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生成AIで8割くらい作ったSFサイバーバイオパンクラノベ(5)

 第五章

 アタリは目を覚ます。
 辺り一面、瓦礫の山だった。
 スカイツリーは完全に崩壊し、空には、朝日が昇り始めていた。
 トリが、アタリの腕の中で目を覚ました。
「おい無事か……」
 アタリはかすれた声で告げる。全身が痛み、動くのもやっとだった。
「生きて……る……?」
 トリは自分の体を確認するように両手両足に触れた。
「ああ生きてんな」
 二人は、ゆっくりと立ち上がった。瓦礫の山を見回し、自分たちが、巨大な掌の上にいることに気づいた。
「これは……勇気爆発ブレイヴ・ザ・ハンド……?」
 トリは、驚いたように告げた。
 勇気爆発ブレイヴ・ザ・ハンドは掌を上に向けた状態で、瓦礫の山に埋もれていた。その巨大な体は、傷だらけで動かない。
 近くには、刀身が砕け散った指向性重力刀グラヴィティショナル・ダンピラが転がっていた。
「デカい掌親父ツッパリ・オジンのおかげで助かったのか……」
 アタリは呟いた。皮肉な運命だった。
 同時に、弾丸坊主バレットモンクの姿が頭に浮かんだ。彼を失った悲しみが、アタリの心を締め付ける。
「師匠……」
 アタリは、下を向く。
 朝日が瓦礫の山を赤く染め上げ、ひしゃげたスカイツリーの残骸が、長い影を地面に落としていた。辺り一面、静寂に包まれていた。
「ぐっ……不覚」
 勇気爆発ブレイヴ・ザ・ハンドから呻き声が聞こえた。彼の巨大な体は傷だらけで、金属製の装甲はひび割れ、所々が剥き出しになっている。
「まだ死んでねえのかよ」
 アタリは、勇気爆発ブレイヴ・ザ・ハンドの姿を見て、驚きを隠せない。
「とどめを刺すか?」
 トリも、勇気爆発ブレイヴ・ザ・ハンドに銃口を向けながら、尋ねた。
「よせよせ、不要である。……我の敗北を認めよう。もう動けぬわ」
 勇気爆発ブレイヴ・ザ・ハンドの声がしぼんでいく。
 その時、勇気爆発ブレイヴ・ザ・ハンドの足元に、四本足の小さな機蟲バグが這い寄ってきた。
 その姿は、まるで蜘蛛アラクネのようだった。
「なんだ、こいつは?」
 アタリは、怪訝な顔をした。
「そうねえ、勇気爆発ブレイヴ・ザ・ハンド。アタシたちの完敗ボッコボコだったかなァ」
 機蟲バグは、阿修羅アスラの声で告げた。
「……お前は阿修羅アスラか?」
 アタリは、驚愕オッタマゲした。
 アタリは、阿修羅アスラの背中にあった四本の機械腕を思い出す。
「そうそう。この体が私の本体マヴだってば。あの肉体は、ただの筐体ハコよ。壊れたら、また新しいのを作ればいいだけ」
 阿修羅アスラは、機蟲バグの脚を動かしながら、説明した。
 そこに、満身創痍フラフラクロウが、よろめきながら歩いてきた。彼女の黒い衣装は、破れ、顔のペストマスクも、ひび割れていた。しかし、攻撃してくる様子はない。
 アタリとトリは、顔を見合わせた。
 トリは、阿修羅アスラたちに向かって拳を掲げたファイティン・ポーズ
「まだやるの?」
「あらら」阿修羅アスラがおどけた声を発した。「塔までぶっ壊して反抗してくる奴らともう戦いたくはないってば。降参でいいよ」
「じゃあ、どうするの?」
「どうしましょ。このままじゃ、アタシたちもドン・Ωに狙われちゃうんじゃないかしらね。アンタの確保が最優先事項だったんだし」
「失敗でいいの?」
「そもそも今回の依頼ヤマは気に入らなかったんだよ。あの男、何か胡散臭いことを企んでるみたいでさ」
 阿修羅アスラは、機蟲バグの脚を動かしながら言った。
「我、奴の未来に希望を感じず」
 勇気爆発ブレイヴ・ザ・ハンドも同意し、馬鹿いかつい中指をぴょこっと動かした。
 アタリは三人を見つめた。
「じゃあ、頼みがある」
「なによ」
「協力してくれないか?」
 アタリが告げると、阿修羅アスラは脚を動かし、笑い声を発した。
「何言ってんの? アタシらはアンタをノメそうとしたんですけど」
「俺は師匠が死んでる。それでも」アタリはトリを見つめた。「やんなきゃいけねえことがあるみてえなんだよ、俺には」
「何それ」
「こいつをこいつが行きたい場所まで運ぶ。それが俺の契約チギリだ」
「……アハハ」阿修羅アスラ電子音ノイズ交じりの笑い声を発した。「気に入った」
「……助けてくれるのか?」
「いいわ。報酬ギャラはあとで考えましょう」
 阿修羅アスラが告げる。

 その時だった。
「ぐっ」
 クロウが苦しげな呻き声をあげた。
 黒ずくめの体躯が、まるで操り人形オートマタの糸が切れたように、地面に崩れ落ちた。
「おい、どうした!」
 アタリは咄嗟に駆け寄ろうとしたが、勇気爆発ブレイヴ・ザ・ハンドが巨大な掌で彼を制した。
「待て、アタリよ! 何かがおかしい……」
 勇気爆発ブレイヴ・ザ・ハンドの言葉通り、クロウの様子は異様だった。
 苦痛に顔を歪め、喘ぎ声を漏らす。
「……く、く……ア……アアアア……」
 クロウの顔に被せられていたペストマスクが、まるで溶けるように変形していく。若い女の面影を残していたそれは、みるみるうちに、皺くちゃの老人の顔へと変貌を遂げていく。
「我……我が御霊スピートスはここに降臨す……」
 嗄れた声。それは、クロウの声とは全く異なる、底知れぬ闇を湛えた声だった。
「なによ……一体何が……」
 阿修羅アスラは、機蟲バグの脚を忙しなく動かしながら警戒を強めていた。
 やがてクロウは痙攣を止めると、アタリたちを見つめ大きく呼吸した。
 アタリは武器を捜したが、指向性重力刀グラヴィティショナル・ダンピラは手元にない。
「外界はよいのぃ……空気が汚ィ……」
 老婆の顔と化したクロウは、ゆっくりとトリの方へ顔を向けた。その濁った瞳は、トリを射抜くように見つめている。
N/3ナンバースリー……とはお主か」
 クロウに乗り移った何かは、そう呟くと、電光石火の早業でトリの腕を掴む。
「なっ!」
 次の刹那、二人はシエルへと舞い上がった。
