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短歌連作

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短歌連作「庭のない家」

短歌連作「庭のない家」

庭のない家に暮らしぬ電話越し母に教わるおりがみの百合

解体の決まった都営住宅で自転車がまた一台減りぬ

おとなりの解体工事も順調でかなしく揺れる古いアパート

クスノキが伐られた跡にうつむいて歩く烏の羽は重たい

最後まで使わず捨てた鉛筆の分だけ書けぬ言葉に埋まる

あきらめが肝心だからと我に説く人が駆け出す青き点滅

朝のまま時の止まった家に着きセーターを抱く猫の代わりに

※短歌連作サークル

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短歌連作「名乗るほどでも」

短歌連作「名乗るほどでも」

芽吹くのは四月だからか白くないマスクをつけた朝の自意識

自分でもわかんないけどスジャータは記憶の中ではまだターャジスだ

五百円で売ってるブーケが去年見た袈裟とおんなじ配色である

ヤンマガはヤンジャンよりも水着度が高い表紙で好き(僕調べ)

いま行けば「お疲れ」とか言う羽目になるジェットタオルの音がしている

ピカチュウは名乗ったように鳴けるのに名乗るほどでもないままの僕

桃源郷と思う日もあ

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短歌連作「ないものはない」

短歌連作「ないものはない」

まず十字架を描く似ても似つかぬ似顔絵も最後は笑顔にできますように

台風の目の中の日は珈琲にミルクを落として混ぜないで飲む

少しだけ欠けてるカップを欠けたまま使って傷ができたっていい

君が言う「ストップ」を待つパルメザンチーズまみれになるワンルーム

たった今こころに穴が空いたのよちょうどいいから窓をつけよう

ひとりだと裸で歩いているようでぶつけた場所からくさってゆくね

春夏秋冬彩った永遠

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短歌連作「すぐ朝は来る」

短歌連作「すぐ朝は来る」

知っていて君は終電見送った 僕の瞬間最大風速

ふたりなら愚か者でもいいかって 二回、三回 まばたきをする

数センチずれたら触れるこの夜の分水嶺になる指と指

もう誰も叱ってくれない気づいたら下手になってた夜の口笛

醤油だけで五種類もある居酒屋で過去の話をしてばかりいる

太陽のまぶしさ それは苦しさにすこし似ていて瞼をとじる

始発ならとうに出ているカフェラテのハートをすぐに壊すくちびる

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短歌連作「海へ向かった電車があった」

短歌連作「海へ向かった電車があった」

「閉まります」が「閉めます」になる瞬間の車掌の声が嫌いではない

遅延した電車の中で顔よりも耳のかたちを記憶している

踏切で手をふっている子の笑みを知る由もない満員電車

平日の駅の階段下る時快音響くビーチサンダル

ため息と疲れた乗客吐き出して折り返していく片瀬江ノ島

夕立が海になるのを見届けて飛び乗る電車がやさしく揺れる

みずうみが傘の先から広がって溺れる前に探すつり革

街灯りどこにも

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短歌連作「町」

短歌連作「町」

祭神が誰かも知らぬそれでいて榊の絶えぬちいさな社

煙突のあるあおぞらが残ったままの銭湯跡地

区分けされ新たな家が四つ建つ 清水さんちは女湯あたり

大臣とあだ名されてた高台のお屋敷ですら解体らしい

鬼瓦いなくなったらもうすぐにちいさな家が次々と建つ

屋根という屋根を真っ赤に染めてゆくハートの女王みたいな夕陽

新築の家から夕餉が匂う夜 ここは昔は花屋だったよ

星なんか元々見えない あの家

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短歌連作「最初の晩餐」

短歌連作「最初の晩餐」

雰囲気で買い物をした助手席でアーティチョークのレシピを探す

ロマネスコ スワロフスキーに見えてきて躊躇いながら包丁入れる

インスタに私は不在 この世界バーニャカウダで溢れているな

泡立ちがより美しい方を君に シャンパーニュ越し揺れている笑み

魔法などいらぬ手のひらから散らすアクアパッツァに刻みパセリを

見慣れない君の荷物に囲まれてブルスケッタのトマトがひかる

カルパッチョを咀嚼する君「

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短歌連作「おかしなふたり」

短歌連作「おかしなふたり」

タルトタタンしあわせそうに食むあなたタルトタタンになりたい、今は

歌舞伎揚あなたがこぼすひとかけらラグにひそんで足裏を刺す

カスタード吸うように食うそれだってシュークリームに変わりない午後

八つ入り蓋を開けたら一つだけ残されているかたい赤福

サヴァランをあなたは食わぬ 引き留めておけない時をフォークでつつく

いつもよりぬるい気がするひとりきり銀座ですする胡桃汁粉は

アヲハタのピーチメル

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短歌連作「春を待つ」

短歌連作「春を待つ」

音のない午後にひかりがゆらゆらとつめたい雪見障子から降る

山茶花は涙をこぼすはらはらと冬空にもう別れを告げる

梅よりも早くさくらが咲くように天神様に祈る如月

雑踏に紛れるきみを焼き付けるコートの襟を立てた角度も

春色と君が言うから普段なら着ないタイプのワンピース買う

弁当に春をよびこむ桜色のたらこむすびに寄り添う菜花

いつぞやの押し花おちる夭逝の詩人の本からあふれでる春

猫が来てノッ

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短歌連作「湘南が遠くなっていく」(共作)

短歌連作「湘南が遠くなっていく」(共作)

 Twitterを通じてやり取りをさせていただいている小俵鱚太さんと一緒に短歌の連作を作りました。

Twitterでは上記のように6月に公開していたのですが、noteにも残しておきたいと思います。後書きなども含めたPDF版は★こちら★からどうぞ。
※当然、掲載に関しては小俵さん了承済です。念のため…。

◆小俵鱚太 ◇エノモトユミ
※最後の一首は上の句◆、下の句◇

   ◆

呑むだけでひとり

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短歌連作「新宿で惑う」

短歌連作「新宿で惑う」

南口で伊勢丹までの道筋を聞かれた私が迷ってしまう

紀伊国屋書店二階の窓側の温くて座れなかった椅子たち

ドコモタワーは観光地ではないことを英語で伝えられぬ夕暮れ

伊勢丹はマルに「伊」だからマルイだと笑った君は今どこですか

二丁目のラブホ帰りのひとたちと並んで食べた牛丼のシミ

独りきり過ごした予備校跡地にはボルダリングのカラフルな壁

多すぎる人が溺れる交差点 偶然君に巡り会いたい

新宿は

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短歌連作「君は不完全」

短歌連作「君は不完全」

背を向けているのに君の不躾な冷たい足にからまれる夜

聞きたくもない出来事を聞きながらなるべく温い言葉で返す

追い焚きのボタンを探すこともなく冷えるに任せ僕らは氷る

二度寝して浅い夢見る 太陽は照らすどころか雲に隠れる

眼を入れて髪を伸ばして顔を描く 完全体になってゆく君

玄関でギロチン台の音がした 電車は遅延しているらしい

※短歌連作サークル「あみもの」第十一号を改敲