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生成AIで8割くらい作ったSFサイバーバイオパンクラノベ(4)

 第四章

 下水道通路は、暗く、湿っぽく、そして、鼻をつくような悪臭が漂っていた。頭上からは、鉄格子を伝って響く街の喧騒ワヤ。ネズミの鳴き声、水滴の落ちる音が、この澱んだ空気を震わせていた。壁には得体のしれない苔が生え、黒ずんだ水が細い筋となって流れている。
 アタリと弾丸坊主バレットモンクは、スケートボードの車輪が下水に濡れないように注意深く進んでいた。
「もうすぐカナ」
 弾丸坊主バレットモンクが、小声で言った。
 薄暗い通路の先に、人影が見えた。
 銀髪が、仄暗い光に反射している。
 トリだ。
「アタリ!」
 トリは、アタリを見つけるなり、駆け寄ってきた。その表情ツラは、安堵と、かすかな怒りが入り混じっていた。
「死んじまえ! 馬鹿オタンコナス! なんで連絡ねーのよ! ここ、最悪に臭いし!」
 トリは、アタリの胸を小突く。
「わりいな。こっちも色々あったんだってば」
 アタリは、苦笑しながら謝るが、微かに罪悪感もあった。
「で、誰?」
 トリは弾丸坊主バレットモンクを睨む。
「俺の師匠つーかの弾丸坊主バレットモンクだ」
 アタリは、弾丸坊主バレットモンクをトリに紹介した。
「よろしくダヨ。お嬢さん」
 弾丸坊主バレットモンクは慇懃に礼をした。
 トリは、弾丸坊主バレットモンクをじっと見つめると、小さく鼻を鳴らした。
「ふん。チビでハゲ」
「おいおい、失礼だろ」
 アタリは、トリの言葉に呆れたように言った。
「ところで、師匠マスター。なんで、あんな場所トコにいたんですか?」
 弾丸坊主バレットモンクは、懐から昆虫食バグバーグを取り出し、一口齧りながら話し始めた。
「ふむ。まずヤカラ襲撃カチコミを受けたのは、三日前でねェ」
「無事だったんですか?」
奇襲ブッコミだから、焦ったネ。何とか撃退したんだが、仕事の邪魔にしては力が入りすぎていタ。身の危険を感じて、地下に潜伏していたのヨ」
「地下に?」
「ああ。地下呪民モーロックに助けを求めタ。奴らとは付き合いがあってナ」
地下呪民モーロックと、そんなに仲がいいんですか?」
 アタリは、意外そうな顔をした。弾丸坊主バレットモンクは、ニヤリと笑った。
「ああ、ここ二年ほどネ。奴らはとっつきにくいケド、義理堅くて、人情に厚い奴らが多い。それに、情報収集能力は、魔方東京ルービック・トーキョーで随一だ。今の俺の情報網の半分は、奴らから得てるようなもんだ」
「へぇー」
「それで、地下に潜伏してたケドさ。イヨイヨ潜んでいた地下呪民モーロックの隠れ家まで襲撃カチコミされて、地上へ出てきた。……ソシタラ」弾丸坊主バレットモンクはアタリを睨む。「お前サンがヤバい仕事ヤマを受けちまったていう話を聞いてねェ」
「いつから追跡していたんすか?」
阿修羅アスラと戦闘していた辺りから、追跡オッカケしていたヨ」
「もっと早く助けてもらっても」
「ふむ。状況が分からなかったからネ。お前に接触して、エクリプス・コーポから目を付けられたくはない。とはいえ、驚いたヨ、まさか検体を連れて歩いているなんてネ」
 弾丸坊主バレットモンクは、いたずらっぽく笑った。
師匠マスター。検体のこと、知ってるんですか?」
 アタリは、重要な質問を投げかけた。
 弾丸坊主バレットモンクは、昆虫食バグバーグを食べる手を止め、真剣ガチ表情ツラになった。
「お前さんを助けたのは、それが大きいノヨ」
「いったいなんですか?」
「ヤツらの正式名称は、『オルフェンス・シリーズ』というノ。……全員が白縫帝ハク・ヌ・テイ克隆クローンなんだと」
「皇帝の克隆クローン……」
 アタリは、言葉を失った。
 トリを含めあの老婆のラボで見た少女たちが、皇帝の克隆クローンだったとは。
「ああ。全部で九体製造されたらしいノ。マー、それだけじゃない。……厄介なのは、それぞれが脳内に、神速情報処理ゴッド・スピードコアってヤツを埋め込まれとるコトだね」
神速情報処理ゴッド・スピードコア……?」
「あア。人間の脳髄セレブロの処理能力を、飛躍的かっとびに向上させる特殊めちゃイケなデバイスだとか。最新鋭の疑似電子脳オルタ・ブレインなんかカスみたいなレベルだと」
「検体たちはそんなもんを脳に入れて耐えるんですか」
 弾丸坊主バレットモンクは、懐から昆虫食バグバーグを取り出し、一口齧りながら、トリを見つめた。
 トリはむすっとしていた。
「そうそう、ただの克隆クローンではなイ。きっと奴らの製造にも、特殊な技術テクが使われているんダロ」
「トリは、N/3ナンバースリーって呼ばれていたとか。三体目ってことになるのか」
 トリは唸った。「私以外に、八体もいるのかー」
 アタリがトリを睨む。
「お前はそのことを覚えているのか?」
「全然」トリはため息を吐いた。
「噂ジャ、九体全員を集めると、強大な力が手に入るらしいヨ。それが何かは、地下呪民モーロックも知らんかった。どうせロクなことじゃない」
「でしょうね」
 アタリの脳裏に、キャサリンの顔が浮かんだ。あの老婆、そしてエクリプス・コーポは、一体、何を企んでいるというのだ?