「トリ!」
 アタリは、万能腕輪バングル・デヴァイスを向け、咄嗟にウェッブロープをクロウめがけて発射ショット
 しかし彼女はそれを軽々と避け、あっという間にシエルの彼方へと消えていった。
「何が起こった……クソッ!」
 アタリは、シエルを仰いだ。
 何が起こったのか、全く理解できなかった。
「あんなの見たことない」阿修羅アスラがぼそりと告げた。「クロウを乗っ取っていた」
「どういう意味だ? エクリプス・コーポの技術テクか?」
「我、感知せず……」
 勇気爆発ブレイヴ・ザ・ハンドもまた困惑していた。
 その時だった。
「こんな時に。まずいぞ……」
 勇気爆発ブレイヴ・ザ・ハンドが、重々しい口調で呟いた。
 アタリは空を見上げた。
 数十機のヘリコプターが、轟音と共にこちらへ向かってくるのが見えた。黒と銀色に彩られた機体は、銀杏を模した極東科学防衛隊トーキオ・デフェンドソルダートイのマークが記されていた。
「チッ……最悪チョベリバのタイミングじゃないの」
 阿修羅アスラは、舌打ちをすると素早く反転した。
「でも……」
「逃げるの、アタリ! 奴らに見つかったら面倒なことになる!」
 アタリもまた、状況を理解した。今、ここで極東科学防衛隊トーキオ・デフェンドソルダートイ交戦バチバチするわけにはいかない。
勇気爆発ブレイヴ・ザ・ハンド、動けるの?」
「多少なら! 勇気の力を以て」勇気爆発ブレイヴ・ザ・ハンドがぎこちなく動き始める。
「勇気でも何でもいいから!」
 三人は、瓦礫の山から一目散に退散ドロンした。

 区画C3クーロン
 多重階層になった無数の霓虹ネオンが、けばけばしい光を放ちながら、ひしめき合うように乱立している。大気が汚れ、雑多な人種がごった返すその様は、さながら蟻塚を思わせる。犯罪者の巣窟、闇取引のメッカ、魔方東京ルービック・トーキョーで最も人口密度が高い区画エリア
 騒乱の影響は大きい。暴徒たちが大通りで騒ぎ、いたるところでサイレンが鳴り響いている。
「ったく、ここらにはあんまり馴染みがねえのよ」
 勇気爆発ブレイヴ・ザ・ハンドを台車に載せて引いているアタリは、薄汚れたコンクリートの壁に落書きされたドクロマークを横目に、そう呟いた。
「アタシがココの出身だからね」
 機蟲バグの姿をした阿修羅アスラの声は、小型のスピーカーを通して、アタリの耳に直接響いてきた。
「ここならば」勇気爆発ブレイヴ・ザ・ハンドが告げる。「C階層ならばドン・Ωの目も眩ませる。ドローンなど飛ばしても、暴徒たちが叩き落すであろう」
「お前は楽でいいな」
「動けないのだ、仕方あるまい。若造、きみには勇気が足りんのだ」
「おっさん、勇気で何でもできると思ってねえか」
「思っておるに決まっている!」
 三人は、区画C3クーロンの地下深くにある、広大な廃倉庫にたどり着いた。
 天井からは錆びついたクレーンがぶら下がり、床には、何に使われたのか見当もつかないような機械の残骸が、無造作に積み上げられている。
 アタリは放置されていた木箱の上に座った。
「ここはなんだよ、阿修羅アスラ
 床にはいつくばっている阿修羅アスラは得意げに答える。
「エクリプス・コーポに雇われるまで、アタシたちは賞金稼ぎバウンティ・ハンターだった。ここを根城にしていたんだってば」
「へえ」
 薄暗く埃っぽい空間は、外界から隔絶された静寂に包まれていた。
 エネルギー切れを起こした勇気爆発ブレイヴ・ザ・ハンドは、巨大な掌を床に横たわり、静かになった。
 と、入り口のシャッターが音を立てて開いた。
 アタリは少し身構える。
「大丈夫よ、アタリ」阿修羅アスラがたしなめる。
 中に入ってきたのは、オーバーオールを着た若い女だった。大きな工具箱を引きずっている。
 軽快な足取りと共に、明るい声が倉庫に響いた。
「なにー、ここー。やばーい」
 女は悪臭漂う倉庫の中を見回してからアタリを見つめた。
「あなた誰ですか」
「俺は、アタリっていうんだけど。あんたこそ誰だよ?」
 答えたのは阿修羅アスラだった。
ドスよ。この娘、エクリプス・コーポでアタシたちの専属技師エンジニアだったの」
「へぇ。よろしく。じゃあ、俺らの追跡オッカケでもしていたのか?」
 アタリは、感心したように言った。
「そうそう。こっそりとだけどね。会話も聞いてから、事情ノリもなんとなく理解してるから。アタリくん、よろしくね」
 ドスは、そう言ってウィンクすると、工具箱を開け、慣れた手つきで工具デバイスを取り出し始めた。
勇気爆発ブレイヴ・ザ・ハンドさん、もう! またこんなにボロボロになって。私の苦労を知らないんだから! 阿修羅アスラさん、何してくれてんですか」
 ドスは、勇気爆発ブレイヴ・ザ・ハンドの傷ついた装甲を撫でながら、叱るように言った。
「あんたには逆らえない! 謝るってば!」
 阿修羅アスラは、バツが悪そうに言った。
阿修羅アスラさん、鴉姉さんシスター・クロウは無事なの? どこ行っちゃったの」
「全然見当もつかないってば。まず、体を直さないと」
 アタリは前かがみになる。
「なあ、ドスさん。エクリプス・コーポはどういう状況なんだ?」
 ドスはアタリを睨んだ。
「スカイツリーの倒壊で大騒ぎ。プロップスが総出で、おっさんたちを探し回ってる。私はしれーっと逃げ出す羽目になった」
 ドスは、肩をすくめた。
「そっか。迷惑かけちまってんだな」
「ま、いいんだけどさ。どうせ、あの会社、居心地悪かったし。給料も安かったんで、転職考えてたしさ」
 ドスは明るく笑った。
 見た目以上に、なかなか根性が据わっているようだ。
 アタリと阿修羅アスラは、顔を見合わせた。
「で、これから、どうするつもりなの?」
 沈黙を破って、阿修羅アスラが尋ねた。
クロウを乗っ取った奴が誰かが特定できないと厳しいな。皇帝の配下か、ヤシロ・ファミリーの関係者か。どうやら、エクリプス・コーポは関係ないみたいだけど……」
「ふぅむ。ドス、何か情報ネタは?」
 機蟲バグの姿をした阿修羅アスラは、その小さな体を壁に這わせながら質問する。
