてよ」
「……まあ、いいか。一杯だけ付き合え」
 二人は、バーの重厚なスイングドアを押し開けた。
 店内に入ると、外の喧騒が嘘のように静まり返る。薄暗く、煙たい空間。
 木製のひびが入ったカウンターでは、数人の客が黙って酒を呷っている。
 カウンター席では、サイバーウェアで全身を強化した屈強ゴリゴリな男が、ぼんやりとホログラム映像を眺めながら、安酒を傾けている。その横には、鳥かごに入った機械仕掛けの小鳥を愛でる、着物を身につけた老婆の姿があった。
 テーブル席では、違法な賭博チンコロに興じる若者ユベントスたちが、熱気を帯びた視線をサイコロに注いでいる。彼らの指先は、高性能な義手によって機械化されており、サイコロを振るたびに金属音が響く。
「ここは、なんなの、アタリ?」
 トリが、小声で尋ねる。
「ああ、情報屋ミヤネヤがいるんだよ。この街の裏実話ナックルズに詳しい奴だ」
 アタリは、カウンター席に座る。
 バーテンダーが、アタリたちに気づくと、歩み寄ってきた。脱色したように白い肌が特徴だが、表情は柔和だ。
「いらっしゃい。何にしましょう?」
「うーんと、酒の前に人を捜している。悪いが狗蜂イヌハチはいるか?」
「ああ」バーテンダーはうんざりした様子でため息を吐いた。「奥のカウンターで昨日からずっと飲んでますね」
 バーテンダーは、カウンターの隅を顎で示した。薄暗い照明の下、全身に刺青タトゥーを入れた若い女が、うつむき加減に座っている。
 狗蜂イヌハチだった。黒のタンクトップに、ズタボロのクラストパンツを履いている。
「よっ、狗蜂イヌハチ。久しぶりだな」
 トリを伴ったアタリが近寄って声をかけると、狗蜂イヌハチはゆっくりと顔を上げた。
 二日酔いなのか、その顔色は悪く、目は充血している。だが、アタリの顔を見た瞬間、彼女の表情はパッと明るくなった。
「アタリ!? うわっ、久しぶり! 元気だった?」
 狗蜂イヌハチは、よろめきながら立ち上がると、アタリに抱きついた。酒臭い息が、アタリの鼻をつく。
「ああ、まあな。お前こそ、相変わらずだな」
 アタリは、苦笑しながら、狗蜂イヌハチの背中を軽く叩いた。
 彼女は、アタリと同じスラム街の出身で、運び屋ミュール見習いをしていた時期もあった。だが、生来の情報収集能力と、その図太い性格を買われ、今では、この街でも名の知れた情報屋ミヤネヤとして活動している。全身にびっしりと刻まれた刺青タトゥーは、彼女が歩んできた波乱万丈の人生を物語っていた。
「で、仕事かい? こんなとこまで、わざわざ」
 狗蜂イヌハチは、カウンター席にアタリを促しながら、尋ねた。
「ああ、ちょっとな」
「バーテンダー、こいつに一杯」
「おい酒は」
「いいじゃねえか」
 アタリは、バーテンダーが差し出した決意の表れフルモンティという銘柄のウィスキーを呷る。
 トリはアタリの脇で大人しく座っている。バーの薄暗い照明と、重苦しい雰囲気に少し気圧されているようだった。
 バーテンダーは彼女を少女と思ったのか、ノンアルのガンパウダー・ミルクシェイクを出してきた。
「で、そこのお嬢ちゃんは? 新しい彼女かい?」
 狗蜂イヌハチは、視線をトリに向けて、ニヤリと笑った。トリは、その視線に気づくと、警戒するように身構えた。
「違うよ。仕事の関係者だ」
 アタリは、慌てて否定した。
「仕事の関係者? ふーん、こういうコが好みなのかな? 意外だねぇ、アタリ」
 狗蜂イヌハチは、アタリをからかうように言った。
 トリは狗蜂イヌハチの言葉を聞いて、怪訝そうな顔をした。
「やんのか、こら。このパンク女」
 トリが、低い声で呟く。
 狗蜂イヌハチは、トリの言葉に驚いた様子もなく、むしろ面白そうに笑った。
「あら、お口が悪いのね。でも、その顔、なかなか可愛いじゃない」