「オルフェンス・シリーズは、元々、北米大陸のシャイアン・マウンテンって場所の岩壁内で、冷凍保存コールド・スリープされとったらしいノ。それが、一か月前に、東京へ輸送されてきたトカ」
「なんで、わざわざ東京へ?」
「それが、よくわかってネエ。輸送を担当したのは、極東科学防衛隊トーキオ・デフェンドソルダートイの防人だったらしいんダケド……エクリプス・コーポが、輸送部隊を襲撃カチコミした」
「エクリプス・コーポが……?」
「ああ。奴らは、オルフェンス・シリーズを狙っとった、というコトかの。襲撃カチコミの後、九体の克隆クローンは、東京内で散り散りになってしまった」
 エクリプス・コーポにとっても、極東科学防衛隊トーキオ・デフェンドソルダートイにとっても想定外マジでの事態だったに違いない。
「それで、今はどこにいるんですか?」
「エクリプス・コーポが、三体確保しとるらしい。それと、極東科学防衛隊トーキオ・デフェンドソルダートイを統括する白縫帝ハク・ヌ・テイの側近で丞相のガガって奴らが、三体。地下の連中が、一体。残りの一体は、トリ。そして、もう一体は、行方不明ダネ」
 アタリは怪訝な顔をする。
「地下の連中は、一体、何のために、オルフェンス・シリーズを確保したんですか?」
地下呪民モーロックの一部が、N/8ナンバーエイトを『新人神』として崇めとるらしイ。皇帝BBAの支配から脱却し、新たな神の下に、新たな秩序を築こうとしトル。特に過激派ヤリスギは、検体たちを利用して、魔方東京ルービックトーキョー物理的崩壊オワタを狙っとる。全部は無理でも、数体集めれば、なんとかなる、って息巻いとったワ」
魔方東京ルービックトーキョーの……崩壊ジェンガ……?」
「ああ。奴らは、都民の階級的解放には、皇帝の支配を終わらせることだけじゃ不十分ダと。この街の物理構造自体が階級を生み出してオル、というのが主張だネ」
「新たな秩序……」
「スージー・オハラって女が、過激派ヤリスギを率いて、一挙に反乱クーデターを起こそうとしてるんじゃ」
「スージー・オハラ……」
 アタリは、その名を聞いたことがあった。地下呪民モーロックの中でも、特に過激イッちゃってるな思想の持ち主として、恐れられている女だ。
「そもそも、なんで、皇帝の克隆クローンなんか作られたんですかね?」
「それが、一番の謎なんじゃ。地下の連中の話じゃ、克隆クローンの製造を提案したのは、白縫帝ハク・ヌ・テイ自身らしいんじゃが……。後継候補にしては、数が多すぎる」
 弾丸坊主バレットモンクは、首を傾げた。
 下水道の悪臭が、アタリの不安をかき立てるように、濃く、重く、漂っていた。
「そうなんですか、でも……」
「つまんねえなー」トリは、大きな欠伸をすると、アタリの言葉を遮るように言った。「アタシ、もう寝たいんですけど!」
 弾丸坊主バレットモンクはくすくすとほほ笑む。
「そうだネ。今日は疲れた。ゆっくり休んで、明日また考えようカい」

 三人は、下水道を抜け出し、区画C1アカハネへと逃げ込んだ。そこは、ホログラムの赤ちょうちんが軒を連ねる、猥雑な歓楽街だった。
 飲酒イッキに身を委ねる酔客ヘベレケたちの嬌声や、喧騒が、夜の空気を震わせる。ここにはまだ他区画の混乱は及んでいないようだった。
「ここの奴らは政治ウソが嫌いな奴らばかりだ。とりあえず、今日はここで休もう」
 弾丸坊主バレットモンクは、路地裏に佇む、古びた民宿を指差した。三人は、民宿の狭い畳の部屋に落ち着くと、トリは、ベッドに倒れ込むようにして、すぐに眠ってしまった。
「疲れたんだな」
 アタリは、トリの寝顔を見ながら、小さく呟いた。少女の寝顔は、普段の荒々しい表情ツラとは打って変わって、無邪気で、どこか儚げに見えた。
 しばらくして、弾丸坊主バレットモンクが風呂から上がってきた。浴衣姿の彼は、アタリの隣に座ると、熱いお茶をすすりながら、口を開いた。
「で、弟子パダワン、どうするつもりだ? 計画プランはあるのかイ」
 アタリは眉間に皺を寄せた。
「どうするって……とりあえず、トリを安全な場所に連れていければ」
「安全な場所ダッテ? どうやら、ホントに何も考えてなかったノね」
「すんません」
「この魔方東京ルービック・トーキョーに、そんな場所があるとは思えんがのう」
 弾丸坊主バレットモンクは、渋い顔をして茶を啜った。
「状況も思ったよりひどいですしね」
「ところで弟子パダワンや、この少女はどうしたいっテ?」
「こいつですか……トリは、彼女が行きたい場所に連れて行けって」
 弾丸坊主バレットモンクは頭を撫でた。
「それだけ? トリちゃんは、どこに行きたいン?」
「それが……彼女自身も、わかってないみたいなんです」
 アタリは、苦笑いした。
「わかってない? なんじゃそりゃ?」
 弾丸坊主バレットモンクは、首を傾げた。
「俺にも、よくわからないっす」
 アタリは、窓の外に広がる、霓虹ネオン輝く魔方東京ルービック・トーキョーの夜景を見つめながら、静かに呟いた。
 弾丸坊主バレットモンクは、眉間に深い皺を刻みながら熱いお茶を啜る。
「検体がなにかわからんのが、致命的だネ」
