生成AIで8割くらい作ったSFサイバーバイオパンクラノベ(6)
第六章
驚天動地の大変貌。
地平線の彼方、魔方東京と呼ばれた都市が、異様な蠢動を見せていた。
蒼空の下、27の区画が巨大なパズルのピースのように、互いに軋み、衝突し、組み合わさりながら、禍々しいシルエットを形成していく。液体混凝土がまるで溶ける蝋のように歪み、道路がうねり、霓虹が明滅する。
区画B2は、巨大な頭部へと変貌し、無数のアンテナが、まるで触角のように空に向かって伸びていた。
区画B5の王墓は、心臓部として、不気味な赤い妖光を脈打つように放っている。他の区画は、巨大な手足や胴体となり、超巨大な人型へと変形していく。
建築物という概念を超越した、異形の怪物。ドン・Ωの狂気が具現化した、破壊の化身。
アタリは荒野に立ち尽くし、その光景を見つめていた。
機蟲の姿をした阿修羅は鴉の脇にいた。
鴉は荒れ野に横たわっていた。
払暁の薄明かりの中、彼女の黒い姿は、まるで大地に溶け込む影のようだった。二人と村雨を安全地帯まで運ぶと、力尽きてしまった。
「鴉、しっかりしろってば」
阿修羅は、機蟲の体を震わせながら、鴉に呼びかけた。声は悲痛な響きを含んでいた。
アタリは、無言で鴉を見下ろす。彼女の呼吸は、浅く、速かった。
鴉は、皇帝たちの電子悪霊による脳髄支配を受けた結果、急速にその生命力を失いつつあった。
「どうしようもねえ」アタリは、首を横に振った。
「まだ、何か手があるはず」
阿修羅は今までにないほど、焦った声を発した。
鴉は、薄く目を開けた。彼女の視線は、すでに定まっておらず、空虚な闇を見つめているようだった。
「ワタシは、死ぬ……」鴉は、かすれた声を発した。「ドン・Ω。奴は戦闘兵器が完成したら、地下呪民を殺すと言っていたろ……」
「ああ、言ってたけどなんだってのよ」
「ワタシの両親は、地下呪民なんだ。ああ、地下なんてもう捨てた場所のはずなのにね……」鴉は、自嘲するように笑った。「あの独裁者は、ワタシたちを、虫けらのように殺すつもりだ……」
鴉は苦しそうに咳き込んで吐血した。
「頼む、彼らを助けてくれ……」
次の刹那、彼女の目は、すでに光を失い、深い闇に閉ざされていた。
鴉は静かに息を引き取った。
「そんな」阿修羅が鴉の胸元に上り、嗚咽を漏らした。
と、同時だった。
遠くから、鈍い地響きが聞こえてきた。
「今度はなんだ」アタリが呟く。
荒れ野の向こうから、一台のトラックが、轟音を立てて近づいてきた。
トラックは、彼らの前で急停車する。
荷台から、巨大な影が飛び降りてきた。
「我、勇気の力で復活なり!」
勇気爆発だった。スカイツリーでの戦闘で受けたダメージは、完全に修復され、以前にも増して力強いオーラを放っていた。しかし、修復の結果だろうか、一回りほど小さくなっていた。
「はー。勇気の力とかカンケーないからね」
トラックの運転席から、Dが降りてきた。彼女はオーバーオール姿だった。
アタリはDを見つめた。
「勇気爆発はまだしも。……よくあの崩壊から逃げてこれたな」
Dは微笑んだ。
「まあね。嫌な予感はしてたしね。……勇気爆発さんの修理も終わったら、崩壊が始まる前にさっさと逃げちゃったから」
しかし、彼女の笑顔は、すぐに消えた。
鴉の亡骸に気づき、その場に立ち尽くした。
「鴉姉さん……なんで……」
Dは、駆け寄り、鴉の顔に触れた。しかし、鴉の体は、すでに冷たくなっていた。
「ううっ……」
Dは、声を上げて泣き崩れた。
勇気爆発も、苦しそうな呻き声を上げた。「鴉よ、やっと会えたというのに」
「……悪いが、D」アタリは腕を組んだ。「状況はどんな感じだ。最悪だってのは、わかってる」
「うん」Dは涙をぬぐう。「最悪は最悪だよ。都民の大部分は何とか脱出しているらしいの。C階層の人たちが真っ先に逃げたってさ」
「上位階層の奴らのほうがひどそうだな」
「地下呪民の頭領であるスージーも死亡したらしいって。地下層には逃げ遅れた人たちがいっぱいいるって」