 勇気爆発ブレイヴ・ザ・ハンドの人さし指から基盤を取り出しているドスは、顔を上げた。
「えーとドン・Ωの動きならなんとなくわかるかも」
「へえ」
 ドスはオーバーオールの袖をめくった。腕の一部が青白く光っている。
 皮膚に微細機械情報相ナンマシーノ・レトを移植しているのだ。皮膚で電磁波や情報のやり取りを受信し、仮想脳髄オルタ・ブレインで解析をさせているのだ。
 エクリプス・コーポにいたドスはこれで仕事をしながら、情報を得ていたのだろう。
「断片的な情報だけど、王墓へ向かうってさ。これにはおっさんたちも同行させる予定だったみたいだねー。調整チューニングをいつでもできるように待機チョイマチさせられていたし。間違いないでしょう」
 アタリは顔を顰めた。
「王墓って、区画B5オンドコロにある?」
「うん、歴代皇帝の死骸ホトケが眠っていると言われている巨大な墓所だねー」
「ドン・Ωは一体、何のために?」
「多分、ガガを中心とした月卿雲客おえらいさんは、王墓に素体を集めているらしいの」
「じゃあ、クロウを乗っ取ったのが、政府の関係者なら?」
 アタリは、鋭い視線で阿修羅アスラを見据えた。
「トリもそこにいるんじゃないのかな」
 阿修羅アスラは、小さな体を震わせた。
「素体には、神速計算処理ゴッドスピードコアが脳内に埋め込まれているとか言ってたな。それを利用したかもしれねえ」
「たしかに」
「ったく、さらに面倒なことになってきたな」
「そーいや」ドスが顔を歪めた。「王墓攻略にあたってはドン・Ωが直々に、百人規模の部隊を率いるみたい」
 アタリは、顔をしかめた。百人規模の部隊。
「王墓を守っているのは?」
 アタリが尋ねた。
極東科学防衛隊トーキオ・デフェンドソルダートイの精鋭部隊だねー。特に、ジュラシック・マリアまで動員されているみたい。……極東科学防衛隊トーキオ・デフェンドソルダートイ最強ヨロシクの女傑。馬鹿でかい超高性能機械腕を持っていて、巨大な指向性重力刀『村雨』を操る」
 ドスは身震いするように言った。
武士もののふみたいな性格で、普段は礼儀には厳しいけど、一度キレたら、誰にも止められないの。前に、プロップスの部隊と激突して、たった一人で壊滅させたって噂よ」
 アタリは、腕を組んで考え込んだ。
 ドン・Ωが率いるプロップスの精鋭部隊、そしてジュラシック・マリアが率いる極東科学防衛隊トーキオ・デフェンドソルダートイ衝突ドンパチ
「……王墓、に行くか……」
 アタリは呟いた。
「敵だらけじゃないの」阿修羅アスラが驚いた声を発する。「馬鹿ダボなの、死ぬってば」
「プロップスと極東科学防衛隊トーキオ・デフェンドソルダートイ衝突ドンパチするなら、逆に好機チャンスかもしれねえ。混乱に乗じて、トリを助け出す」
 阿修羅アスラはアタリの前までやってくる。
「死ぬかもしれないってば」
 アタリはため息を吐いた。
「勝敗によっちゃあ、素体の大部分がどっちかに偏っちまう。そうなったら、いよいよ手出しもできねえんじゃねえか」
 阿修羅アスラは少し唸った。
「それも一理あるわねえ。……あんたと私なら、隠密行動スニーキングも困難じゃない」

「じゃあ、頼んだぞ、ドス
 アタリは、そう言って、勇気爆発ブレイヴ・ザ・ハンドの修理に余念がないドスに軽く手を上げた。
「ええ、気を付けてねー」
 ドスは、工具を握ったまま、笑顔で答えた。
 アタリは倉庫の出口へと向かった。その後ろを、小さな機蟲バグの姿をした阿修羅アスラが、軽快な足取りでついてくる。
 重い鉄製の扉が開く。
 外の世界は騒音に溢れていた。
 けたたましいサイレンの音、爆撃音、怒号、悲鳴。魔方東京ルービック・トーキョーは、完全に混乱状態に陥っていた。
 シエルには、黒煙が渦巻き、あちこちで火の手が上がっている。高層ビル群は、爆撃によって崩壊し、道路は、瓦礫の山と化している。地下呪民モーロック極東科学防衛隊トーキオ・デフェンドソルダートイ、ヤシロ・ファミリー。
 それぞれの勢力が入り乱れての市街戦が繰り広げられており、その凄惨な光景はこの街が終わりのない地獄絵図と化してしまったかのようだった。
「行くぞ、阿修羅アスラ
 アタリは、廃倉庫が立ち並ぶ路地裏へと走り出した。
 阿修羅アスラは、小さな体を器用に動かしながら、アタリの後を追う。
 二人は、崩壊したビルディングの隙間を縫うように慎重に階層を上昇していく。
 道端には、地下呪民モーロック、極東科学防衛隊、そして、ヤシロ・ファミリーの構成員の死体ホトケが、無造作に転がっていた。
 やがて、二人は、区画B5オンドコロに到着した。
 高層ビル群は、圧縮木材で作られており、その温かみのある風合いは、他の区画の無機質な景観とは一線を画している。
 街路樹には、遺伝子操作によって一年中、花を咲かせる桜が植えられており、淡いピンク色の花びらが、ひらひらと舞い散る。
 しかしすでに混乱の影響は及んでいた。桜は根元からへし折れて枝ごと踏みつぶされ、車輪の跡が残っている。至る所で煙が上がっていた。極東科学防衛隊トーキオ・デフェンドソルダートイのヘリがアスファルトの上で燃えていた。
 区画B5オンドコロの中央部にたどり着く。
 そこには巨大なピラミッドがそびえ立っていた。
 王墓だ。
 黒曜石で作られたその漆黒の巨体は、周囲の景観とは不釣り合いに異様な存在感を放っており、見る者に畏怖と不安を与える。
「あれが、王墓か……」
 アタリは呟いた。
 肩の上に乗った阿修羅アスラが電子音を発する。
「ええ、ここに素体が集められているってドン・Ωは睨んでいるってことね」
 アタリは、深く息を吸い込むと、王墓に向かって静かに歩き出した。
 王墓の周囲には厳重な警備が敷かれており、大量の極東科学防衛隊トーキオ・デフェンドソルダートイの兵士たちが、ピラミッドを取り囲むように配置されていた。
 二人は近くの仏閣摩天大楼テンプーロ・ビルに足を踏み入れる。
 無人のビルで、中は暗い。
 屋上まで階段を駆け上がる。