「キャサリンも、ガガも、皇帝の克隆クローンを狙っているって異常な状況ですから」
 アタリも、弾丸坊主バレットモンクの言葉に同意した。その目的は、まだわからないが、いずれにしても、ろくなことではないだろう。
「トリちゃんは、危険な存在ジャ。エクリプス・コーポも、ガガも、奴らを狙っとる。このまま、魔方東京ルービック・トーキョーにいたら、どうなるかわからん」
「え、トリをトーキョーから逃がすってことですか?」
「ああ。トリちゃんをトーキョーから逃がせば、目的地も探せるダロ。それに、奴らの魔の手からも逃れられる」
「でも……どこに?」
「俺が考えていル逃げ先はある。古い知り合いに頼めば、どうにかなりそうナノ」
「どこですか?」
 アタリは、食い気味に尋ねた。
北京ペキンに知り合いがいルのヨ。文明度は低いけドね」
 弾丸坊主バレットモンクは、ニヤリと笑った。
 北京ペキン……。大災厄ビッグ・パーティの後、壊滅状態にあると言われている都市。文明レベルは、魔方東京ルービック・トーキョーとは比べ物にならないほど低いはずだ。しかし、だからこそ、エクリプス・コーポやガガの追手も、容易には近づけないだろう。
 アタリは、少し考えてから、答えた。
「わかりました。俺からトリに話します」
 アタリは、トリの寝顔を見つめた。
 少女は、穏やかな寝息を立てて、眠っている。

「ちょっと、用事を済ませてくる。すぐ戻るから、二人で大人しくしてな」
 弾丸坊主バレットモンクはそう言うと、アタリとトリを残し、さっそうと民宿から出て行った。
 数時間が経過した。
 外は相変わらず、酔客へべれけたちの嬌声や霓虹ネオンの喧騒。ナイト・ファイト・クラブ、卡拉OKカラオケ、映画館……区画C7アカハネの夜は、爛爛と輝き、欲望渦巻く坩堝グルグルと化していた。
 畳の部屋で、トリが目を覚ました。
 薄暗い室内で、アタリは窓の外の喧騒を眺めていた。
「アタリ、どこ行くつもりだ?」
 トリは、寝ぼけ眼でアタリに尋ねた。
「ん? どこにも行かねえよ」
「あれ。ここどこだよ? つまんねえ場所だな」
 トリは、部屋の中をぐるりと見回した。
「一緒に移動しただろう。区画C1アカハネだ。赤提灯だらけの場所だ。外は、お前が嫌いなタイプの酒飲みへべれけどもでいっぱいだぜ」
 アタリは、少し意地悪そうに言った。
 言葉に反応したトリは窓から喧騒をじっと見つめた。
「愉しそう……むかつく」
 トリはむすっとしたまま小さく呟いた。
「だろうな……」
 一度ため息を吐いたアタリは、意を決して、トリに向き合った。
「お前に謝ることがある、トリ」
「なに?」
「エクリプス・コーポのラボで、敵に囲まれてな」
 トリは目を尖らせた。
「ふぅん。で」
「囲まれたとき、お前の居場所を教えろって脅されて、承諾しちまった。……師匠が来たから、逃げられたんだけど……。わりい、お前を売った」
 トリはため息を吐いた。
「そんだけかよ」
「ああ」
 トリは不機嫌そうに呟いた。
「別にいいよ、そんなん。アンタの立場なら、アタシも同じことしていたと思うし」トリは寂し気に俯いた。「私ら、会ったばっかだし」
 少しの沈黙。
 アタリが口を開く。
「俺が役立たずってのは、マジだ。次の手は師匠が考えてくれた。トリ、お前はこれから北京に行くんだ」
「北京? アタシが? なんで?」
 トリは、アタリの言葉に、驚いたように目を丸くした。
「トーキョーにいるのは、危険すぎる。お前を狙ってる奴らが、たくさんいる。エクリプス・コーポも、ガガって奴らも、お前を狙ってる。奴らは、お前を利用して、何か企んでんだろうよ」
「だから」
「だから、北京へ行くんだ。エクリプス・コーポも、ガガも、手出しできない場所だ。安全だ。しばらくの間、そこで身を隠すんだ」
「あんたもついてくるのか……?」
 トリは、不安そうにアタリを見つめた。
「道案内だけだ。俺はここに残る。俺はこの街の人間だ」
 アタリは、目を伏せた。
「……わかった」
 ため息を吐いたトリは、天井を見上げた。
「やっぱ、ステーロがない」
「ただの天井だからな」
 アタリは、苦笑した。
「あんたって宇宙とか行ったことがあるの?」
 トリは天井を見上げながら、呟いた。
「そんな奴いねえよ」
 アタリは、冷めた口調で答えた。
 人類宇宙進出の夢は、一世紀以上前に頓挫している。今の人類には、宇宙へ行く技術も、資金もない。
ルーノにも人を送ろうとしたって聞いたことがある」
「月面都市か……。あれは、人類が描いた最後の壮大な夢だったとかいう奴もいたな」
 アタリは呟いた。
 月面都市の建設は、二二世紀初頭、資源枯渇と環境破壊に直面した人類にとって、最後の希望のように思えた。ルーノ月に、新たな居住地を建設し、人類の生存圏を拡大しようという計画だった。
 だが、度重なる経済破綻の末、大災厄ビッグ・パーティが起こり、計画は完全に頓挫してしまった。
 アタリはため息を吐く。
「そもそもルーノなんて見る機会も少ない」
「こんな街じゃあね。ルーノを目指している人は?」
「いねえってば。地球テラから脱出トンヅラする手段なんて思い浮かばねえ」
 トリは顔を上げた。
「無理なことばっかじゃん」
