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青森から九州までヒッチハイクを経て無人島に歌いに行ったわたしのはなし。〜プロローグ〜

2021年10月7日㈭早朝。

前日に用意したさほど大きくないリュックと、肩にかけるバッグを持ちわたしは旅に出た。

中に入っているのは数日分の着替えと、必要最低限の貴重品、身支度するもの、モバイルバッテリー、タブレット、手帳。
スマホはポケットの中。
そして行き先を書いて運転手に見せる画用紙とマッキーの油性ペン。

それだけ。それだけで十分だった。

まかり間違ったら死ぬかもしれない。
それでも構わない。
黙ってこのまま家にいて心が死んでいくよりもドラマティックな体験をして死ねるならその方がいい。
それにわたしは死なない。
そう思って歩きながら出発直後の動画を撮っていた。

わたしは自分の人生や価値観を変えるぐらいのインパクトを求めていた。

小さい頃美空ひばりを見て、わたしはこの人みたいになる!と決めたはいいが真っ直ぐその夢に向かえなかった10代。

もういいや!と思い切って家を出て、関東に上京し30までに売れなきゃ帰ってこい、という謎の約束により焦りまくって空回りまくった20代。

30を超えて、それでも夢は捨てきれず願いばかりスケールアップしていきながら、故郷青森で過ごし、もういい加減ここらで、舵を切り直さなきゃ、おばあちゃんになってしまう!と思っていたこの2021夏だったわけです。


その青森からSTARTしたわたしのヒッチハイク。

因みに、わたしは過去ヒッチハイクをしたこともなければ、旅自体もあまり経験がない人間でした。

そんなわたしが何故こんなやり方をとったのか。

わたしはわたしの意識を変えたかった。
それには今まで全くやったことの無いものが必要でした。

そう思い、なにか無いかなーとアンテナを立てていたら、とある投稿を見つけました。

2021年3月からわたしはイチナナというライブ配信アプリで歌ったり、リスナーさんとお喋りしたり、ほぼ毎日のように続けていました。
そのアプリにはタイムラインという、皆が書き込む掲示板のような場所があり、たまたまそこを見ていたら、

無人島でサバイバル生活!
条件は冒険したいひと

との投稿を見つけました。

そして無人島という文字をみた瞬間に、ひろーい大地で歌っている自分がビジョンのように見えたんです。

これだ。とピンと来てすぐに主催の方にDMをしました。

それが出発する3日ほど前の月曜でした。

その後主催の方と連絡を取り合い確認したところ、無人島への船が出航するのが姫路港10日の朝7時。

そこでわたしは関西かぁ、、飛行機?新幹線?と自分に問いかけてみました、どうやって行きたい?と。

ヒッチハイクー!!

と嬉しそうに自分の中から声が聞こえました。
あぁ、これはわたしがやるやつだ、と感じヒッチハイクで関西まで行くことを決めたのです。

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