C・J・ゼッツ『インディゴ』奇妙なフィクション
クレメンス・J・ゼッツの『インディゴ』(犬飼彩乃 訳)を読んだ。
所感
ちょっと、いやとても、刺激的な本だった。最後の最後の記述に頭の中ハテナマークで読みながら書いていた読書メモを見返して頭を抱えた。すぐにペラペラと本をめくり直して答えを探すも見つかるのは手がかりとそこから広がるイメージばかりで肝心の答えは見つからない。
あらすじは国書刊行会HPから ↓
オーストリア北部にヘリアナウという全寮制の学校がある。インディゴ症候群を患う子供たちのための学園だ。この子供たちに接近するものはみな、吐き気、めまい、ひどい頭痛に襲われることになる。新米の数学教師クレメンス・ゼッツはこの学園で教鞭をとるうちに、奇妙な事象に気づく。独特の仮装をした子供たちが次々と、車でどこかに連れ去られていくのだ。ゼッツはこの謎を探りはじめるが、進展のないまますぐに解雇されてしまう。
その15年後、新聞はセンセーショナルな刑事裁判を報じる。動物虐待者を残虐な方法で殺害した容疑で逮捕されていた元数学教師が、釈放されたというのだ。その新聞記事を目にした画家のロベルト・テッツェルはかつての教え子として、ゼッツが手を染めたかもしれない犯罪の真相を追いかけていく。
あらすじを読んでまず不思議に思うのは登場人物に作者クレメンス・ゼッツの名前があることだ。作中のゼッツは同姓同名、経歴もそっくりでドイツ語版では著者プロフィールに作中ゼッツのプロフィールが掲載されている。もうそれだけで頭が混乱してゾクゾクわくわくしてきませんか。小説の構成は1人称形式のゼッツパート、3人称ロベルトパート、ゼッツがジャーナルに寄稿した原稿、診断書、手紙、何かの記事、本から引用コピーした昔話...etc.この小説はいろいろな形式で私たちを揺さぶってくる。
そして『インディゴ症候群』という病。生まれつきの病気で思春期から大人になるにつれて症状が消える?いや、本当のところ消えるのかもわからない。原因もわからないし何をもってインディゴ症候群とするか科学的な基準があるのかすらはっきりと語られていない。子供本人に特に不調は現れない。インディゴ症候群の子供に近づく人の体調が悪くなるのだ。お世話が必要な赤ちゃんや幼児、学校で集団生活を送るべき児童に近づくと吐き気やめまい発疹に苦しむ。これは想像しただけでも非常にやっかいな病気だとわかる。
その子に近づくと体調が悪くなるわけだから、家で普通の家族団らんもできないし普通の学校にも通えないので大抵はインディゴ症候群の子供だけを集めた寄宿学校に行く。そこに入ると今までは体調不良を与える側だった子も、他のインディゴ症の子に近づけば体調が悪くなる。だから学園生活も子供同士で距離をとって過ごしている。偶然にもコロナ禍の学校生活、特にコロナのことがまだよく分からず過剰とも思える対策をしていた2020年を彷彿とさせる状況だ。(ちなみに原書の出版年は2012年)
お互いのゾーンに入らないようにディスタンスをとって集団生活をしている場面を見ればコロナを連想する、コロナ禍を経験した私はもうそういう連想ゲームが頭の中に出来上がってしまっている。それと同様に、この『インディゴ』を読んでインディゴ症候群を知ってしまった私は、作中の言葉で言うと”ゾーン”的なもの、中心に近いほど濃く周囲に円状に広がって影響を与えるもののイメージ、なにかそういったものを見聞きするとインディゴ症候群を連想するようになる。
そして作者は意図的にインディゴ症候群とイメージが重なるものを本書のあちこちに仕掛けている。電球が発する光、核物質が放つ放射線...。もっと他には無いか、何と何が共鳴してくるのか、読み終えた後もあちこち探すようになる。
あれもこれも書き始めるときりがないので、とりあえずこのくらいで。
訳注も訳者あとがきも素晴らしかった!
『インディゴ』 刊行記念トークイベント
ゲーテ・インスティトゥート主催
『インディゴ』 刊行記念トークイベント
2021/07/03 (土) 19:00 - 20:30 JST
ゲスト:
著者 クレメンス・J・ゼッツ
訳者 犬飼彩乃
もう1ヶ月以上前の話になりますが、30ページほど読んだ状態でこちらの無料オンライントークイベントを視聴しました。刊行記念イベントということでネタバレもほぼなく、興味深いお話が聞けました。メモを取って聞いていたので、個人的に気になった装丁や本のつくりについてのお話を記しておきます。
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<著者のプロフィールについて>
通常日本の単行本では本のカバー折り返しや奥付に掲載する著者プロフィール。ドイツ語版はゼッツ氏の本来のプロフィールを載せておらず、小説に出てくるゼッツのプロフィールだけが記載されていたそうだ。訳者の犬飼さんと編集者で日本語版もそうするべきか検討したが、ゼッツ氏の日本での刊行1作目ということもあり、図書館など各種データ登録時に混乱が起きることを懸念して、日本語版のカバーには本当のプロフィールを掲載した。
ドイツ語版を製作するときもこの件でゼッツ氏は出版社と議論をしたそう。プロフィール以外では、ドイツの本は裏表紙にその本の批評を載せる慣例があって(日本でいうところの帯に推薦文みたいなものと推測)、自分で架空の批評家を名乗ってデタラメな悪評を載せようとした。が、出版社に止められてこのアイデアはボツになった。本屋で手に取って悪評が目に入ったら買ってもらえないから。
<ページ構成、多様なフォントについて>
この本にはたくさんのフォントが使われている。作中のゼッツが手書きしている箇所について、ドイツ語版では本当に手書き文字が使われているそうだ。日本語版は読みづらい特徴的な角ばったフォント。
へーベル暦物語からの引用部分――実際は引用ではなくパスティーシュ――はドイツ語版ではフラクトゥールを使用している。
ドイツ語版の装丁は作家でブックデザイナーのユーディット・シャランスキーさんが手掛けている。ゼッツ氏によると素晴らしい方でそれほど相談しなくともイメージを共有してつくることができた。
(シャランスキーさんの著書『失われたいくつかの物の目録』は2021年の日本翻訳大賞に選ばれたとのことでこちらも面白そう。)
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他にも犬飼さんが翻訳の際に意識したことなどもお話が聞けました。そのあたりの話は本書の「訳者あとがき」にも書かれている内容だったかと思います。
おわりに
『インディゴ』の世界と薄くシンクロしている今、2021年に日本語版が出版された偶然を考えると、2021年のうちに読むのがやっぱりおすすめ。そして電子書籍の検索機能を差し引いても、紙の本で読むほうがいいと思う。こだわりの装丁を堪能できることはもちろんのこと、部屋の中で本が目に入るたびにちょっとゾクッとなれるから。(カバーの隠しデザインがいい感じに不気味なのですでに持ってる人は広げてみよう!←翻訳者犬飼さんのtwitter投稿で気付いた。)
ゼッツ氏の過去作次回作の邦訳出版も期待!
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