思弁逃避行 01.のこり5%

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【01.のこり5%】

 炒飯の話である。誰しもが一度は食べた事があり、また戦った事のある、あの炒飯の話だ。

 店で食べる炒飯にはおおよそ欠点というものがない。だいたいが美味い。そして割と安い。しかも腹もふくれる。素晴らしいの一言だ。しかしそんな炒飯にも手のほどこしようのない欠点がある。

 「ごちそうさま」が一向に出来ないのである。

 ご存知の通り、炒飯は残りが5%を切ると途端に戦いが始まってしまう。そもそもなぜあんなにパラパラな炒飯を作っておきながら、あんなに平たい皿に盛ってやってくるのだろうか。そんなの掬いきれないにきまっているではないか。

 そしてこの戦いは一切終わりの気配を見せない。だが我々は皿からこぼすことなく炒飯を掬いきらなければならないのだ。華麗に、軽やかに、すいっと。

 まずは一旦炒飯をひとかたまりに寄せる。そしてそれに向けてレンゲを滑らせる。すると炒飯ははらはらと崩れ、レンゲから逃げていく。もちろん数粒程度ならばレンゲの中に炒飯を捉えられてはいるが、こんな量をチマチマと口に運んだところでそれは果たして食事と言えるのだろうか。もう一度やりなおす。

 そんな事を何度もくり返すうち次第に皿さえも炒飯をこぼさせるまいと横へ横へと伸びていくような錯覚を覚える。そしたら私もカニ歩きで炒飯を追い続ける。横へ横へと。皿に口をつけて直接かっこむだなんて反則は真似はけしてできないのだ。

 なんだか小学生の頃の掃除の時間を思い出す。ちりとりが終わらないのだ。

 ほうきで埃をちりとる。それだけのはずが終わらない。ちりとってもちりとっても埃は床とちりとりの境界に一本、埃の線を残す。そのためどんどん後退していく。気がつけば自分は教室のハジまで来ている。あの時のかんじだ、とカニ歩きで炒飯を追いながら思う。そういえばこんな風に永遠に後退している時、ふと同級生を見てみると、奴はその線を足ではらい、掃除を終わらせていた。私の後退はなんだったのか。泣きそうになる。なんなら少し泣いたような気もする。

 そんな事に想いをはせながらも炒飯を追っていると、向こう側から知らぬレンゲが滑ってくる。そのレンゲは私の5%の炒飯をすいっと掬いきってみせた。顔を上げると、目の前には私の炒飯を頬張る中国人がいた。そこでやっと私は、どうやらここは中国なのだと知った。私は炒飯を追って横へ横へと歩き続けたせいで本場まで来てしまったのか。カニ歩きで。

 やはり本場の人はすごい。あの炒飯を華麗に、軽やかに、すいっと掬ってみせるのだから。

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