 人工的に作られたそよ風が、遺伝子操作された桜の花びらを舞い上がらせ、アタリの頬を優しく撫でていった。
「見てよ、アタリ」
 小さな機蟲バグ容姿ナリをした阿修羅アスラが、屋上の縁まで進み、その小さな体を震わせながら言った。
 アタリは、視線を上げて、眼下に広がる大通りを見下ろした。
 大通りを王墓に向かい、轟轟と地響きを立てながら、装甲車の大群が押し寄せてくる。鈍く光を反射する黒塗りの車体に、けばけばしい霓虹ネオン乱反射ギンギラしている。
 プロップスの軍勢だ。
 装甲車の周囲を、重装備の歩兵たちが、蟻のように群れをなして進軍してくる。彼らの顔は、戦闘用マスクで覆い隠され、感情を読み取ることはできない。
 軍勢の中央を、ひときわ派手に飾り立てられた巨大な装甲車が、ゆっくりと進んでいた。その車体には無数の霓虹ネオンネオンサインがまるで宝石のように輝き、見る者を圧倒する。車の上部には玉座スローンが設置されており、そこにドン・Ωが、傲然と座っている。
「さあ、祭りフェスタだ!」
 ドン・Ωのけたたましい声が、高性能スピーカーを通して、街全体に響き渡った。高らかに右手を掲げると、その指先に填められた指輪リングが不気味にきらめいた。
 プロップスを率いるドン・Ωは、漆黒の超最新鋭巨大パワードスーツを身に纏っていた。スーツの表面には、複雑な回路が刻まれており、不気味な赤い光を放っている。
 迎え撃つのは、極東科学防衛隊トーキオ・デフェンドソルダートイの精鋭部隊。
 彼らは、王墓を取り囲むように、バリケードを築き、重火器を構えている。
 部隊の先頭に立つのは、極東科学防衛隊トーキオ・デフェンドソルダートイの女、ジュラシック・マリア
 爬虫類レプティリアンの容姿に生体改造バイオハックされた彼女の顔は、戦闘用マスクで覆われている。巨大な機械腕で、三メートルを超える刀身の指向性重力刀グラヴィティカル・ダンピラである村雨をしっかりと握りしめ、静かに待ち構えていた。
「全隊、戦闘準備せよ!」
 ジュラシック・マリアの凛とした声が、兵士たちの間に響き渡る。
 極東科学防衛隊トーキオ・デフェンドソルダートイの防人たちは、それぞれ小銃を構えた。
 沈黙。緊張。
 二つの軍勢の距離が五十メートルを斬ったところで、プロップスの軍勢が、ついに攻撃を開始した。
 先陣を切った戦闘車両から、複数のミサイルが発射。
 ミサイルは、赤い軌跡を描いて、極東科学防衛隊トーキオ・デフェンドソルダートイの陣地へと向かっていく。
 ジュラシック・マリアは冷静に「村雨」を振り上げ、重力制御を作動させた。アタリが所持していた一刀とは規模が違う。
 ミサイルは突如としてベクトルを湾曲させ、シエルに向かっていく。
 そして。
 爆発音を伴う閃光が空に奔る。
 王墓を巡る戦争ドつきあいの幕が切って落とされた。
 先手必勝。
 ジュラシック・マリアが動く。
 巨大な機械腕と爬虫類の容姿を持つ生体改造兵士サイバネ・ソルジャー
 超巨大な指向性重力刀グラヴィティショナル・ダンピラ村雨が、彼女の意思に呼応するかのように、空気を切り裂き、轟轟と風を巻き起こす。
 プロップスの歩兵たちは、「村雨」の重力操作コントローロ・デ・グラヴィトによって、まるで紙切れのように宙に舞い上がり、その肉体を両断されていく。最新鋭の戦闘車両も、ジュラシック・マリアの一刀のもとに、いとも容易く両断され、炎上していく。
 彼女の動きは、人間業とは思えないほどに速く、正確だった。飛来する砲弾や銃弾は、村雨の重力操作コントローロ・デ・グラヴィトによって、軌道を逸らされ、あるいは、打ち返されていく。
 プロップスの圧倒的な物量をもってしても、ジュラシック・マリアの猛攻を止めることはできなかった。
「バケモンかよ」
 アタリは、息を呑んでその光景を見つめながら、呟いた。彼の額には、脂汗が滲み出ている。
 しかし、プロップスにとっては想定の範囲内であったようだ。
 ドン・Ωは穏やかな表情のまま、玉座スローンに深く座り、戦況を見守っている。
 プロップスは次々と新たな戦力を投入し、極東科学防衛隊トーキオ・デフェンドソルダートイを押し返していく。砲撃によって、王墓周辺のビル群は崩壊し、戦場は瓦礫の山と化していく。
 プロップスの五台目の戦闘車両が、村雨によって両断された直後、ドン・Ωが、ついに動き出した。
「フンッ! そろそろかねぃ、行くぞ防人どもが」
 玉座スローンから立ち上がったドン・Ωは跳躍ジャンプする。
 巨大なパワードスーツを纏っているとは思えないほどの俊敏さ。動作速度は、人間の動体視力では捉えきれないほどだった。
「あれ」阿修羅アスラが呟く。「やっぱ通常ナミのパワードスーツじゃないねえ」
 ドン・Ωの攻撃もまた、まるで嵐のようだった。
 極東科学防衛隊トーキオ・デフェンドソルダートイの精鋭兵士たちは、ドン・Ωのパンチやキックによって、まるで虫けらのように瓦礫まで吹き飛ばされ、壁で潰れ、地面に叩きつけられていく。
「ハァ! ジュラシック・マリア、僕ちゃんと勝負しようや!」
 極東科学防衛隊トーキオ・デフェンドソルダートイのヘリを叩き落したドン・Ωは、高らかに笑いながら、ジュラシック・マリアに向かって挑発的な言葉を投げかけた。
「いざ! 尋常に勝負!」
 ジュラシック・マリアは、ドン・Ωの挑戦を受けて立つ。
 彼女は、村雨を大きく振りかぶり、ドン・Ωに襲いかかった。
 二つの強大な影が、空中で交差した。
「僕ちゃんの理想の世界モンドを築く! YOUとは覚悟が違う!」
 ドン・Ωは、村雨の重力操作コントローロ・デ・グラヴィトを、パワードスーツの機能で中和しながら、ジュラシック・マリアの乱撃をかわしていく。
「王墓を汚す悪賊が! 貴様の理想など、この世の汚点クソでしかないわ!」
 ジュラシック・マリアは、ドン・Ωの言葉を嘲笑いながら、さらに激しい攻撃を仕掛ける。
「何も考えずに皇帝BBAに従う番犬イヌがよく吠える!」
 ドン・Ωは怒りを露わにし、斬撃をかわしてから、強烈なカウンターパンチを繰り出す。