 狗蜂イヌハチは、トリの頭を撫でようとした。トリはそれを避けるように、後ずさった。
「触んじゃねえ!」
 トリが、鋭い視線を狗蜂イヌハチに向ける。紅い瞳には、怒りの炎が燃えている。
「おやおや、気が強いな。ますます、気に入ったよ」
 狗蜂イヌハチは、トリの反応を楽しんでいるようだった。アタリは、二人の間に割って入った。
「おい二人とも、遊んでる場合じゃねえんだよ」
 アタリは、狗蜂イヌハチに視線を向けた。
「で、狗蜂イヌハチ。頼みたいことがあるんだ」
 アタリは、真剣ガチ表情ツラで告げた。
 狗蜂イヌハチは、アタリの表情を見て、からかうような笑みを消した。
「なんだい?」
「ああダリぃことになった。実はよ……」
 アタリは自分てめえが置かれている状況を、狗蜂イヌハチに詳しく説明した。
「で、狗蜂イヌハチ。どうなってんだよ、一体」
 アタリは煙草に火をつけながら、そう言った。
 紫煙が、彼の焦燥感を表すかのように、渦を巻いて天井へと昇っていく。
 トリは、赤いシロップのかかったガンパウダー・ミルクシェイクを無言で飲み干していた。
 狗蜂イヌハチは、アタリの言葉に答えず、カウンターに置かれたジル・ウォッカのボトルを手に取った。ラベルには、蛇に巻かれた骸骨が描かれている。
「まぁまぁ、そう焦んなって。で、何が知りたいんだい?」
「この街で、最近、何か変わったことでもあったか?」
「変わったこと? そりゃあ、いっぱいあるけど何から話す」
 狗蜂イヌハチは、煙草に火をつけ、深く吸い込んでから煙を吐いた。
「帝がなんか人前に姿を見せたってのは聞いている」
「ふーん。この辺りでも噂は広まっている」
「その情報タレは、大したことないって感じか。なんか勅命を発したとかって聞いたぞ。どういう内容だ?」
 狗蜂イヌハチは笑むながら、煙を吐く。
「わかんないけど。街が騒がしいことと無関係じゃないだろうね」
「ふうん」
「昨晩目立ったのは、区画A1シヴヤでの爆発事件だ。魔女ウィッチたちがクラブ階層を貸切で奢灞都サバトを開いてたらしいんだが、そこに、プロップスの三本槍さんぼんやりが襲撃をかけたって」
「ふむ」
 三本槍さんぼんやり
 エクリプス・コーポの私営兵力であるプロップスの精鋭暗殺ハウンド部隊。
 その名の通り、トリオだ。
 六腕の阿修羅アスラ
 拳型ドロイド生命体となった勇気爆発ブレイヴ・ザ・ハンド
 監視隠密活動が得意なクロウ
 アタリも会ったことはないが、どんな汚い仕事ヤマも、涼しい顔してやってのけると評判だ。
「おかげでクラブ階層は、跡形もなく吹き飛んだって話だ。電脳海原サイベリアにも、その時の様子が断片的に流れてきたけど、地獄絵図デンデラだったらしいぜ」
三本槍さんぼんやりが、なんでまた魔女集団を? それに、プロップスが、そんな派手に動くか?」
 狗蜂イヌハチはタバコを消した。
「さあな。でも、噂によると、その魔女どもがとんでもねぇ御宝ブツを持ってたっていう話だ。なんでも、人間の霊魂エーテルをエネルギーに変換できる装置を開発してたらしくて、エクリプス・コーポの連中がそれに目をつけた、って噂だ。この部分はかなり眉唾だ」
「人間の霊魂エーテルをエネルギーにする? ばかばかしいな」
「で、それだけじゃねぇ。エクリプス・コーポの親玉であるドン・Ωも動いている」
「ドン・Ωか」
 エクリプス・コーポの代表取締役C.E.O
「最近、やたらと賞金首に賞金を懸けてるらしい。黒革の手帳ブラック・リストが出回ってて、今、この街は、賞金稼ぎボバ・フェットで溢れかえってる。アタリ、あんたも、気をつけな。運が悪けりゃ、狙われるかもしれねぇ」
 ソルダートたちが頭に浮かぶ。
「……もう狙われたよ、しっかりな」