 アタリはバツが悪くなり、視線を下げた。
「そういう街なんだよ、ここは」
 トリは無言で立ち上がり、出口に向かった。
「おいどこへ行く、トリ」
「うっせーな、私の勝手だ」
 アタリが制止する間もなく、トリは部屋から飛び出してしまった。

「おい……」
 アタリは小さく呟き、彼女の後に続いた。区画C7アカハネの夜は、けばけばしく輝き、吐き気がするほどの熱気を帯びていた。ホログラムの霓虹ネオンが、猥雑な欲望を映し出す酔客へべれけたちの嬌声、喧騒、すべてがアタリの神経を逆撫でした。
 トリの姿はどこにも見当たらない。三軒ほどの居酒屋を駆け込み、客に尋ねた。
「おい、銀髪の女の子を見なかったか?」
 返ってくるのは、嘲笑と泥酔した呂律の悪い言葉ばかり。だが、三軒目の薄汚れた居酒屋で、頭に鉢巻を巻いた若い髭面の男が、「銀髪のねーちゃんなら、おいら見たぜ。DHのヤバめな連中に絡まれて、この路地の裏のほうへに連れ込まれていたぜ」と教えてくれた。
 DH、ドラゴン・ヘッド。若者を中心に構成されたギャング団だ。装飾的な身体改造ボディ・モディとノースリーブのレザージャケットがトレードマークの、厄介な連中だ。
「礼を言う」
 アタリは礼を一つ言うと、路地裏へと駆け出した。
 心臓が不快なリズムを刻む。路地裏は霓虹ネオンの光が届かず、異様な静けさに包まれていた。生ゴミの腐臭と、薬品のような臭いが混ざり合い、吐き気を催す。
 路地裏の奥に、人影が見えた。
 目に映ったのは、予想外の状況だった。
 五人の人間が地面に倒れていた。
 倒れていたのは、五人のギャングたちだった。DHの構成員メンバーだろう。ナイフやヌンチャクなどの武器エモノも散乱していた。
 その中心に、トリが立っていた。
 彼女は、血まみれの拳を握りしめ、荒い息を吐きながら地面に転がるギャングたちを睥睨していた。
「トリ!」アタリは駆け寄った。「大丈夫か?」
 トリは、いつもの皮肉たっぷりの笑みを浮かべた。しかし、その目は笑っていなかった。
「うん。当たり前じゃん」
 地面に倒れているDHのメンバーたちは、呻き声を上げながらも、動くことはできないようだ。
「けがはないよな」
「ああ。でも、まだだ」
 すると、ギャングの一人がよろけながら立ち上がった。男は口から血を垂らしながら、ナイフを手にしていた。
 トリはギャングを見つめ、拳を握った。
「トリ、やめろ!」
 アタリは距離を詰め、咄嗟に彼女の腕を掴んだ。
「なにすんだよ!」トリは、アタリの腕を振りほどこうとした。「私の勝手だ!」
 そうこうしているうちに、ギャングはふらふらと逃げ出してしまった。
 トリはアタリの手を振りほどくと、アタリに向かって拳を構えた。
「どういうつもりだ」
 アタリは言いようのない不安を覚えた。
「うっせえんだよ」
 刹那だった。
 トリの拳が、アタリの顔面をかすめた。風を切る音とともに、アタリの頬にかすかな痛みが走った。
「おい、何してんだ、トリ」
 トリは今度、廻し蹴りをアタリの腹に向かって放った。
 アタリは、ジャンプして距離を取る。
 なんてこった。
 アタリにはトリの所作に見覚えがあった。
 まるで阿修羅アスラの動きだった。それにアタリのも混ざっている。
 推察はできた。
 神速演算処理ゴッド・スピードコアによる動作の模倣コピーか。
「やっかいだな……」
 トリの攻撃は止まらない。
 彼女の動きは、予想以上に速く、正確だった。上段蹴り、回し蹴り、突き。すべてが、アタリの急所アウチを狙った的確な攻撃だった。
 アタリは避けるしかない。
「トリ、落ち着け!」
 しかしトリは無視シカト
「あんたも反撃してきなってば!」
 トリは呪詛を吐き出すように吠える。
「ったくめんどくせえ! 知らねえからな!」
 次の瞬間、アタリは万能腕輪バングル・デヴァイスからウェッブ・ロープを発射ショットした。
 粘着性のロープが、トリの右腕と左足を拘束する。
 トリはバランスを崩し、地面に倒れ込んだ。
「くそっ……」
 トリは、悔しそうな表情で地面に唾を吐いた。それでも、彼女の視線は、アタリを睨みつけて離さない。
「……前に言っていた契約チギリ、受けるからな」
 アタリはトリを真っすぐに見据えた。
「なに?」
「お前の行きたい場所トコに連れていくってやつだ。報酬はナシでいい。それで、お前を裏切ったことをおあいこにしてくれ」
 トリは鼻を鳴らした。
「……ああ。わーったよ」
 アタリは静かに息を吐いた。
契約成立ヨロシクだ。……北京はどうする? 行きたくねえなら、俺が師匠に相談するけど」
 トリはため息を吐いた。「わかんねえけど、そうするしかねえんだろ。そこまで馬鹿ダボじゃねえ」

 二人が部屋に戻ってからしばらくして、弾丸坊主バレットモンクが民宿に戻ってきた。顔には、満足げな笑みを浮かべている。
「おー、弟子パダワンちゃん、トリちゃん。待たせたナ」
「どうでした?」
 アタリは、弾丸坊主バレットモンクに尋ねた。
「バッチリよ。話がついとる」
 弾丸坊主バレットモンクは、自信満々に答えた。
「で、どうやって北京に行くんですか?」