 ジュラシック・マリアは、ドン・Ωの拳を村雨で受け止めた。
 二人の戦いは、まさに、神々の戦いだった。
 村雨が唸りを上げ、ドン・Ωのパワードスーツが火花を散らす。
 周囲の兵士たちは、そのあまりにも凄まじい攻防に、ただ息を呑んで見守ることしかできなかった。
 やがて、二人の攻撃が交差する。
 巨大な炸裂音。
 閃光。
 衝撃波。
 視界が晴れたとき、そこに立っていたのは、ジュラシック・マリアだった。彼女の村雨は、ドン・Ωの肉体をパワードスーツごと真っ二つに両断していた。
 しかし、次の瞬間、信じられない光景がアタリの目に飛び込んできた。
 両断されたドン・Ωの肉体が、驚異的な速度スピードで再生していく。まるで、時間を巻き戻したかのように、傷口が塞がり、瞬く間に元の姿へと戻っていく。
「な、なんだ!」
 アタリは、驚きを隠せない。
 ドン・Ωは、隙を突いて、ジュラシック・マリアの腹部に強烈な一撃パンチを叩き込んだ。
「ぬおおっ!」
 ジュラシック・マリアは、大きく吹き飛ばされ、王墓の壁面に激突してめり込んだ。
「ドン・Ω」阿修羅アスラが、呆然ポカンとした声で言った。「人間ヒトをやめている。超高速再生ナノマシンで肉体を置き換えたのね」
「急いだほうがいいな、阿修羅アスラ
 アタリは、舌打ちしながら、屋上の扉に向かって走り出した。
 阿修羅アスラは、アタリの背中に張り付いた。
「道案内は任せて、アタリ」
 阿修羅アスラの案内に従い、二人は、仏閣摩天大楼テンプーロ・ビルの内部へ戻る。
 長い廊下を抜け、複雑な階段を下り、薄暗い通路を進んでいく。やがて、彼らは、ビルの裏手にたどり着いた。
 裏庭の敷地には、巨大な桜の木が生えていた。
「ここから、王墓に入れるはずなんだよね」
 阿修羅アスラは、桜の木の根元を指差した。
 よく見ると、そこには、黒曜石で作られた、小さな扉が隠されていた。
「隠し通路の入り口、か」
 アタリは、扉に手をかけながら、呟いた。
「ああ、私が人間の頃、王墓の防人を務めていたことがあってね。その時に、この通路の存在を知ったんだよねえ」
 アタリは、力を入れて扉を開けた。
 扉の向こうには、狭くて暗い通路が続いていた。
 アタリは、躊躇することなく、通路へと足を踏み入れた。
 通路は、緩やかに下へと傾斜しており、二人は、暗闇の中を慎重に進んでいく。ひんやりとした空気が、アタリの肌を刺す。
 やがて、通路は広い空間に繋がった。
 王墓の内部。
 天井からは、柔らかな黄金色の霓虹線ネオンラインが流れ落ち、薄明かりを灯している。しかし、その光は、廊下の奥へと進むにつれて、弱々しくなっていく。
「くそ、電子脳ブレインが、ひりつくねえ」
 阿修羅アスラが、苦しそうに言った。
「どうした?」
「この霓虹線ネオンライン、何らかの特殊な電磁波を発しているみたいでね。私の電子回路に、悪影響を与えているみたいだな」
「さすがに生身じゃ危険か」
 アタリは疑似電子脳オルタ・ブレインを起動させた。疑似電子脳オルタ・ブレインは、外部からの電磁波攻撃から、彼の脳を保護してくれる。
 アタリは、再び歩き出した。
 王墓内部の警備は、意外なほどに薄かった。時折、防人が巡回している姿が見られるが、その数は少なく、警戒も甘かった。
 アタリは、廊下を歩いている防人を一人、背後から殴打して気絶させた。できるだけ戦闘を避け、トリが囚われている場所へと急ぎたかった。
 やがて、アタリは、小さな部屋の前にたどり着いた。
 扉には、複雑な電子ロックが取り付けられている。
「ここで情報収集させてもらうか」
「ええ。……ぐっ」
 突如、阿修羅アスラが、苦しそうな呻き声を上げた。
 同時に、アタリの頭部に、鋭い痛みが走った。
 誰かが、彼の脳を鋭利な刃物ドスで抉り出そうとしているかのような、耐え難い痛みだった。
「な、なんだ、これは……」アタリはよろめきながら、壁に手を突いた。
 意識が急速に薄れていった。
 視界がぼやけ、体が鉛のように重くなっていく。声が出せなくなり、息が詰まった。
 どうなっている。
 やがて、意識は暗闇の中に沈んでいった。

 アタリの意識はゆっくりと浮上してきた。
 瞼の裏に、眩い光が差し込んでいるのを感じた。
 目を開ける。
 なんだここは。
 見渡す限りの青い海が広がる、美しい砂浜だった。
 シエルは、雲ひとつなく晴れ渡り、燦燦と輝く太陽スーノが、白い砂浜を照らし出している。波の音だけが、静かに耳に響いてくる。
 アタリは、ビーチチェアに座っていた。体は、不思議なほどに軽く、まるで、重力から解放されたかのようだった。
 ここは現実空間じゃない。だが、精巧リアルすぎる。
「お、起きたかの?」
 隣から、嗄れた声が聞こえてきた。
 アタリは、視線を向けると、隣に老人ジジイが座っていた。
 白髪の老人で、ストロークスのバンドTシャツを着ていて、ニット帽を被っている。
 老人は、トロピカルなマンゴージュースをストローで飲みながら、アタリに微笑みかけている。
「ここは、どこだ?」
 アタリは、困惑しながら尋ねた。
仮想空間ニニフニじゃわい。ほいで、ワシが支配しておるんじゃ」
 老人はそう答えると、掌に、電子的残像を次々に生み出した。
 蛙、テレビ、犬、西洋人形ビスク・ドール拳銃チャカ。様々なオブジェクトが、老人の掌の上で、ホログラムのように浮かび上がり、消えていく。
「あんた、どっかで見たことあるぞ」
 アタリは、眉間に皺を寄せた。
「ひひ」
 老人は、アタリの言葉に、楽しそうに笑った。
「一丁前に知識はあるようで安心したぞい。ワシは、安寿帝アンジュテイじゃ。魔方東京ルービック・トーキョーパパとでも呼べばよいかの」
「安寿帝……?」
 アタリは、その名前に聞き覚えがあった。
 魔方東京ルービック・トーキョーの歴史ドキュメンタリ―番組で聞いたことがあった。
 初代皇帝カエサルにして、この超層電脳都市の創設者。
 百五十年前に老衰で死んだはずの男。