「へえ、じゃあ、そいつらは撃退したんだな」
 アタリはウィスキーを口に含む。
「おかげさまで、こんなシミったれた場所で酒を飲んでんだ」
 狗蜂イヌハチは、ケラケラと笑った。
「それから、もう一つ、忠告しといてやるよ。アタリ、あんた、トップロープを信用しすぎんな。奴が自分の利益のためなら、仲間でも平気で売るような奴なのは知っているよな」
「ああ、当たり前だ」
「まあ、異常事態はしばらく続く。あんたも気をつけな」
「で、狗蜂イヌハチ政権の中枢オンドコロでは、一体何が起こっているんだ?」
 アタリは、煙草の煙を吐き出しながら、尋ねた。狗蜂イヌハチは、ウォッカをストレートで呷り、氷をカリカリと噛み砕く。
「アタリ、あんた、いいところに目をつけたね。今、魔方東京ルービック・トーキョーで一番ホットな話題は、間違いなくガガ・クオリアだよ」
「ガガ? あの、丞相の? あいつ、まだ三〇代前半だろ?」
「そう。若いのに、やり手なんだよ。切れ者で、冷酷で、野心家。皇帝に忠誠を誓ってるって話だけど、どうだか……。ま、いずれにせよ、今、魔方東京ルービック・トーキョーで、ガガに逆らえる奴はいないってことさ」
「……もし、トリが区画B5オンドコロを目指してたとして、ガガと関係があるんだろうか?」
「さあね。でも、可能性は高いんじゃない? ガガが方々に手下を放って、情報を集めてるって噂だしねえ。もしかしたら、トリも、その情報網に引っかかったのかも」
「ガガに直接会うとか無理だわな……」
 アタリが呟くと、狗蜂イヌハチは、吹き出した。
「アタリ、あんた、本気ガチで言ってるの? 私らみたいな一般人パンピーが、ガガに会えるわけないでしょ。あいつは、雲の上の人間だよ」
「だよなあ」
「酔ったこと言わないでってば」狗蜂イヌハチはグラスの残りのウォッカを一気に飲み干した。「……悪いけど、ちょっとトイレ」
 狗蜂イヌハチはよろめきながら席を立った。
 アタリたちはカウンターに残された。
「で、アタリ。これからどうするんだ?」
 トリは、空になったガンパウダー・ミルクシェイクのグラスを指でくるくると回しながら、退屈そうに言った。
「どうするもこうするも、まだ何もわからねえ。トリ、お前が何者で、何の目的で魔方東京ルービック・トーキョーにいるのか……」
 アタリは、苛立ちを隠さずに言った。トリの能天気な態度とは裏腹に、状況は一刻を争うものになっていた。
「だよね、あんた、全然なんも知らないんだねー」
 トリは、あきれたように言った。
 アタリはカッときたが、同時に、言い返せない自分がいた。
 トリの言葉は、図星だった。
「……俺は、お前を運ぶって仕事を受けただけだ。お前が何者だろうと、俺には関係ない。面倒はごめんなんだよ」
「それ、わかる」
 トリは、天井を見上げた。
 薄汚れた天井には、ホログラム広告が映し出されているが、トリの視線は、それを捉えていないようだった。
「……ったく、狗蜂イヌハチのやつ、遅いな」
 アタリはいら立ちを誤魔化すように呟く。
 狗蜂イヌハチがトイレに行ってから、五分が流れていた。
 違和感を覚えた。
 次の瞬間、アタリは、はっとしたように顔を上げた。
 同時だった。
 店外から、けたたましい音が聞こえてきた。
 怒号、悲鳴、そして、何かが破壊される鈍い音。
「チッ……やられた」
 アタリは、舌打ちをした。
 トリが怪訝そうに顔を上げる。
「……なに?」
 アタリは席を立ち、指向性重力刀グラヴィティショナル・ダンピラの柄に手を添え、窓から外を睨んだ。
 音は武装VSTOL機のローター音。
 こんな兵器を市場に持ち込めるのは、極東科学防衛隊トーキオ・デフェンドソルダートイか、それとも。
「……きっとプロップスだ。奴らに、囲まれてやがる」