この規模の崩壊だ。トップロープも死んだかもしれない。
アタリは、再び変形を続ける魔方東京に視線を向けた。
「で、あんなもん、どうすりゃいいんだ?」
Dは顔を顰めた。「逃げたほうが……」
阿修羅が甲高い声を発した。
「やだってば! ぶっ壊してやんないと、気が済まないね」
「応!」勇気爆発も同意する。「このままドン・Ωを許すことなどできぬわっ」
アタリは腕を組む。
「でも、どうやってだ? あんな巨大な兵器を……」
「あー、くそ。ぶっ殺してやりたいけど」
阿修羅は呟く。
「俺だって、トリを救わなきゃいけねえ。約束があるんだ」
その時だった。
Dが、静かに手を挙げた。
彼女はアタリや阿修羅、勇気爆発、そして村雨を見つめた。
「あの……もしかすると。……あの兵器を破壊する手なら、私が準備しちゃったかも」
アタリは、顔をしかめた。
「マジか。どんな手だ?」
高度七〇〇〇メートル。
太陽が燦燦と輝き、雲ひとつない青空が広がっている。眼下に広がるのは、超巨大な人型に変貌していく魔方東京だった。
摩天大楼群が折り重なり、道路がねじ曲がり、区画と区画が衝突し、融合していく。
自動空中輸送機は、その悪夢の上空を静かに飛行していた。
コックピットには、Dが座り、冷静な表情で操縦桿を握っている。彼女は、魔方東京からの脱出の際、エクリプス・コーポの空輸システムをハッキングし、この輸送機に自動操縦で自身を追跡するように仕向けていたのだ。
「準備はいいかなー、アタリくん?」
Dの声が、貨物室に設置されたスピーカーから聞こえてきた。
アタリは、貨物室に立ち尽くしていた。
頬に汗が垂れていく。
「ああ、俺はいつでも行ける。クソだりぃけどな」
アタリは、静かに答えた。
彼の背後には阿修羅が、機蟲の姿で張り付いていた。彼の四本の機械腕には、それぞれ高性能の拳銃が装備されている。
アタリの右腕には、Dが調整した勇気爆発が装着されていた。巨大にして性能抜群の機械掌。
そして、その巨大な掌が握りしめているのは、三メートルを超える刀身の指向性重力刀である村雨だった。安寿帝は、この事態を予測していたのだろうか。
足元には、愛用のスケートボードが固定されている。
「突貫工事にしちゃ、上出来だ、D」
「ええ、思ったより完璧だったよ。私の調整は、鶴立鶏群だからね。あとは、アタリくんが、あの化け物をぶっ壊してくれるだけ。私には鴉の敵が取れない……」
「ああ、任せといてくれ。トリを救うついでに、あの愚図をぶっ飛ばしてやるよ」
「……さあ、予定降下ポイントに到着した。作戦は、わかってるよね」
「ああクソ単純で、一発勝負」
「はー」阿修羅が、不安そうに呟いた。「アタリ、うまくいったらアンタの体貸してね」
「ふん。考えとくよ」
貨物室の鋼鉄のハッチが、ゆっくりと開いていく。
轟轟と吹き荒れる風が、貨物室に流れ込んできた。
眼下に広がるのは、混沌とした光景。
アタリは、深呼吸をする。
そして、輸送機からドロップした。
風を切る音。
アタリは、急降下しながら、眼下の混沌を見つめていた。
巨大な人型へと変形しつつある魔方東京。その頭部である区画A5が、徐々にアタリに向かって迫ってくる。
「あー、東京防衛システムの砲台が正常に稼働してんじゃないの!」
背中に憑依した阿修羅が警告を発した。
言葉通り。
区画A5の各所から砲口が姿を現し、一斉に砲撃を開始。轟音と共に、光弾がアタリに向かって放たれる。
「ああ、だりぃなァ!」
アタリは、右腕に装着した勇気爆発で、村雨を振りかぶった。重力制御を最大限に高めた刀。空気を切り裂き、空間を曲げ、飛来する光弾を次々と斬り飛ばしていく。
爆発の閃光が、空気を震わせ、黒煙が舞い上がった。
アタリは、怯むことなく、区画A5に向かって降下を続ける。
「まだ終わんないよ! ヒャハァ」
と、区画A5の摩天大楼群から、複数の飛行体が出現した。
プロップスの空駆兵たちだ。
