「屍人荘の殺人」は読んだ後に、記憶を消したいと思う小説である。

もしも記憶が消せるのなら、何度でも記憶を消して読み直したい。
この小説の”仕掛け”にまんまとハマって、その度に「やられた!」と悔しがり、中身を髄まで味わい尽くしたい。

ある意味、この小説−「屍人荘の殺人」−に出会ったことは幸運とも言えるし、同じような快感を二度と味わえないと考えると不幸とも言える。

筆舌に尽くしがたい高級料理などはお金があれば繰り返し味わうことができる。

ジェットコースターのようなアトラクションは、逆にそのスリルがわかっているからこそ何度も乗りたいと思える。

だけど、「屍人荘の殺人」は一回きりの強烈な刺激を与える恐ろしい本だ。

読了後、こんなにも気持ちが高ぶる推理小説に出会うとは思わなかった。
どれくらい高ぶっているかと言うと、自腹を切って100冊くらい買い占め、友人に配って「今すぐに読んで!」と迷惑がられながらも押し付けたいくらいだ。

まず、推理小説が好きな方には、是非読んでいただいて「こんなのあり!?」と同じように悔しくも爽快というよくわからない気持ちを味わってほしい。

名探偵コナンにも、古畑任三郎にも、シャーロック・ホームズも知らず、「別にサスペンス物とか興味ないんだよね」という方は他の推理小説は読まなくてもいいので、この本だけは読んでほしい。iPhoneを生み出したスティーブ・ジョブズはプレゼンテーションの天才と言われているけど、まさに彼のプレゼンを見ているかのように、全く飽きがこないので。

僕がこの小説に出会ったのは、たまたま友人のfacebookのタイムラインで、この小説を紹介する投稿を目にしたからだった。

“このミス1位だからって、簡単には買わないよ。でも、ちょっと立ち読みしてやるか。
からの、冒頭一行目スタート。
気がつけば10ページ読んでいてレジに並んだのでした”

そう呟く彼は、僕のようなただの本好きではなく、本気で小説家を目指している筋金入りの読書家。しかも、彼の投稿には、本格ミステリ作家クラブ会員であり、文芸出版の編集者もお勧めのコメントしているお墨付。

これは買うしか無いと思い、金曜日の会社帰りに買ったが最後、ページをめくる手が止まらずあっさりと読了してしまった。この小説のずるいところは、ちょっとでも内容に触れて紹介しようとすると、全部ネタバレにつながってしまうことだ。

小説の舞台は人里離れた別荘。この小説の大胆すぎる”仕掛け”によって外界との連絡を断たれることになるのだが、その”仕掛け”が予想の遥か斜めを行くのだ。さらに言えば、この”仕掛け”に対してなぜか納得感のある時代だからこそ、なぜか突拍子もない設定なのに受け入れられてしまう。

もし、この小説が50年前に書かれていたとしたら、アイデアと読者とのギャップが大きすぎて、逆に受け入れられない危険性すらあったのでは無いかなと思う。作者の今村さんがどういう経緯でこの”仕掛け”にたどり着いたのかはわからないけど、「プリンに醤油をかけたらウニの味になりました」みたいな常識にとらわれないアイデアの組み合わせは、本当に天才的だ。

1人でも多くの人に読んでほしいなと思う一方、この秘密を自分のものだけにしておきたいとも思ってしまうなんとも罪な小説である。

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