 アタリは、冷や汗が背筋を伝うのを感じた。トリは、一瞬、きょとんとした表情を見せたが、すぐに理解したようだ。
「プロップス? あの、エクリプス・コーポの?」
「ああ。間違いない」
 アタリは、カウンターに置いたままのウィスキーを一気に飲み干した。度数の高い酒が、喉を焼けるように熱い。
 今日の味方は明日の敵トゥモロー・ネヴァー・ノウズ
狗蜂イヌハチが俺たちを、ハメやがったんだ」
 アタリの頭の中に、狗蜂イヌハチの顔が浮かんだ。
 怒りと焦燥感に駆られながらも、冷静さを失ってはいけないと自分に言い聞かせた。
 窓の外に目をやると、闇を切り裂くように、武装VTOL機が三機、降下してくるのが見えた。騒音と赤と青の点滅光が、薄汚れた路地に不気味な影を落とす。
「どうすんの、アタリ」
 トリが、気だるげな声で言った。
「逃げるに決まってんだろ」
 アタリは、吠えるように言った。
 外から拡声器越しの声が聞こえる。
『私の名はストライダーだ。アタリ・現証者ドゥーイット、中にいるのはわかっている。おとなしく投降しろ』
 ストライダー、この急襲部隊の隊長らしい。
 アタリは舌打ちをして、使い慣れたスケートボードに飛び乗る。
 指向性重力刀グラヴィティショナル・ダンピラの柄に手を添えながら、アタリはトリを見た。
「行くぞ、トリ。ボードに乗れ」
「あいよ」
 トリは、軽い足取りでアタリの後ろに立つ。まるで、ただの遊び場であるかのように、彼女の表情には緊張の色が見えない。
 アタリは、天井に向かって手首から発射するウェッブ・ロープを撃ち込んだ。天井裏の鉄骨に絡みついたのを確認する。
「作戦は?」トリが尋ねる。
 アタリはウェッブ・ロープを引っ張り、勢いをつけた。
「ねえ、しっかり捕まってろよ!」
 アタリはトリと共にバーのスイングドアに向かって勢いよく飛び出した。
「止まれっ! 動くな!」
 外では、プロップスの兵士たちが、バーを取り囲んでいた。
 黒ずくめの戦闘服に身を包んだ屈強な男たち。
 銃口をアタリたちに向けている。その数は、ざっと十名。
 だが、アタリは怯まなかった。
 むしろ、その体にアドレナリンが駆け巡るのを感じた。
 アタリは、指向性重力刀グラヴィティショナル・ダンピラを抜刀した。
 刃に指向性重力を帯びたダンピラが、青い光を放ちながら、プロップスの兵士たちを切り裂く。
 二人、三人と、兵士たちが血しぶきを上げて倒れていく。
「ちぃ逃がすな! 撃ってよし!」
 プロップスの隊長らしき男——ストライダー——が、怒声を上げた。
 声兵士たちは銃撃を開始する。弾丸が、アタリたちの頭上を飛び交う。
 アタリは、スケートボードを巧みに操りながら、弾丸の雨を掻い潜る。トリもまたアタリの背後にぴったりとついていた。
「チッ……厄介なガキだ」
 正面に位置するストライダーは、舌打ちをし、古臭い小銃――AK-69NMSを構えると、アタリに向かって発砲した。
 ただの弾丸ではなかった。
 AK-69NMSから発射された弾丸は、まるで意志を持っているかのように、空中で軌道を曲げ、アタリたちに向かって飛んでくる。
「なっ!」
「逃がすか」
 ストライダーは、冷酷な笑みを浮かべながら、再び引き金を引いた。
重力制御グラビティ・コントロール弾かよ……クソッ! 」
  アタリは、そう毒づきながら、咄嗟に身を屈めた。
 間一髪、弾丸はアタリの頭上をかすめていった。
 スローモーションのように感じられる時間の流れの中、アタリはストライダーの不敵な笑みを目撃する。この状況を楽しんでいるかのようだった。
 ストライダーは距離を詰めてきた。
「お前の首をいただいていくぞ、現証者ドゥーイット君」
「やらせねえよ」