「ふむ。これから、区画A5ダイバに行く。そこに、スカイツリーってのが建っとるノよ」
 弾丸坊主バレットモンクは、懐から取り出した魔方東京ルービック・トーキョーの立体地図を、畳の上に広げた。
「スカイツリー?」
 トリは首を傾げた。
「ああ。かつてのスカイツリーを模した軌道エレベータ試験型プロトの残骸ダノ」
 弾丸坊主バレットモンクは、地図上のスカイツリーを指差した。
「軌道エレベータってなに?」
 トリは前のめりになる。
「ああ。かつて宇宙ステーションに物資を輸送するためにユーラシア大陸で建設された、巨大なエレベータの試験品プロトタイプでのう。しかし、大災厄ビッグ・パーティで破壊されてしまったんだガ、第三代皇帝が、それを東京トーキオに運んできたノ」
「へぇ」
 アタリが質問する。「そこで何を?」
「スカイツリーの頂上テッペンで、北京からの密輸業者とコンタクトする。そいつに、トリちゃんを預けるノさ」
 弾丸坊主バレットモンクはトリに向かって微笑む。
「密輸業者?」
 トリは、眉をひそめた。
「ああ。奴らは金さえ払えば、どんな荷物でも、どんな場所にも運んでくれる。灯台下暗し、というか、まさかエクリプス・コーポも極東科学防衛隊トーキオ・デフェンドソルダートイ地下呪民、モーロック魔方東京ルービック・トーキョーの頂上を目指すと思うまいネ」
弾丸坊主バレットモンクは、ニヤリと笑った。
「確かに……」
「で、善は急げダ。外はますます騒がしくなってきたヨ」
 弾丸坊主バレットモンクは薄汚れた壁に備え付けられた、古びた三次元ホログラムディスプレイのスイッチを入れた。チャンネルをニュースに合わせると、騒々しい映像とアナウンサーの声が、狭い部屋に流れ込んできた。
「――繰り返します。区画B1バーミンガム区画C3クーロン区画A7ヨコハマにて、同時多発テロが発生しました。犯行声明は、まだ発表されていませんが、当局は、地下呪民モーロックによる犯行とみて、捜査を進めています」
 ホログラム映像には、炎上するビル群、逃げ惑う人々、そして、重武装した極東科学防衛隊トーキオ・デフェンドソルダートイの防人たちの姿が映し出されていた。緊迫した状況が、画面越しからも伝わってくる。
「――各区画では、大規模な暴動も発生しています。市民は、パニック状態に陥っており、商店では、略奪行為も横行しています。極東科学防衛隊トーキオ・デフェンドソルダートイは、治安維持に全力を挙げていますが、混乱は収束する気配を見せていません」
 弾丸坊主バレットモンクがチャンネルを切り替える。
 今度は、帝宮クインダム前からの中継映像だった。
 キャスターの男が告げる。
「――速報です。丞相であるガガ・クオリア氏が、先ほど、緊急記者会見を開き、『事態は完全に制御下にあり、市民は落ち着いて行動するように』と呼びかけました」
 画面が切り替わり、厳重な警備に守られたガガ・クオリアの姿が映し出された。
「――しかし、ガガ・クオリア氏の呼びかけにもかかわらず、市民の不安は高まるばかりです。暴動が激化しており、極東科学防衛隊トーキオ・デフェンドソルダートイとの衝突も発生しています」
 再び、帝宮クインダム前にいるキャスター。
「エクリプス・コーポのドン・Ω氏は、ガガ氏を名指しで非難する声明を発表しております。ドン・Ω氏は、『ガガ・クオリア氏は、無能であり、事態を収拾する能力がない』と批判しています」
 検体を巡る争いが、もっと大きな争いに変化している。
「一体、何が起こってるんだ?」
 アタリは、呟いた。東京はかつてないほどの混乱に陥っているようだった。そして、その混乱の裏にはオルフェンス・シリーズの存在があった。
「行くぞ」
 弾丸坊主バレットモンクは、アタリとトリに声をかけた。
混乱ピンチ好機チャンスだ。この混乱に乗じて、スカイツリーに向かう。今がチャンスだロ」

 民宿を出た三人は、人混みに紛れながら、区画A5ダイバへと向かった。
 区画C1アカハネを出ると、街の混乱がますます酷くなっていることがわかった。暴徒と化した群衆が、商店の窓ガラスを割り、商品を奪い合い、怒号が飛び交っている。極東科学防衛隊トーキオ・デフェンドソルダートイは、催涙ガスとゴム弾、電子哨戒弾を使って鎮圧を試みているが、焼け石に水だった。
「ひどいことになってんな……」
 アタリは呟いた。
「やなもんだな」
 フードを被っているトリは、冷めた目で周囲を見回した。
「気をつけろ、二人とも。この混乱に乗じて、悪来バッドガイどもが暗躍ヨロシクしとるのヨ。油断するな」
 弾丸坊主バレットモンクは、二人に注意を促した。
 区画A5ダイバに到着した三人は、人混みを避け、裏路地を進んでいく。プロップスの部隊が、主要道路を封鎖していた。
 やがて、彼らの前に、巨大な鉄塔の姿が現れた。
「あれが……スカイツリー」
 アタリは、錆び付いた鉄骨が空に突き刺さるようにそびえ立つ、その異様な光景に圧倒された。
「中に入ろうカノ」
 警備は薄かった。
 スカイツリー内部は、薄暗く、埃っぽく、廃墟と化していた。
「行くぞ。頂上てっぺんを目指すヨ」
 弾丸坊主バレットモンクは、古びた階段を登り始めた。アタリとトリも、その後ろをついていく。