彼らはジェットパックを背負い、高速でアタリに襲いかかってくる。その顔は、狂信的な笑みを浮かべており、死を恐れる様子は微塵もなかった。
「こいつら、笑ってやがるぞ!」
「洗脳されているってば! ドン・Ω! ますます気に入らないね!」
ドン・Ωの洗脳によって、彼らは、忠実な殺人兵器と化している。
「雑魚は任せな、アタリちゃん」
阿修羅は四本の機械腕を稼働。各腕が自動小銃の銃口を向け、空駆兵たちに射撃を開始する。
正確無比な射撃によって、空駆兵たちのジェットパックが次々と撃ち抜かれ、彼らは笑みを浮かべたまま地上へと落下していく。
その時だった。
「なんだ! YOUたちは!」
空気を震わせるような、激怒の声が響き渡った。
ドン・Ω。
「うっせえんだよ、馬鹿社長が!」
アタリは叫び返す。
「ドン・Ω! 我らがお前を成敗してくれよう」勇気爆発が咆哮。「勇気の力、今一つに!」
「僕ちゃんを裏切ったかァ! 阿修羅! 勇気爆発!」
阿修羅が不敵に答える。
「あんたのやり方、気に入らないんでねえ!」
「廃棄物が集まって何を言う! 僕ちゃんの邪魔をする奴には、死を!」。
魔方東京の各所から、ミサイルがさらに飛んできた。
アタリはスケートボードで空気抵抗を調整し、右へ左へ動き相手を翻弄する。
「アタリ、攻撃量が増えたってば!」
阿修羅が、アタリの背中で叫んだ。
「問題ねえって!」
アタリは村雨を自在に操り、飛来する攻撃を次々と迎撃していく。
背中の阿修羅も、四本の機械腕を駆使し、正確無比な射撃で敵を撃ち落としていく。
その時だった。
「我、勇敢な分析を完了したぞ!」
右腕に装着された勇気爆発が、熱のこもった声で告げる。
「なんだ、オッサン」
アタリは、勇気爆発に尋ねた。
「王墓の中心部に、ありえないほどの高エネルギー反応と情報処理量が集中しているのを確認した! ドン・Ωは、王墓の中心部に陣取っているに違いないぞ!」
「やっぱ、そこにいるか。行くぞ、阿修羅!」
「了解!」
「やらせるかよ! YOUたちには死を死を死をァ!」
再び、ドン・Ωの狂声。
魔方東京の巨大な右腕が、ゆっくりと動き始めた。元々、区画B2の部分だ。
「げげ! ガチなの!」
阿修羅は悲鳴を上げた。
アタリは、深呼吸をした。
落ち着け、アタリ。
魔方東京の人化はまだ完成はしていない。
叩くなら今だ。
自分に言い聞かせる。お前ならできる。
息を吸ってから、大声を張り上げた。
「トリ、聞こえるかああ!」
眼前に迫る、魔方東京の超巨大な拳。
高層ビルや道路の塊。圧倒的な質量。
巨拳が、轟轟と風を巻き起こしながら、下から突き上げてくる。風圧で空駆兵たちが舞っていく。
アタリは構わない。恐れはない。
「トリ! お前との約束を果たさせろ!」
再び、アタリは叫んだ。
アタリは、右腕の巨大な掌型ロボットで、村雨を握りしめた。
その時だった。
「やばっ!」
背中にいる阿修羅の悲鳴。
「阿修羅!」
振り返る間もなく、背中に張り付いていた阿修羅が、弾き飛ばされるのがわかった。
四本の機械腕のうち二本が、根元から撃ち抜かれ火花を散らしていた。
「あとは任せたってば、アタリ!」
阿修羅の声が、悲痛な響きと共に風にかき消されていく。
しかし、今は阿修羅を助けに戻っている時間はない。
多くの命が失われた。
狗蜂、鴉、そして弾丸坊主。
この騒乱に巻き込まれ散っていった。
やるべきことがある。それによりすべてを終わらせる。
覚悟を決めているアタリはトリに向かって、心の底から叫んだ。
「お前を、お前が望む場所まで運ぶのが、俺の役目だ!」
その時だった。
「……アタリ……」
微かな声が、アタリの耳に響いてきた。
トリの声だった。
「今からいくぞ、トリ!」
アタリは吠え、村雨を高く掲げた。
いよいよ。
ドン・Ωが操る魔方東京の巨大な拳が、アタリに迫る。
スケートボードの上で姿勢を整えたアタリは、全身の力を込めて、村雨を振り下ろす。
巨大な刀身が魔方東京の拳と激突。
