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「好き」を表現する勇気

 「好きなものは?」と聞かれて即答できない。それが僕。
 相手との関係性や自分の立場を考慮して、当たり障りのない事や話題になりそうな事を適当に言う。僕はそうやって生きてきた。それが良い事だとも思ってた。こうすれば誰も傷つかないから…。

 でも「ブルーピリオド」を読んで思った。

 自分の「好き」を言わないのは
”誰も傷つけない”じゃなくて”自分が傷つかない”ため だからだ。

 このブルーピリオドというマンガの主人公、八虎。
 高校生の彼は「早朝の渋谷はなんかいい」と言った。彼の友人は「ゴミ臭いだけじゃね?」と返し、八虎も自分の発言を隠すように茶化し、それに賛同した。


 この一連の会話。最後に茶化した八虎の気持ち。僕には身に覚えがありすぎた。自分の感性、思想、行動。それらは社会性や一般性が薄れるほどに自己との繋がりが強くなる。そして自分との結びつきが強くなればなるほどそれらは「自分自身」となっていく。故に「これらへの否定」は「自己の否定」となってしまい、結果として、”自身を傷つけたくない”という保身から自分を表現しなくなっていく…
 これこそが、私と八虎に起こっていた現象であろう。そして多くの人も感じたことがある体験なのではないだろうか。


 「好きなものを好きっていうのって…怖いんだな…」

 これは八虎のセリフ。
 本当に共感した。というか僕は自分の弱さに気づいた。今までずっと、好きなものを言わなかったのではなく、言えなかったんだと。そしてそれは自分を否定されるのが怖いからなんだ、ということを思い知った。

 主人公の八虎は「早朝の渋谷」を”絵に描く”ことで、友人に「自分の好き」を伝える。「自分の好き」が伝わると彼は ”[生まれて初めてちゃんと人と会話できた気がした。]”と語った。そして彼はこの体験をきっかけに、”自分”を”絵”で表現していく世界にのめり込んでいく…。

 僕はどうだろう?。絵ではなくても、「自分の好き」を人に伝えたことがあるだろうか。八虎が体験したような会話をしたことがあるだろうか。おそらくない。
 僕にもできるだろうか?。いや、やろう!やってやる!やってやりたい!

 この記事はその第一歩とする。




 

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