 階段は急勾配で、風も強く、登るのに苦労した。アタリもトリも、黙々と足を動かした。弾丸坊主バレット・モンクは兎のように跳躍して登っていく。
 眼下には、霓虹ネオン輝く魔方東京ルービック・トーキョーの街並みが広がっていた。遠くには、東京湾の暗い水面も見える。アタリも、この高さまで来たのは初めてだった。
「アタリ……」
 呟いたのは、背後にいたトリだった。
「どした……」
 トリは少し俯いていた。
「さっきはごめん」
「何の話だ」
「路地裏で暴れた件。ごめん、荒ぶった」
 アタリは小さく笑む。「気にしてねえってば」
「そっか……」

 中腹部の広場に出たところで、弾丸坊主バレットモンクは、立ち止まった。
「どうしたんすか、師匠?」
 アタリは、弾丸坊主バレットモンクに尋ねた。
 弾丸坊主バレットモンクは、何も言わず、鋭い視線で周囲を見回した。そして、小さく舌打ちした。
「なんてしつこい。恐れ入谷の鬼子母神キラークイーン。……敵ダ……」
 広場の反対側から、複数の人影が突如現れた。黒いスーツに身を包んだ男たち。
 そして、彼らの先頭に立つ、髑髏しゃれこうべの覆面を被り、メイド服を着た女。
「お久しぶり、アタリ様」
 女は、アタリに向かって、優雅に一礼した。
「荷物を持って、どこへ行くのですか?」
 美香・ブシェミ。
 彼女の隣には、体格の良い偉丈夫ガチムキが立っていた。
 男は、半分豹のような顔つきをしており、鋭い眼光でアタリたちを睨みつけている。生体改造ボディ・モディをしている戦闘狂ベルセルクだ。
「グルル、ツブしていいかな、美香さん」
 男は獣のような声を放つ。
「待ちなさい、ジャガー本郷。まだ、その必要はない」
 美香は、男――ジャガー本郷を制止した。
「アタリ様。私たちに、ご同行願えますでしょうか?」
「で、今回は、どんな用件だ?」
「荷物を渡してくださいまし」
「ふん」
 アタリは、トリの方を見た。トリは、美香たちを睨みつけ、微動だにしない。
「そうですわ。その少女ドチビを、私たちに引き渡していただきたいのです」
契約チギリは成立していなかったぞ」
「私にも立場があるんですの。ヤシロ・ファミリー内での私の立場を危うくしてしまった。……いいえ、ヤシロ・ファミリー自体が窮地に陥っている」
「挽回したいてっか」
 美香は、アタリの言葉に静かに首を横に振った。そして、懐からトンファーを取り出し、構えた。
 ジャガー本郷も背を曲げて前傾姿勢マエノメリをとった。
「依頼主は、荷物を欲している。今度こそ失敗は許されません。アタリ様、最後通牒です。抵抗は無意味ですわ。大人しく、私たちに従ってください」
 美香はアタリに微笑み、髑髏しゃれこうべの覆面を歪めた。冷たい殺意が、その奥に潜んでいる。
「だりぃけど、しかたねえか」
 アタリは指向性重力刀グラヴィティショナル・ダンピラを抜刀した。
「破ッ!」
 弾丸坊主バレットモンクも、素早く戦闘態勢に入った。拳に力を込める。
 トリは、美香たちを睨みつけ、両手に自動拳銃ベレッタを構えた。
 迦楼羅組カルラ・クランの組員たちは、一斉に小銃を構える。
 一触即発。
 空気が、緊張感で張り詰める。
交渉チョイマチの余地はねえか、美香さんよ」
 アタリが告げると、美香は再び微笑む。
「どちらかと言えば私はこういう展開ノリが好みですの」
「マジかよ」
「……それでは!」
 跳躍ジャンプした美香は、トンファーを振りかぶり、アタリに襲いかかった。毒蛇のように素早く、正確だった。
「破ッ!」
 弾丸坊主バレットモンクだった。美香の攻撃を予測していたかのように、瞬時に拳を繰り出し、トンファーを受け止めた。
「お嬢チャン、相手はわしがするヨ!」
 組員たちも一斉に射撃を開始。小銃から発射された弾丸が、轟音と共に、スカイツリー内部にこだまする。
 アタリは、すかさずウェッブロープを発射ショットし、巨大な柱を伝って、銃弾の雨を回避する。トリも、身を低くしながら銃撃をかわし、組員たちに向かって反撃を開始した。
「じゃあ! てめえの相手は俺だぜ!」
 ジャガー本郷が、獣のような咆哮をあげ、アタリに襲いかかってきた。鋭い爪が、アタリの喉元を狙う。
 アタリは、指向性重力刀グラヴィティショナル・ダンピラを構え、ジャガー本郷の攻撃を受け止める。青い光と獣の爪が、激しく火花を散らす。
「グルルル……」
 ジャガー本郷は、唸り声をあげながら、アタリに襲いかかり続ける。アタリも、一歩も引かず、ジャガー本郷と激しい斬り合いを繰り広げる。
 トリは銃撃で確実に組員を一人ずつを仕留めていく。
 弾丸坊主バレットモンクと美香も、壮絶な戦いを繰り広げていた。弾丸坊主バレットモンクは、小柄な体格を活かした素早い動きで、美香の攻撃をかわし、強烈な拳を叩き込む。美香も、華麗なトンファー捌きで応戦する。
 二人の戦いは、互角に見えた。しかし、弾丸坊主バレットモンクは、徐々に押され始めていた。美香は若く見えるが、百人以上の防人をノメしてきたという、凄腕の武闘派でもあったはずだ。
 アタリとジャガー本郷は距離を置き、にらみ合む。両者とも、一瞬の隙を突こうと、神経を研ぎ澄ましている。