凄まじい衝撃波が、周囲に広がった。
「うおら!」
アタリは、咆哮と共に村雨を拳の表面に突き立てた。
村雨の刀身が、まずは黒曜石でできた摩天大楼を切り裂く。
轟轟と地響きが轟き、火花が飛び散る。
アタリは衝撃に耐えながら、スケートボードに乗り、拳の上を高速で滑走していく。ウィールは加速。
「うおおおおおお!」
アタリは、唸り声を上げながら、村雨で巨大な鉄拳の表面を切り裂いていく。
切れ口からは、黒煙が噴き出し、内部に張り巡らされたコードやパイプが、まるで血管のように露わになる。
「これこそ、勇気! いや、真の人間の力!」
勇気爆発は、アタリの右腕から感嘆の声を上げた。
「うぉおおおおおおお!」
アタリは、慟哭にも似た叫び声を上げながら突き進む。
スケートボードの車輪が、火花を散らしながら、右腕の上を疾走する。アタリは、その速度を落とすことなく、胴体に到達。
摩天大楼に道路、広告版、支柱に排管。
幾枚もの物理的障害をぶち抜き、アタリは魔方東京の心臓部、王墓へと到達した。
黒曜石でできた巨大なピラミッド。
「止まれ、この運び屋風情が!」
ドン・Ωの怒号が、空気を震わせた。
「ドン・Ω、てめえにゃ用はねえ!」
アタリは叫びながら、王墓の壁に村雨を突き刺し、破壊する。
もう少し。
アタリは、超速のまま王墓の中心部へと向かって突貫。
「トリィィィィィ!!」
アタリの叫び声が、王墓内部にこだまする。
いよいよ最後の壁をぶち抜いた。
刹那だった。
村雨の刀身が音を立てて折れてしまった。
「よくもった!」
アタリは、村雨を投げ捨てた。
ついに、王墓の中心部へ。
そこは、巨大な円形の空間だった。
天井からは、不気味な赤い光が降り注ぎ、壁には、複雑な機械装置が設置されている。中央には、巨大な球体が浮かび上がっていた。
感謝だ。
周囲には、捕らえられた九体の検体——オルフェンス・シリーズ——たちがチューブに入れられ並んでいた。彼らは、皆、虚ろな目で一点を見つめている。
トリは中央のチューブに収まっていた。
それだけではない。感謝の上部には、何本もの管に接続された老人の肉体が吊るされていた。
白縫帝の遺体。素体のオリジナル。
感謝とオルフェンス・シリーズの安定的な接続のためにハブとして使われているのだ。
なんという哀れな最期。
「YOUが!」
アタリたちの前にドン・Ωが立ちふさがる。感謝の前に立ち、ナノマシンで構成された超最新鋭パワードアーマーを身に纏っていた。
「ボクちゃんこそが、世界を制する! なのに、YOUはなんだ! なんだってんだ!」
迎え撃つドン・Ωは、咆哮した。
「アタリよ! 勇気は十分か!」
右腕の勇気爆発が、指を折り拳の形態となる。
「準備万端だ! オッサン! だけどな、俺は怒ってんだよ!」
「それもよし! いくぞ、勇気炸裂の!」
アタリは、勇気爆発を振りかぶり、ドン・Ωに向かって突進した。
「必殺鉄拳だ、この野郎!」
最高潮に高まり、速度は限界を超えていた。
「受けて立つ!」迎え撃つドン・Ω。
二つの影が、心臓部の中心で交わった。
激突音と衝撃。
勝利したのは、ドン・Ω。
アタリの鉄拳はドン・Ωのパワードアーマーを抉っていたが、動きは止められていた。
勇気爆発の二つの指は潰滅してしまった。
「南無阿弥陀仏! YOUの負けだ!」
ドン・Ωは左腕でアタリたちを吹き飛ばした。
さらなる衝撃。
アタリたちは部品を飛ばしながら、地面に転がった。勇気爆発が腕から外れてしまった。
「くそが……」
うずくまるアタリは地面に吐血した。骨が折れたのか、全身に痛みが奔る。
「なぜ僕ちゃんに挑んだ、特攻野郎が! 勝てると思ったか、下郎! 所詮、YOUのようなゴミ屑は地面に転がっているのがお似合いなんだよ」
「はっ」アタリは莞爾。「俺みたいな運び屋が、お前に勝てるだなんて万が一にも思っちゃいねえよ、山猿」
「なに?」
「お前は勘違いしてんだよ、すべてのことで」
