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なぜSaaS企業のバリュエーションは高いのか

SaaS企業の株価が堅調です。

ラクスは時価総額が8,000億円を超え、フリーやマネーフォワードも4,500億円を超えています。

売上高や現状の利益水準からみると、バリュエーションが非常に高いようにも見えますが、こうしたSaaS企業はなぜ高く評価されるのでしょうか?
今日はそのからくりについて説明します。


SaaS企業のバリュエーションが高い理由

結論、SaaS企業のバリュエーションが高いのは大きく2つの理由があると思います。

SaaS企業のバリュエーションが高い理由
❶ 高い成長率を使ってより長い期間、将来キャッシュフローの予測ができること
❷ 利益率が高いビジネスモデルであること(Steady state marginが高い)


❶ 高い成長率を使ってより長い期間、将来キャッシュフローの予測ができる

1つ目の理由は、SaaS企業の場合、高い成長率を使ってより長い期間、将来キャッシュフローの予測ができるためです。

これは、将来キャッシュフローの予測期間自体が長いことと、高い成長率をより長く使えることとに分解できます。


企業価値は、将来キャッシュフローの割引現在価値の合計で計算するのが一般的ですが、そこでは企業が永久に事業を行う前提で計算します。

従い、実際に計算する際は、「予測可能な期間のキャッシュフローの現在価値」と「それ以降のキャッシュフローの現在価値(継続価値といいます)」の合計で企業価値を計算します。

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将来のキャッシュフローを予測には限度があるので、読めるところまでは読んで、それ以降(継続価値)は、一定の前提を置いてまるっと計算します。

継続価値は、成長率や利益率などを一定に据え置いて計算するので、売上成長が低く、営業利益率が安定した定常的な状態に至った後に適用すべきと言われています。


前提条件が同じであれば、理論的には、予測可能期間の長さが企業価値の大きさには影響しないんですが、不透明な将来については、どうしてもキャッシュフローを保守的に見積もってしまいがちです。

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また、通常は、予測可能期間はそこまで長くないので、企業価値に対して継続価値の比率が高くなります(上のスライドの左のイメージ)。

そのため、継続価値の計算の前提を少し変えるだけで、企業価値が大きく変わってしまうことになり、結果として、やはり必要以上に保守的に評価してしまうことが多いようです。

「継続価値は、大きい割には不透明なので、アナリストは過度に保守的になりがちである」
(「企業価値評価 バリュエーションの理論と実践 第6版 上」より抜粋)


その点、SaaS企業は売上高が積み上げ型のビジネスモデルである場合が多く、相対的により長期の将来の予測がしやすい利点があります。

先ほど記載した通り、継続価値は「売上成長が低く、営業利益率が安定した定常的な状態に至った後に適用すべき」なので、例えば10年後も10%を超えて成長が見込まれるのであればまだ継続価値を評価するには早いかもしれません。その場合、やはり予測可能期間が長くなります。

予測可能期間が短い会社と比べて、企業価値に占める継続価値の割合が小さくなり、結果的に、過度に保守的な見積もりの影響が小さくなります

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また、SaaS企業は、高い成長率をより長い期間にわたって維持することが期待できます。❷に記載している通り、一定のSaaS企業は足元の利益を犠牲に、ガソリンを補充しながら走り続けることができるからです。

もっとも、「高い成長率を使ってより長い期間、将来キャッシュフローの予測ができる」会社であるためにはいくつか条件があり、例えば以下などがあげられるでしょう。

・売上高の中心がサブスクリプションであること
・解約率が低いこと(NRRが高いこと)
・市場規模が十分にあること
・一定の効率で新規顧客の獲得が見込めること


❷ 利益率が高いビジネスモデルであること(Steady state marginが高い)

2つ目の理由は、利益率が高いビジネスモデルであることです。

今利益が出ているかいないかではなく、そもそも構造上利益がでるビジネスモデルなのかどうかは非常に重要です。


SaaS企業は、目的別に何にいくら使っているかがわかりやすく、今赤字でも、将来の安定成長期にどれくらい利益がでるのかを示しやすいモデルです。

規模が大きくなっても粗利率が大きく変わることはなく、理論上の利益率をロジカルに説明できます(例えば、粗利率が70~80%で、S&M20~30%、R&D15%、G&A15%であれば、営業利益率が20%~30%など)。

そして、基本的に粗利率が高いし、NRRが高ければ(もしくはChurn rateが低ければ)、売上を維持するためだけの営業・マーケティング費用(S&M費用)はそこまで多く必要ないことが説明できます。


その点で、SaaSは工場みたいな人工的なビジネスモデルだなと思います。

原材料(マーケ費用)をこれくらい投入して加工(カスタマーサクセス)すると、一定の割合で不良品(Churn)がでるが最終的に何個製品ができるか(LTV)が予測できる。不良品が多いと、原材料が悪いか、加工が悪いか考えて、修正する。

定常的な収益性をSteady state marginと言ったりしますが、これをロジカルに説明できる。しかもそのmargin(利益率)が高い。それがSaaS企業の強みです。


そして、将来の利益構造が説明できるからこそ、解約率や獲得効率さえよければ、今は利益度外視で成長のための投資ができます。これが❶につながります。

もし実績としての利益からしか評価されなければ、資金調達もしづらく、成長のための投資もできないですが、Salesforceを筆頭に過去の偉大なSaaS企業とそれを評価してきた投資家の方々のおかげで、SaaSのビジネスモデルは市民権を得ており、そこまで細かな説明をしなくとも、代表的な指標さえよければ、ガソリンを補充しながら走り続けることが許さるのです。

そういうビジネスモデルだからこそ中長期的な成長も期待できるし、他のビジネスモデルよりも将来が”読める”

それがSaaS企業が高く評価されている所以だと思います。


(参考)ボラティリティは高い

ちなみに、長期で安定的に成長が見込めることと、株価が安定する(ボラティリティが小さい)ことは別の話です。むしろ将来の成長期待が高いSaaS企業は、企業価値の大半が将来への期待からきていることもあり、少なくとも短期的には株価のボラティリティは高い(変動が大きい)場合が多いです。

発射台としての売上高、将来の成長率のベースとなる足元の成長率や、割引率が少し変わった際の企業価値評価に与えるインパクトが大きいからです。そのため、例えば、金利が上がった下がったといった影響も受けやすくなります。

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