 その時だった。
「うっ……」
 トリが、小さく呻き声をあげた。彼女の左肩から、血が流れ出ている。
 被弾した。
「トリ!」
 アタリは、思わずトリの方を見てしまった。
 その瞬間、ジャガー本郷は、アタリの隙を突いた。
 獣の爪が、アタリの腹部に深々と突き刺さる。
「ぐあっ……」
 アタリは、床に吹き飛ばされ激痛に顔を歪めた。
「グルルル……これで終わりだ、小僧」
 ジャガー本郷は、血に染まった爪を舐めながら、アタリに駆け寄ってくる。アタリはなんとか起き上がろうともがく。
「終わり? そうは問屋がおろさねえぜ!」
 その時、背後から弾丸坊主バレットモンクの怒号が響いた。
 弾丸坊主バレットモンクはジャガー本郷に襲い掛かる。
「おせえよ、じぃさん!」
 しかし、ジャガー本郷は、弾丸坊主バレットモンクの攻撃を易々と見切った。
 獣の爪が、弾丸坊主バレットモンクの胸を貫く。
「師匠ォォォ!」
 アタリは、叫んだ。
「ぐああああっ!」
 胸を貫かれた弾丸坊主バレットモンクは盛大に吐血した。
 アタリは、痛みをこらえ、立ち上がる。指向性重力刀グラヴィティショナル・ダンピラを握りしめ、ジャガー本郷に突進する。
「来るか! 小僧! ……ん」ジャガー本郷が弾丸坊主バレットモンクから爪を抜こうとしたが、弾丸坊主バレットモンクが腕をつかんでいた。「じじぃが!」
「やれ! アタリ」弾丸坊主バレットモンクの咆哮。
 渾身の一撃。
 アタリの斬撃はジャガー本郷の身体を上下ハンブンに両断した。
「貴様のようなガキにぃいい!」
 獣の断末魔が、スカイツリー内部に響き渡る。
 弾丸坊主バレットモンクが地面に転がる。
「師匠!」駆け寄ろうとすると、吐血している弾丸坊主バレットモンクは手で制した。
「まだだ! アタリ!」
 アタリは踏みとどまる。
 その時だった。
「本郷まで。……私の部下をこんなにバラしちゃうなんて。ひどいコ」
 美香が冷酷な笑みを浮かべながら、トリの背後に立っていた。
 彼女は、トリの首にトンファーを突きつけ、身動きを取れないようにしていた。
「トリ……!」
 万事休す。
 スカイツリー内部に、冷たい風が吹き抜けた。
「私に刃向かうからですよ、アタリ様」
 美香は言い放つ。
 トリを人質に取られ、弾丸坊主バレットモンクは瀕死。もはや、逆転の目はなかった。
 苦しげな表情ツラのトリはアタリを見つめている。小銃を構えなおした組員たちがアタリに迫ってくる。
 アタリは舌打ちする。
「さあ、降伏を」美香が告げた。
 その時だった。
 乾いた銃声が、スカイツリー内部に響き渡った。
 迦楼羅組カルラ・クランの組員の一人が崩れ落ちた。
 額には、小さな穴が空いており、血が流れ出ている。
「な、何?」
 美香が叫ぶ。
 彼女の視線が、銃声のした方へと向かう。
 物陰に潜んでいた三人の人影が姿を現した。
「あなたたちは……」
 美香が絶句する。
 登場したのは阿修羅アスラ勇気爆発ブレイヴ・ザ・ハンドクロウ
 三本槍の三人だった。
「なぜ、奴らがここに……?」
 アタリは愕然とした。
 エクリプス・コーポの連中まで、この場に現れるとは。最悪チョベリバの事態だった。
「ひゃあは! これはこれは、大盛況クライマックスじゃない!」
 阿修羅アスラが、高らかに笑い声を上げた。
「なにを考えているのです!」美香が吠える。「三本槍の阿修羅アスラ!」
「決まってんじゃん、美香ちゃん。その娘いただいていくよ!」トリを睨んだ阿修羅アスラは跳躍し、背中に生えた四本の腕を展開し、銃撃を開始した。
 迦楼羅組カルラ・クランも応戦。
 アタリも動き出し、一人の組員を斬り伏せた。
 三つ巴。
「勇気! それが力!」
 勇気爆発ブレイヴ・ザ・ハンドは、轟くような声で叫び、巨大な掌で組員たちを薙ぎ倒していく。
 黒ずくめの女――クロウは、音もなく空を舞い、組員たちの頭上に爆弾を投下する。爆風で、組員たちは吹き飛ばされ、悲鳴が上がる。
「あぁら、美香ちゃん、タノシそうじゃない!」
 阿修羅アスラが、甲高い声で叫びながら、美香に接近する。彼は、舞踏するように軽やかに跳ねながら、四本の機械腕から銃弾の雨を降らせた。
「ひゃあは、もっと踊りなさいってば! 荷物は横取りしちゃうねえ!」
「この期に及んで面倒ですね!」
 美香は、トリからわずかに距離を取り、阿修羅アスラの攻撃を回避する。
 その隙を逃さず、アタリはウェッブロープを天井に発射し、スウィング。
 トリの腕を掴んで、救出する。
「トリ!」
「アタリ……」
 腕を掴まれているトリは、驚いた表情ツラでアタリを見上げた。
「行くぞ!」
「でも、オッサンが……」
 弾丸坊主バレットモンクは床に伏せたまま。
「わーってんだよ!」
 アタリは、トリの腕をぐっと掴みなおし、広場から逃れようとした。
 だが。
「待ちなってば!」
 阿修羅アスラの弾丸がロープを引き裂く。
 アタリとトリは地面に落下。
 すぐさま、阿修羅アスラが二人の前に立ち塞がった。
「またお前かよ!」
 容赦ない射撃。
 アタリは、指向性重力刀グラヴィティショナル・ダンピラを構え、阿修羅アスラの銃弾を跳ね飛ばす。