「何を言っている、クソが」
アタリはドン・Ωを真っすぐ見据えた。
「俺の仕事はよ、運び屋なんだよ。つまり届けるのが仕事だ」
「な……。なにを!」
「いい加減気づけよ。俺は運んだんだよ、ここに」
アタリの言葉を聞き、ドン・Ωの顔色が青ざめていった。
「しまった!」
ドン・Ωが振り向く。
だが。
時すでに遅し。
「あー、やっと肉体を手に入れたってのに、こんな老体じゃあ残念」
広間に響く阿修羅の声。
それを発していたのは、感謝の上に接続された白縫帝の遺体だった。
「貴様ァ!」ドン・Ωが吠えた。
しかし。
次の刹那。ドン・Ωのパワードアーマーが強制解除した。
「な!」
アタリは立ち上がった。
「……お前の負けだ、ドン・Ω」
「うるせえ、餓鬼が」
「感謝に接続したのが運の尽きだったな。こっちが白縫帝の遺体さえ手に入れりゃあ、お前は丸裸も同然」
ドン・Ωの肉体は、ナノマシンによる超高速再生能力を失い、急速に崩壊していく。人工皮膚が剥がれ落ち、血と肉が飛び散る。
「はー」阿修羅がぼやく。「これって愉悦極楽すぎて、つまんないかも」
血反吐を吐いたドン・Ωは膝から崩れ落ちた。
「ボ、ボクちゃんこそが、世界を制するはずだったのに……ううっ……」
ドン・Ωの目は、光を失い、虚ろな闇を見つめていた。
終わった。
しかし、アタリは、勝利に浸っている暇はなかった。
「トリ!」
アタリは素体が入ったチューブに駆け寄りながら叫んだ。
チューブは、透明な強化ガラスでできており、その中には、捕らえられた素体たちが、まるで標本のように並べられていた。
アタリはトリが入ったチューブの前に立ち表面を掌で叩いた。
「おい、起きろ」
反応はない。
「トリ! おい、助けに来たんだぞ」
「ううむ」阿修羅が呟く。「手遅れだったのかしら……」
アタリはあきらめない。
「そんなわけねえ! 俺に約束を果たさせろよ! トリ!」
その時だった。
トリが目を開く。
その瞳には、いつもの力強さが宿っていた。
「トリ……」
「名前呼びすぎ。うるせえんだよ、アタリ」
液体に入っているトリはチューブの強化ガラスを、自らの拳で叩き割った。ガラスの破片が、鋭利な刃物のように飛び散る。
彼女は、よろめきながら、チューブから這い出てきた。彼女の体は、弱々しく、歩くこともままならないようだった。
アタリは、トリの腕を掴んだ。
「大丈夫か、トリ!」
「アタリ……」トリは、かすれた声で、アタリの顔を見た。「なんか怪我しすぎじゃないの?」
「うるせえな。助けに来たんだよ」
「わーってんよ」
トリは、いつもの乱暴な口調で答えた。しかし、その声には、安堵と喜びが込められていた。
二人は、顔を見合わせて、笑い合った。
「ふざけんなあ!」
怒りに満ちた声が響いた。
ドン・Ωだった。
彼は全身から血を噴出しつつ、よろめきながら立ち上がっていた。
アタリは、ドン・Ωの姿を見て、呆れたように言った。
「まだ、生きてやがったのか」
「YYDSたる僕ちゃんが、こんなところで死ぬわけがない!」
ドン・Ωは、怒号を上げた。しかし彼の声は弱々しく、もはやかつての威圧感はなかった。
「YOUたち……絶対に許さない……」
その時だった。
トリがドン・Ωに向かって、右手を突き出した。
「さんざん、しやがってよ! このクソジジイ!」
トリの叫び声が、王墓内部に響き渡った。
と、ドン・Ωは、苦痛に顔を歪めた。
「ぐああああああ!!」
彼の体は、激しく痙攣し、急速に崩壊していく。ナノマシンによる再生能力も、もはや、限界を超えていた。
トリは神速計算処理能力で、ドン・Ωの弱体化した肉体を直接操作し、とどめを刺したのだ。
ドン・Ωは断末魔の叫びを上げながら、塵と化して消えていった。
「終わった……」
アタリは、呟いた。
「ああ、終わった」
トリも、静かに答えた。
「で」
アタリは、トリの顔を見た。
「なんだってんの」
トリは、アタリの視線に気づき、少しだけ顔を赤らめた。
「お前が行きたい場所は、決まったか?」