 アタリは指向性重力刀グラヴィティショナル・ダンピラに意識を集中させた。
「無駄な抵抗はよせ」
 ストライダーは冷たく言い放つ。
 対するアタリは、ストライダーの動きを予測し、すれ違いざまに指向性重力刀グラヴィティショナル・ダンピラを振り下ろした。
 鋼鉄の刃が、空気を切り裂く。
 ストライダーは、間一髪、身をかわした。
 しかし。
 AK-69NMSの銃身は、指向性重力刀グラヴィティショナル・ダンピラの刃によって真っ二つに切り裂かれた。
「なっ!」
 ストライダーは、驚きを隠せない。
 彼の予想を遥かに超える、アタリの剣技だった。
「トリ、しっかり掴まれ!」
 アタリは叫びながら、プッシュしてスケボーを加速させた。
 逃げ切らないと。
「アタリ、速すぎるって!」
 トリが、悲鳴のような声を上げた。その小さな体が、風圧に押されて、今にも吹き飛びそうになっている。だが、今は立ち止まっている暇はない。
「我慢しろ、トリ!」
 その時だった。
「うわっ!」
 トリが、バランスを崩した。スケボーが、路面の亀裂に引っかかり、大きく揺れた。トリは、悲鳴を上げながら、アスファルトへとはじき飛ばされた。
「トリ!」
 アタリは、咄嗟にスケボーをブレーキン。トリは、路上に倒れ込み、苦しそうに胸を押さえている。
「大丈夫か、トリ!」
 アタリは、舌打ちを一つ。
 プロップスの追っ手が、刻一刻と迫ってきている。このままでは、二人とも奴らに捕らわれてしまう。
 轟轟と唸りを上げるVTOLのローター音が、耳をつんざく轟音となって鼓膜を揺さぶる。プロップスの奴ら、しつこいにも程がある。だが、トリを置いていくわけにはいかない。
 トリの視線は、血を流して倒れているプロップスの隊員たちに向けられていた。
N/3ナンバースリーを傷つけるな! 奴は生け捕りにしろ!」
 ストライダーが吠えた。
「チッ……面倒なことになりやがった」
 アタリは、舌打ちを一つ。
 指向性重力刀グラヴィティショナル・ダンピラの柄に手をかけた。
 その時だった。
 乾いた銃声が、市場に響き渡った。
「な、何だ……!?」
 プロップスの隊員たちが、驚愕オッタマゲの声を上げた。
 トリだった。
 彼女は銃を構えていた。
 その小さな手には、プロップスの隊員から奪ったらしい、自動小銃が握られている。トリは、まるで何年も前から銃を扱っていたかのような、熟練した手つきで銃を操った。
 一発、また一発。
 銃弾が、隊員たちの腕や足を正確に撃ち抜き、悲鳴が市場にこだまする。
 トリの顔に、先程までの恐怖の色は消え、代わりに、狂気の笑みが浮かび上がっていた。
「クソ愉しいな! アタリ!」
 トリは、高笑いしながら、容赦なく銃弾を浴びせかける。
「な……」
 アタリは、ただ呆然と、その光景を見つめていた。
 銃火器の扱いに関しては、素人同然のはずだ。
 トリが微笑む。
「どうやら、わたしにかなり高度な銃火器制御プログラムがダウンロードされてたみたいだわ」
 トリはケラケラと笑う。
「最初から言っとけや」
 アタリは、ただそれだけを呟くのが精一杯だった。
 プロップスの隊員たちは、トリの容赦ない攻撃の前に、次々と地面に倒れていく。
 最後に残った一人の隊員を、アタリは指向性重力刀グラヴィティショナル・ダンピラで斬り伏せた。
 穴だらけになってしまったバーの周辺は、静まり返った。
 プロップスの隊員たちは、地面に転がり、呻き声を上げている。ストライダーは、両手を上げて、降伏の意図を示していた。
 アタリは、ゆっくりとトリに近づいた。
「おい、トリ……なんだ、お前は」
 トリは、自動小銃を肩に担ぎ、ニヤリと笑った。
「さあね、アタリ。あたしもよくわかんないって言ってんじゃん」
 この少女は、一体何者なんだ?