「あんた、百年以上前に死んでる」
 アタリは、信じられないという顔で言った。
「正解じゃ」
 安寿帝は、またしても楽しそうに笑った。
「ワシは、死んだ後、自分の意識マインドを電子化して、この王墓のメインフレームに保存したんじゃよ。言わば、ワシは、電子的な幽霊ガイストじゃ」
「電子的な幽霊ガイスト……」
「フフフ、ワシは、死んでからも、この魔方東京ルービック・トーキョーを見守り続けてきたんじゃよ」
「いったいどうなってんだ」
 穏やかな波音が響く仮想空間ニニフニのビーチ。
 燦燦と輝く太陽スーノの下、ストロークスのTシャツを着た白髪の老人ジジイはマンゴージュースを一口飲んだ。
「焦るな、小僧。ワシゃ、これから説明するからの」
 安寿帝は、ゆっくりと口を開いた。
「まず、お主をこの仮想空間ニニフニに引き込んだ方法じゃ。……素体に搭載されておる神速計算演算ゴッドスピードコアの力を使った。クロウとかいう女の精神アニムス支配ジャックしたのもそれじゃ。お主もその力を知ったじゃろう」
「お前らだったのか」
 アタリは、低い声で言った。
「やったのは、ワシではないがの……。クロウの身体はここにある、意識は失っておるみたいじゃ」
「じゃあトリもここにいるのか?」
「ああ、すでに奴らが回収は済ませておる」
 アタリは安寿帝を睨む。
「で、あんたたちは何を企んでいるんだ?」
「急ぐのう、小僧。……単身ピンで王墓に乗り込むアホは嫌いじゃないの。よし、ワシの計画を話してやろう」
 安寿帝は、そう言って、椅子から立ち上がり、ビーチを歩き始めた。アタリも、仕方なく、彼の後を追った。
「すべての計画を組んだのは、ワシである。ワシはこの電脳都市サイバーシティを築き上げたが、同時に、人間サルの寿命の短さを痛感した」
 安寿帝は、遠くを見つめた。
「ワシは、もっと長く、この街を見守りたかった。いや、永遠トコシエに生き続けたいと願ったんじゃ」
「永遠に……」
「ああ、未来永劫エターニティじゃ」
 安寿帝は、アタリの方を振り向く。
「そして、ワシは、その方法を見つけた。その鍵は、大災厄ビッグ・パーティだった」
「何を言っているんだ……」
 一五〇年前、世界モンドを崩壊に導いた厄災。
「当時、北米大陸に端緒アルファと呼ばれる巨大な隕石メテオーロが落下した。落下の衝撃はすさまじくワシントンDCやニューヨークを無残に破壊したのじゃがのう」
「それがなんだ」
「復興後にワシの命令で、その隕石メテオーロを東京に回収して解析した結果のう、未知の物質が発見された」
「なんだってんだ、それが」
「ある種の計算機構だった。地球人類の想像をはるかに超えた技術が用いられておった。……そしてワシらはある結論に達した。どうやら端緒アルファ隕石メテオーロではなく、宇宙船コスモシポであるとな」
「何を言ってやがる」
 安寿帝は微笑んだ。
「信じられまい。運が悪かった、とでもいうべきか。端緒アルファの軌道上にたまたま地球があり、衝突ごっつんこしてしまった。まあ、それはよいとしても、ワシらは計算機構の解析を進め、生体と融合させることで稼働するあるものを生み出した」
「……神速計算演算ゴッドスピードコアか」
 異星から来た計算機構。
「うむ、生み出した数は九つ。しかし当時それを使いこなす生命製造技術力はなかったのでな。時間をかけることにした」
「……素体の話か」
 安寿帝は燦燦と輝く太陽スーノを見上げた。
「生体構造の開発には半世紀がかかったのも事実じゃのう」
「それだけじゃないのか」
 安寿帝は小さく頷く。
「素体は生命であるがゆえ、不安定な部分がある。この王墓には、ワシを含め、過去の皇帝たちの電子幽霊ガイストが保存されておる。ワシらは、長年、素体に移植した神速計算演算ゴッドスピードコアを正常稼働させる巨大エンジンを開発してきた。その名を、『感謝ダンケ』と呼ぶ」
感謝ダンケ……」
「長い時間はかかったがの。一年前に、白縫帝ハク・ヌ・テイがようやく完成させおったわ」
「それで、何をするつもりだったんだ? 永遠の命とやらに使うつもりだったか」
不老不死アンモータルの肉体は製造不能じゃったわ。代替案はすぐに生まれた」
 アタリは、安寿帝の言葉に、嫌な予感がした。
「代替案ってなんだよ」
「素体をすべて集め、感謝ダンケを稼働させ、すべての人民パンピーの脳を支配ジャックする。そして、ワシらは復活ザオリクするつもりだったんじゃ」
復活ザオリク?」
「ああ、魔方東京ルービック・トーキョーの全市民を、ワシら皇帝たちの人格を移す器として使うつもりだったんじゃ」
 アタリは顔を顰めた。
「全員、お前らになるのか」
 もし皇帝たちの計画が実現していたら、魔方東京ルービック・トーキョーの市民全員が、皇帝たちの操り人形と化していたのだ。
「ああ、そうじゃ。それが永遠のタマを手に入れる方法だった」
 安寿帝の眼には狂気に満ちていたが、すぐに色を失っていった。
「ワシらの計画は、完璧パーフェクトだったはずなんじゃがのう」
 安寿帝は、深い溜息を吐いた。仮想空間ニニフニのビーチに、穏やかな波の音が響く。しかし、二人の間には、重い沈黙が漂っていた。
「……何を失敗したんだ?」
「ふたつある」
「二つ?」
「ひひ、一つ目は白縫帝ハク・ヌ・テイじゃのう。……素体を見たか?」
「ああ。あいつの克隆クローンらしいな」
 安寿帝はため息を吐いた。「元々は、歴代皇帝たちの克隆クローンとして素体をすべて製造して、神速計算演算ゴッドスピードコアを脳内に移植する算段じゃった。が、白縫帝ハク・ヌ・テイは自分だけの克隆クローンを生み出した」
「あいつに手のひらを返されたのか?」
「そうじゃ。あいつはワシの計画を利用しつつワシを排除し、自分だけ永遠のタマを得ようとした」
 一つ目の誤算ミス
「で、二つ目はなんだ」
「二つ目はもちろんドン・Ωじゃ」
 安寿帝は、苦々しい表情で答えた。
「ドン・Ωは圧倒的な経済力を以て、素体のことも感謝ダンケのことも調べ抜いておった。白縫帝ハク・ヌ・テイも奴の襲撃カチコミには、さぞかし驚いたじゃろう。今頃は、さぞかし狂乱しておるわ」