アタリは、真剣な表情で尋ねた。
トリは、静かに頷いた。
「うん」
彼女は、アタリの目を見つめながら、答えた。
「でも……」
トリは、言葉を詰まらせた。
彼女は、振り向くと、チューブに入れられたままの他の素体たちを見た。
「みんなも、一緒に連れていく」
トリは、静かに、しかし、強い決意を持って、そう言った。
「どこだ?」
アタリは、笑顔で尋ねた。
トリは、空を見上げた。
「私たちが幸せになれる場所って、いう感じ」
「そっか」
アタリも、トリの視線の先を見つめた。
「宇宙……か」
アタリは、つぶやくように言った。
トリは、静かに頷いた。
「ああ、私たち素体は、元々は、宇宙で生まれた存在なんだ。だから、帰るべき場所は、宇宙しかない」
アタリは、複雑な表情でトリを見つめた。
彼女は、少しだけ寂しそうな顔をした。
「なんだよ、辛気くせーな。もっと、明るく別れようぜ」
アタリは、いつものように、おどけた口調で言った。
「はっ、ここまでやったんだ。あたりめえだろが」
トリは、アタリの言葉に、つられて笑った。彼女は、アタリから少し距離を置くと、深呼吸をした。
「アタリ、ありがとう」
彼女は、アタリの目をまっすぐに見つめながら、言った。
「お前のおかげで、私は、自由になることができたんだ」
アタリは笑む。
「……もう二度とこんな依頼は受けねえさ」
「じゃあ、サヨナラ」
トリは、小さく呟いた。
その瞬間、トリの体が、光り始めた。
淡く、しかし、力強い光だった。彼女の銀色の髪が、輝き、紅い目が、まるで宝石のようにきらめく。他の素体たちの体も、トリの光に呼応するように、輝き始めた。
同時に、王墓全体が、再び激しく揺れ始めた。天井から、さらに多くの黒曜石の破片が崩れ落ち、壁の亀裂は、音を立てて広がっていく。
トリと他の素体たちの光は、さらに強さを増し、王墓全体を包み込んでいった。
感謝の巨大な球体も、激しく光り輝き、王墓の壁や天井が、まるで溶けるように変形し始めた。
「さあ、行きましょ」
アタリの傍らに来たのは、再び蟲の姿に戻った阿修羅だった。
「お前、体はいいのか」
「あんな老体、私の美意識が許さない」
アタリは微笑む。
「だろうな」
「さっさと勇気爆発を連れて脱出しましょ」
「ああ」
アタリは踵を返し、床に転がっている勇気爆発に向かった。
夕暮れ時の薄暗がりの中、巨大都市の残骸が、不気味なシルエットを大地に映し出していた。
見る影もなく崩壊し、瓦礫の山と化した区画群が、無残な姿をさらけ出していた。
丘の上には、四人の姿があった。
アタリ、D、阿修羅、そして勇気爆発。
彼らは、丘の上から、宇宙へ打ちあがった巨大な宇宙船を見つめていた。
黒曜石のピラミッドが変形したその船は、光を放ちながら、ゆっくりと上昇し、やがて、星空へと消えていった。
トリと他の素体たちは、宇宙へと旅立ったのだ。
「宇宙ってマジなの?」阿修羅は、機蟲の体で、アタリの肩に留まりながら、言った。「まー素体の能力を生かすには、地球じゃちょっと狭かったってことかな」
「俺は、俺の約束を果たしただけだって。あー、めんどかった」
「……我、勘違いしておったわ」
勇気爆発が、深く低い声で言った。
「何が?」
「ねー」阿修羅が、茶化すように言った。「アタリとトリちゃんって、相思相愛だと思ってたのに。命かけるとかさあ」
「えー、そうなんですかー」Dが、呑気な声で言った。
アタリは顔を顰めた。
「ちげーし。いや、途中までそういう展開かなと思ってたけどよ。……実際、俺ってそういうんじゃねえし。約束を果たすのが俺なの。あー、めんどい」
四人は笑い合った。
宇宙船が消えていった空には、星が輝き始めていた。
アタリは、新たな旅立ちの時を迎えていた。
「さ、どうすっかな、これから」
アタリは、微笑みながら、呟いた。
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