第1247回「感動の話」

運が良い、運が悪いということはあります。

栗山英樹監督の出会いは、私にとってはとても幸運なことでありました。

野球についてそんなに詳しいわけでもありませんが、何故か思いがけずにこんな幸せに恵まれたのであります。

先日5月の末、円覚寺の夏期講座に栗山監督にお越しいただいて講演をしてもらいました。

円覚寺で栗山監督が講演する、普通であれば考えられないようなことであります。
予約は早い段階で満席になりました。

朝は強い雨が降っていましたが大勢の方がお見えくださいました。

とてもお忙しいご様子でありましたが、なんと私の講座からお聞きくださいました。

久しぶりに緊張したものでした。

世界一の監督が傍で聴いておられる前で話をするのですから無理もありません。

それでもどうにか自分の講演を終えて、栗山監督にお話いただきました。

その日、私が栗山監督から何度も言われた言葉がありました。

それは「ほんとうに私のような者が、円覚寺で話をしていいのですか」という言葉です。

「ほんとうに良いのですか?」

「野球しかしりませんよ」と何度も仰いました。

こちらとしては、栗山監督がお話くださる、それだけで有り難いことなのです。

栗山監督は熱く語ってくださいました。

まず私はそのお姿に感動しました。

WBC優勝の話が中心でしたので、おそらく監督は、この話を昨年の優勝以来、何十回もなさっていると思います。

しかし、まるで今回初めて話をするように新鮮で、しかも熱い思いの入れようで話をされるのです。

だからその熱意が伝わってくるのでありました。

あの大会中に右手小指を骨折した源田壮亮選手の話には改めて涙を誘われました。

これは昨年対談した折にも触れたことです。

監督は、源田選手を二試合は休ませましたけど、最後まで起用し続けられました。

昨年の対談の時の言葉を記します。

月刊『致知』の2023年十月号にある言葉を引用します。

「試合中に相手と交錯して小指が完全に逆に曲がってしまい、医師の診断は全治3か月でした。

心の底から一緒にやらせてあげたいと思っていたんですけど、ショートという大事なポジションですし、情に流されてはいけないと予かねて思っていたので、2日間考え抜いて、本人とも話しました。

その時、相当痛かったはずなのに、彼は最後まで決して「痛い」とは言わなかったんです。」と栗山監督は仰っていました。

私が「普通はとてもじゃないけどプレーできないですよね。」と申し上げると、

監督は「にも拘かかわらず、「できます」と。

だから聞いたんです。

「僕はファイターズの監督時代の10年間、自分のことよりも人のため、チームのためにすべてを尽くせる選手をつくりたかった。

でも、なかなかつくれなかった。源ちゃんはなんでそんなに強いの?」って。

そうしたら、源ちゃんがグワーッと号泣して、「監督、僕は今回、自分が出て日本のためになろうと思いました。

いままで日本代表に選ばれても、なかなか試合に出られなかったので、今回は僕で勝つんだと思って、ここに来ました。

この想い、遂げさせてください!」と言ったんです。その目は本当に信頼するに値するというか、並々ならぬ本気度を感じました。」

こんな心の震えるような話を監督が熱意を込めて話してくださったのでした。

感動しないわけはないのです。

更に更に感動したのは、なんといっても大谷翔平選手の話でした。

2016年日本ハムが日本一になった時の話です。

ソフトバンクは、2014年、2015年と日本一に輝いていてその年も11.5ゲームの差だったそうです。

そのチームに大差をつけられているのです。

栗山監督は、そんな状況で「何か大きなことをしでかしてやるぞ」と思ったそうです。

それが「1番、ピッチャー、大谷翔平」だったのです。

栗山監督の『信じ切る力』には次のように書かれています。

「ソフトバンクの本拠地で流れた先発と打順のアナウンスに、球場がどよめきました。

良かったな、と思いました。

これで勝ち切ったら何か意味があるな、と思ったのです。

選手たちがどう思ったのかはわかりません。

文句を言いたかった選手もいたかもしれない。

しかし、面白いと楽しんでくれたのだと思います。

こんなことが、本当にやれるんだ、と。」

と書かれています。

更に本には、

「とんでもないことだな、とみんな思いながら翔平を見つめていたら、もっととんでもないことが起きました。

初回の先頭バッターとしてバッターボックスに入った翔平は、いきなり初球を右中間スタンドに放り込んだのです。

ホームランを打ち、ゆっくりベースを回って、歩いてベンチに帰ってきました。そして、悠々とピッチングの準備を始めました。

この試合を2対0で勝利しました。

実は前日、翔平を呼んで僕は伝えていたのでした。

「明日、1番ピッチャー、大谷で行きます」

翔平は、ドラフト後の交渉のときのようにじっと黙って僕の話を聞いていました。

「まあ翔平、いろいろ言われるかもしれないけど、いきなりホームラン打って、ゆっくり帰ってきて、1対0で完封すれば、それで勝ちだから」

翔平はうなずいて、何も言わずに出ていきました。

そして、試合当日、「ホームラン打ってきまーす」
とベンチで僕に告げて、打席に向かったのです。ホームランしか狙っていなかった。
そして、その通り打ってしまう選手がいるのです。

やっぱり、本当に野球はすごい。

想像をはるかに超えることが起こるのです。

こういったことの中から、「これは何かが起こるぞ」というムードになっていた選手たちが、優勝することを信じ始めた。」

という話でした。

そして私がもっと驚いたのはそのあとの話です。

栗山監督はある映像を映されました。

それは大谷選手が黙々とバッティング練習をしている映像でした。

なにも不思議もない映像です。

しかし、それはその日本ハムが日本一になった年のクリスマスの日の映像なのです。

栗山監督は、日本一になるといろんな祝賀の行事が続き、十二月頃になるとようやく落ち着いて、クリスマスには家庭のある者は家族で過ごし、独身の者は彼女と食事したりするものだそうです。

それはそうだと思います。

しかし、その大谷選手がバッティング練習しているのはクリスマスイブの午前1時の映像なのです。

そんな時にも黙々と一人バットを振っている姿なのです。

あの華々しい活躍には誰にも及ばぬ努力をしているのだと分かりました。

ここまでやっているのなら、野球の神様も応援してくれて、良い運もめぐってくるのだと思いました。

感動のお話でした。
 
 
臨済宗円覚寺派管長 横田南嶺

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