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【読書】「源氏物語」アーサー・ウェイリー版(毬矢まりえ、森山恵姉妹訳)

大海の航海を終えた気分。
「あさきゆめみし」で大体のあらすじをとらえ、林望の現代語訳を読み、そしてこのアーサー・ウェイリー版全4巻を読了。

このウェイリー版によって私は、紫式部と同時代にこれを読んだ人たちが味わったであろう物語の世界感を味わうことが出来た。毬矢・森山の姉妹による「源氏物語」は他の誰の訳よりもあの時代の香りを纏っている。

約百年前のイギリスに忽然と現れたこの『源氏物語』は、たちまち文壇に旋風を巻き起こし、「世界の十二の名作のひとつ」と認められることとなった

源氏物語1 A・ウェイリー版(訳者あとがき 毬矢まりえ)


作家ヴァージニア・ウルフは

戦争と政治という二つの暴力から自由であったからこそ、日常のささやかな出来事―例えば、男が口にした言葉、女がはっきりとは口にしなかった言葉、魚が跳ね銀色の鰭(ひれ)をきらめかせるように、沈黙の水面を破る詩の言葉、ダンスや絵画、荒涼たる自然への愛、こうしたことのなかに人生の機微が現れ出たのです。それは人びとが安心して生きた時代だったから可能だったのでしょう。
それにしても美しい世界。恵まれた生まれ育ち、洞察力と遊び心を持った、このもの静かなレディは、完璧な芸術家だったのです

源氏物語1 A・ウェイリー版(訳者あとがき 毬矢まりえ)

とこの本を絶賛した。

第12帖「須磨」
自ら須磨に退去するゲンジに、ムラサキが詠む

「もしわたしの死があなたを一時(いっとき)でも引き留められるなら、わたしの身を差し出して、その一瞬を贖い(あがない)ましょう」
をしからぬ命にかへて、目の前の別れをしばしとどめてしかな

源氏物語1 A・ウェイリー版

その一瞬を贖いたいような恋をあなたもしたことがないだろうか。


第19帖「薄雲」
求めてやまなかったフジツボの死を悼み、ゲンジが嘆く心情

深草の野辺の桜し心あらば今年ばかりは墨染に咲け
          古今和歌集 上野岑雄(かんつけのみねお)891年作

源氏物語2 A・ウェイリー版


第49帖「宿木」
コゼリ(中の君)がウジを懐かしみ

「荒れ果てた村。けれどもその孤独は、喧騒の世のようにひとを刺し、傷つけることはない」
山里はもののさびしきことこそあれ世の憂きよりは住よかりけり
                       古今和歌集 読人しらず

源氏物語4 A・ウェイリー版

あなたの孤独は誰かを傷つけない。

第52帖「「蜻蛉」
ウキフネの失踪を悲しむカオル

「結局のところ我々は石でも木でもなく、肉や血もあるのだ。もし心をかき乱されたくなくば、美に近づくことなかれ」
人、木石にあらざればみな情あり
                               白居易

源氏物語4 A・ウェイリー版

川に身を投げたウキフネに、『ハムレット』のヒロイン、オフィーリアが重ねられる。

ジョン・エヴァレット・ミレー「オフィーリア」1851-1852

ウェイリー版の源氏の装丁はクリムトだが、蜻蛉がある巻はこの「オフィーリア」でもありだったろう。


第53帖「手習」
イモウト(妹尼)がウキフネを諭す

「時は過ぎゆくもの、喜びであれ悲しみであれ、同じ思いがそのままずっと続くことなど、この世にはありませんよ」

源氏物語4 A・ウェイリー版

源氏物語が織りなす登場人物の心情は、平安時代の人々のものだけではない、現代にも通じる。喜び、悲しみ、愛おしさ、恥、苦難、弱さ、そのどれもがそのどれかが、今の私たちに通底する。

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