 安寿帝は遠い目をした。
「奴はなにをするつもりだ?」
 安寿帝は首を横に振った。
「知らん。だが、ろくでもないことは間違いない。奴は、ワシら以上に野心的な男じゃからのう」
「トリに会わせろ」
 アタリは、強い口調で言った。
「トリは無事だと言っただろう。今は話を聞け。…‥‥一時間以内に、ドン・Ωは王墓を制圧するじゃろう」
「そうなれば、感謝ダンケは、奴の手に落ちる」アタリは安寿帝をふたたび睨む。「ほかの素体は知らねえけど、トリは助け出すぞ」
「やめておけ、まだ機会ではない。検体の周囲には、プロップスどもが待ち構えておることになろう。ハチの巣にされて、終いじゃ」
「まだ?」
「どうせワシらももう少しで消去され、虚無に帰る。……しかしただでは死にたくないのでなあ。お前に力を貸してやろう」
「どうすればいい?」
 アタリは、食い下がるように尋ねた。
「焦るでない。今じゃないと言ったろう。時が来れば、わかる」
「なんだと、今じゃない?」
 安寿帝が微笑む。
「左様。……さて、そろそろ時間じゃの。さらばじゃ、アタリ」
 その瞬間、安寿帝の電子幽霊ガイストは、光の中に溶けていった。まるで、最初からそこに存在しなかったかのように。
 アタリの意識は、再び闇の中に沈んでいった。

 意識が覚醒する。
 重力に縛り付けられた感覚。ざらついたコンクリートの感触。遠くから響く爆発音と、金属が軋む不快なノイズ。
 アタリは、ゆっくりと目を開けた。
 薄暗く埃っぽい部屋。
 王墓から二百メートルほど離れた、雑居ビルの中階層の一室だった。
「あ、目を覚ました。驚いたのよ、いきなり寝ちゃうから」
 傍らには、小さな機蟲バグの姿をした阿修羅アスラがいた。
「どうやって、ここに……」
 アタリはまだ頭がぼんやりとしていて、状況を把握しきれていなかった。
気合ワッショイで運んできたのよ! もう!」
 阿修羅アスラは、小さなスピーカーから、甲高い声を発した。
「そうなのか」
「アンタが突然倒れちゃって、さあ大変ヤバス。あのままじゃ、プロップスに見つかるのは時間の問題だったから、必死でここまで運んできたのよ」
「そうか……」
 アタリは、ゆっくりと起き上がりながら、周囲を見回した。
「王墓はどうなった?」
「そりゃあ、もちろん、ドン・Ωに占拠されちゃったわよ」
 阿修羅アスラは、ため息をつきながら、答えた。
 安寿帝の言うとおりだった。どうやら夢ではない。
「ドン・Ωは極東科学防衛隊トーキオ・デフェンドソルダートイを壊滅させて、王墓を完全に制圧した。ジュラシック・マリアも、やられちゃったみたい。はー、無駄足だったのかしら」
 アタリは顔を上げた。
「そうでもないかもしれない……」
「どういう意味、アタリ」
 アタリは呼吸を整えてから、安楽帝との会話を説明した。
 阿修羅アスラは難しい顔をしていた。
「……やっぱ、ろくでもない話だったのねェ」
「お前の言うとおりだ。自己中のクソ野郎ばっかだ」
「あーいやになっちゃう……」
 その時だった。
 巨大な影が、轟音と共に、窓ガラスを割りながら部屋の中に飛び込んできた。
 飛び込んできたのは、巨大な機械腕を持つ、爬虫類顔の女だった。
 ジュラシック・マリア
 極東科学防衛隊トーキオ・デフェンドソルダートイ最強ヨロシクの女。しかし、その姿は悲惨だった。
 全身傷だらけで、黒曜石の破片が体に突き刺さり、血が流れ出ている。
 彼女のトレードマークである巨大な機械腕は、根元から破壊され、無残にも垂れ下がっていた。それでも、彼女は三メートルを超える刀身の超巨大な指向性重力刀グラヴィティショナル・ダンピラ村雨を背中に背負い、静寂を保ちながら立っていた。
 まるで感情というプログラムが消去されたかのように、虚ろな瞳で、アタリと阿修羅アスラを見つめている。
「な、なによ!」
 阿修羅アスラは、機蟲バグの体を震わせながら叫んだ。
 アタリは反射的に身構えた。
 ジュラシック・マリアの次の行動を警戒する。
 敵か味方か。判断がつかない。
 しかし、ジュラシック・マリアは、攻撃してくる様子を見せなかった。彼女は、ただ静かにアタリに近づくと、嗄れた声を発した。
「こやつはもう死ぬでのう。若造、これを持っていくがよい」
 ジュラシック・マリアは、背負っていた村雨を下ろし、アタリに差し出した。
「死ぬ? 誰が死ぬんだ?」
 アタリは、警戒を解くことなく尋ねた。
「ひひ、気づかぬか、アタリ。ワシじゃよ」
「……お前、安寿帝か」アタリは目を見開く。
「正解だのう。ワシがジュラシック・マリア脳髄ブレインを乗っ取ったんじゃ。しかしこの体はもう限界ギリでの。ワシの支配も長くは持たんのぅ。というわけで時間がない。この村雨をお主に託す」
「くそ、どうしろって……」
 アタリが困惑し顔を歪めると同時だった。
 ビル全体が大きく揺れ、轟音が響き渡った。
 床が傾き、壁に亀裂が走る。
「な、なんだ!」
 阿修羅アスラは、絶句した。
「地震か?」
 アタリは、バランスを崩さないように、壁に手を突いた。
「時間が来たの。すべての素体が揃い、ドン・Ωが感謝ダンケを起動させたに違いない……」
 苦しそうな声で告げると、ジュラシック・マリアは地面に崩れた。
「おい、じじい!」アタリは声を投げたが、もう反応はしなかった。
 ビルはさらに激しく揺れ、壁に走っていた亀裂は、音を立てて広がっていく。
 天井からは、コンクリートの破片が崩れ落ち、床は大きく傾き始めた。
「こりゃ、やばい!」
 阿修羅アスラは、悲鳴のような声を上げた。
「あーもう、わけわかんねえ! 行くぞ!」アタリは村雨を背負って引きずる。「つーか、クソヘヴいんだよ! これ!」
 ふたりは部屋から飛び出した。崩れ落ちる廊下を駆け抜け、階段を飛び降り、崩壊寸前のビルから脱出する。
 外に出ると、まさに地獄絵図だった。
 魔方東京ルービック・トーキョー全域を襲う、未曾有の大地震。