「ひゃあは! なかなかやるじゃない!」
 阿修羅アスラは、楽しそうに笑いながら、アタリに銃撃を浴びせ続ける。
 アタリは、トリを守りながら冷静に攻撃をかわし、阿修羅アスラに接近。
 一気に指向性重力刀グラヴィティショナル・ダンピラを撥ね上げた。
「ちぃ!」
 攻撃を避けた阿修羅アスラは、壁まで跳躍ジャンプした。
 刹那、トンファーを振り上げた美香が再びトリに襲いかかった。
「大人しく、私に従え!」
 トリだってやられてばかりではない。
「どいつもこいつも好き勝手言いやがってさあ!」
 赤い瞳が光る。
 トリは怯むことなく、美香に向かってトリガーを引く。
 放たれた弾丸は、髑髏しゃれこうべの覆面をした美香の額を正確に貫くブルズ・アイ
「あら……」
 勢いそのまま美香は地面に転がった。
 スカイツリー内部は、地獄絵図と化していた。
 銃声と爆発音が、まるで雷鳴のようにスカイツリー内部に轟き渡る。
 混沌とした空間の中、アタリとトリは背中合わせに立ち、周囲を警戒した。
 煙と埃が視界を遮り、敵味方の区別さえつかない。激戦ドンパチの影響、床は傾き、崩落の危機が迫っていた。
「おい、アタリ! まだ戦えっか?」
 トリが、耳元で叫ぶように尋ねた。
「ああ、もう限界ギリだけどな」
「二人だけになっちゃったねえ」阿修羅アスラの甲高い声が、銃声の合間を縫って聞こえてきた。「でも、アタシはまだまだ遊ぶよ!」
 彼は回転しながら落下する瓦礫を華麗に避け、六本の腕を自在に操りながら、アタリたちに向かって銃弾を浴びせてくる。
 それだけではない。
「勇気! それが力!」
 勇気爆発ブレイヴ・ザ・ハンドの巨体がアタリに迫る。
 アタリは舌打ち。
 こいつの一撃一撃が重い。攻撃のたびに、床が傾いている。
 一撃必死。
 だが。
「使わせてもらう」
 アタリはウェッブロープを天井の鉄骨に引っ掛け、素早く移動する。勇気爆発ブレイヴ・ザ・ハンドの巨大な拳が、アタリのドタマをかすめ、轟音と共に、壁を粉砕した。その衝撃で、さらに床が崩れ落ちた。
 と、今度はクロウが空中で待ち構えていたが、アタリはスウィングの勢いを活かし、その腹に蹴りを入れた。
 トリは、アクロバティックな動きで銃弾をかわし、阿修羅アスラに向かって反撃を開始した。二丁のベレッタから放たれる銃弾が、火花を散らす。
 二人は、息の合った連携で、三本槍の猛攻を凌いでいく。
「らちが明かない! 阿修羅アスラよ、勝負を決めようぞ!」
 勇気爆発ブレイヴ・ザ・ハンド
 掌の形をした巨大な体躯を活かして、アタリたちに再び襲いかかってきた。
「おっさん、まじで面倒だぜ!」
 アタリは、ウェッブロープを勇気爆発ブレイヴ・ザ・ハンドの中指に引っ掛ける。
「何をする!」
 アタリは勇気爆発ブレイヴ・ザ・ハンドに一気に接近。
「地面と衝突キスしろ!」
 指向性重力刀グラヴィティショナル・ダンピラを叩きこみながら、ロープをグイっと引っ張る。
「な!」
 勢いがついていた勇気爆発ブレイヴ・ザ・ハンドはベクトルを変えて、床面に突っ込んだ。
 すさまじい激突音。
 スカイツリー全体が、勇気爆発ブレイヴ・ザ・ハンドの衝撃でさらに激しく揺れた。
 いよいよ床が崩落した。
 スカイツリー内部にいた全員が、空中に投げ出された。
 クロウは、落下する鉄骨に絡め取られ、闇の中へと消えていった。
 耳をつんざく金属音と、人々の悲鳴が、混沌とした空間を満たす。
 空前絶後の破壊メエルシュトレエム
 アタリは、落下するトリに向かって、ウェッブロープを発射ショットした。ロープが、トリの身体に巻き付き、二人は空中でしっかりと抱き合った。
「トリ、しっかり掴まれ!」
「わかった!」
「さあ、クライマックスねえ!」
 空中で回転しながら落下する阿修羅アスラが、高らかに叫んだ。彼の髪と衣装は、乱れながらも、その表情ツラは、依然として狂気ヒャッハーに満ちていた。
「黙れ、クソが!」
 トリは、阿修羅アスラに向かって、拳銃を乱射した。
 飛翔する弾丸が、阿修羅アスラの機械腕を正確に撃ち抜いた。
「嬢ちゃん、やるじゃないのぅ!」
「まだ終わりじゃねえっての!」
 アタリも指向性重力刀グラヴィティショナル・ダンピラで、阿修羅アスラの銃弾を跳ね飛ばしながら接近。
 弾丸の雨をかいくぐられた阿修羅アスラは嬉し気に莞爾ニカリ
笑死ワロタ! やられちゃったわ!」
「これで幕引シマイだ!」
 アタリは指向性重力刀グラヴィティショナル・ダンピラを振り下ろし、阿修羅アスラの両脚を切断した。
 血飛沫が、空中で霧散。
最悪チョベリバねえ!」
 阿修羅アスラは、断末魔の叫びを上げながら、落下していく。
 まだ終わりじゃない。
 このまま落下すれば死ぬ。
 身を守るにはどうするか。
 アタリは指向性重力刀グラヴィティショナル・ダンピラを操作し、反発力を最大限に引き出して、周囲の物質を吹っ飛ばす。
「覚悟しろよ、トリ!」
 アタリは、トリを強く抱きしめると、崩れ落ちる瓦礫の山に向かって、落下していった。


第五章


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