「まあいい。来い」
 アタリは、トリをスケボーに乗せようとした。
 だが、その時だった。
吃驚アジャパー、みんなヤラれちゃったんかい?」
 上空に待機していたVTOLから、男の声が響いた。
「ん」
 同時に、影が飛び降りてきた。
 背が高い男だった。
 筋肉質で、顔中に派手なメイクを施していた。鶏冠のように逆立った赤い髪、デジタルネイルで彩られた長い指、そして、露出度の高いラバースーツ。
 その異様な風貌は、一目で只者ではないことを物語っていた。
「あらあ、運び屋風情がこんなにエロいなんて、オドロキ!」
 男は、甲高い声で笑いながら、両手を広げた。
「……だれ?」
 トリが、アタリの背後から、男を睨みつけながら言った。
 男は満足げに笑む。
「誰じゃないってば、お嬢ちゃん。三本槍が一人、阿修羅アスラ、ここに見参!」
 男――阿修羅アスラは、大げさな身振り手振りで自己紹介をした。まるで舞台役者のようだ。
「三本槍……」
 アタリは、小さく呟いた。
 プロップスの精鋭暗殺部隊、三本槍。
「三本槍? 何それ?」
 トリは、阿修羅アスラの言葉に首を傾げた。
 次の瞬間、阿修羅アスラの背中の機械腕が展開された。四本の腕は、それぞれに銃器を装備しており、銃口はアタリとトリに向けられた。
「アンタたち、せいぜい楽しませてね!」
 阿修羅アスラは、狂喜ヒャッハーに満ちた声で叫ぶと、トリガーを引いた。
 銃声が轟く。
 アタリは、咄嗟に身を屈め、指向性重力刀グラヴィティショナル・ダンピラを構えた。ダンピラの刃が、銃弾を弾き飛ばす。だが、阿修羅アスラ猛攻オラオラは、それだけでは終わらなかった。
 四本の機械腕が、まるで生きているかのように動き、銃弾の雨を降らせる。アタリは、ダンピラを巧みに操りながら、銃弾を掻い潜る。だが、トリは、身を守る術を持たない。
 トリは、アタリの背後に身を潜め、隙を窺っていた。
「ひゃあは、もっと踊りなさいってば!」
 阿修羅アスラは、高笑いしながら、トリガーをひき続ける。その姿は、まるで戦場を楽しむ悪魔のようだった。
「これじゃ、もたねえ!」
 アタリは、苦しい息を吐きながら吠える。このままでは、二人とも、阿修羅アスラの餌食になってしまう。
「なら、こうする!」
 トリが叫んだ。
 次の瞬間、トリは、阿修羅アスラの背後にある、墜落したVTOLの残骸に向かって、銃撃した。
 飛翔する銃弾が、VTOLの燃料タンクを貫通した。
 大爆発。
「どうだよ、イカレ野郎!」トリが叫ぶ。
 VTOLの残骸が、阿修羅アスラの頭上に降り注ぐ。
「なっ……!?」
 阿修羅アスラ驚愕オッタマゲの声を上げながら、大きくジャンプした。間一髪、VTOLの残骸は、阿修羅アスラの頭上をかすめていった。
「よくやった、トリ!」
 アタリはスケボーを彼女の足元に滑り込ませた。
「とっとと逃走トンズラしようぜ!」
 トリは、スケボーに飛び乗ると、アタリの背中を掴んだ。
 アタリは、すかさず万能腕輪バングル・デヴァイスからウェッブロープを発射し、近くのビルの屋上に向かって跳躍した。
「あー、逃げんじゃねえよ! アンタたち!」
 背中に阿修羅アスラの大声が聞こえてきた。


第三章


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