 高層ビル群が、まるでドミノ倒しのように崩れ落ち、道路は、巨大な亀裂によって寸断されている。シエルからは、ビルディングの破片や霓虹ネオンが雨のように降り注ぎ、街全体が、轟音と悲鳴に包まれている。
「アタリ、あっち!」
 阿修羅アスラが、アタリの足元で叫んだ。
 村雨を背中に担ぎなおす。あり得ないほどの重量。
「ああ、クソ。阿修羅アスラ、背中に乗れ」
「はいよ!」
 アタリは阿修羅アスラの指示に従い、ウェッブロープを駆使して、ビルとビルの間を縫うように移動していく。
 瓦礫の山を飛び越え、崩れ落ちる橋を駆け抜け、迫りくる崩壊から逃れていく。
 街全体に、けたたましいサイレンが鳴り響き、警告音が響き渡る。
「愚民どもよ! よく聞け!」
 地を揺るがすような、轟轟たる声が響いた。
 魔方東京ルービック・トーキョー全域に響き渡った。
 ドン・Ωの声だ。
 スウィングしながら見上げると、禍々しいまでの光を放つ、巨大なドン・Ωの姿が浮かび上がっていた。三次元ホログラムによって投影された彼の姿が街のいたるところに現れ、人々を見下ろしていた。その目は、燃え盛る炎のように赤く輝き、狂気に染まっていた。
今日こそがその日だトゥデイ・イズ・ザ・Xデイ! 今まで、YOUたちは、あの老帝に騙されてきた! あの白狐のBBAは、YOUたちを家畜同然に扱ってきたのだ!」
 ドン・Ωの姿は消え、白縫帝ハク・ヌ・テイ死骸ホトケの映像に切り替わった。
 喉元を引き裂かれ虚空を見つめている老婆。
 かつての威厳は微塵も感じられない。
「そして、あの腰巾着のガガ! あの女も、皇帝の犬としてお前たちを欺き、支配してきた! だが、見てみろ! これが、皇帝に仕える者の末路ラストだ!」
 今度は、ガガの死骸の映像が映し出される。身体中をハチの巣にされ、無残な姿だった。
 再び、ドン・Ω。
「僕ちゃんは、YOUたちを解放する! だが、勘違いするな! 自由とは、無秩序ではない! 真の自由とは、強者による支配の下にこそ実現されるのだ!」
「何を言ってんのよ」背中の阿修羅アスラがぼやく。
「東京こそ、最強バリヤバの街! 世界モンドに冠たる超都市グレート! そして僕ちゃんは、東京を世界最強の破壊兵器ロボへと変貌させる! そして、世界モンドに、真の秩序をもたらすのだ!」
「ロボだと? こいつは何を言ってんだ……」アタリも呟いた。
 空中に、魔方東京ルービック・トーキョーの巨大な立体映像ホロが映し出される。
更上一層楼百錬成鋼ハーダー・ベター・ファスター・ストロンガー! 僕ちゃんはこれより27の区画を、再構成することを宣言する! 区画A5ダイバ頭脳セレブロとし、超巨大な人型兵器ガルガンチュアへと変貌トランスフォム」させるのだ!」
 立体映像が変化する。
 区画が移動し、変形し、組み合わさり、巨大な人型のシルエットを形成していく。区画B5オンドコロの王墓が、その心臓部となっていた。
 これがドン・Ωの目的。
 不老不死よりもタチが悪いことは間違いない。
 狂気の演説プレゼンは続く。
「王墓は心臓、ダイバは頭脳、他の区画は手足や胴体となる! 東京は、最強の兵器として生まれ変わるのだ! もちろん、この変形メタモルフォーゼによって、多くの犠牲者が出るだろう。だが、それは、真の自由を勝ち取るための、必要な犠牲だ! 僕ちゃんを許してほしい!」
 ドン・Ωの言葉は、偽善的な哀れみを装いながら、冷酷なまでの決意を表明する。
「完成の暁には地下に潜む地下呪民モーロックどもを真っ先に掃除してやる! 大いなる力によって、踏みつぶしてやろう!」
「馬鹿の極みじゃないの!」
 阿修羅アスラは、アタリの背中で叫んだ。村雨が重い。
「あの天上天下唯我独尊かまってちゃんを止めないと、この街は、本当に滅んでしまう……」
「アタリ、危ない!」
 阿修羅アスラが、アタリの背中で叫んだ。
 眼前に、巨大な電波塔が、ゆっくりと傾きながら、崩れ落ちようとしていた。電波塔の頂上には、巨大なパラボラアンテナが設置されており、それが、まるで巨大な鎌のように、アタリたちに向かって迫ってくる。
「クソッ!」
 アタリは電波塔の崩壊を回避しようとした。しかし、電波塔の崩壊速度は、想像以上に速く、すでに、逃げ道は塞がれていた。
「ちくしょう! こんな場所で」
 アタリは、最後の手段として、万能腕輪バングル・デヴァイスからウェッブロープを発射した。ロープの先端が、近くのビルディングの壁に命中する。
 しかし、次の瞬間。
 ウェッブロープが、途中で切れてしまったのだ。
 村雨が重すぎる。
「くそっ! 糸切れかよ!」
 アタリは、絶望的な叫び声を上げた。
「きゃあああ! 死ぬぅ!」
 阿修羅アスラも、恐怖のあまり、悲鳴を上げた。
 電波塔は轟音と共に、地面に激突した。巨大な衝撃波が周囲に広がり、アタリたちを吹き飛ばした。
「うわああああ!」
 アタリたちはバランスを崩し、落下していく。
 もはや、これまでか……
 アタリは、目を閉じて死を覚悟した。
 その時だった。
「!」
 アタリの腕を、誰かが掴んだ。強い力で落下するのを止める。
 目を開けると、そこには、黒い影が浮かんでいた。
「お前は?」
 アタリは、驚きのあまり、声を失った。
 それは、クロウだった。
 黒ずくめの服装で、顔にはペストマスクを装着している。彼女は、無言でアタリを見つめると、彼をしっかりと抱え込み、シエルへと舞い上がった。
「あんた、元に戻ったの!」
 阿修羅アスラが、クロウに向かって叫んだ。
「……ふん。そのデカイ刀、重すぎる。捨てられんのか」
 アタリは違和感を覚えた。
 クロウの呼吸が浅い。
「……あんた、大丈夫か?」
「ああ」クロウは呟く。「……ガキが気にすることじゃないよ。……う」
 クロウは何度か咳き込んだ。
「ねえ、クロウ阿修羅アスラが呟く。「マジで大丈夫なの?」
「……大丈夫と言っている」
 三人は宵闇へと消えていった。


第六章


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