第861回「プラムヴィレッジの方々と学ぶ」

ティック・ナット・ハン師というベトナム出身の仏教者がいました。

一九二六年お生まれになり、二〇二二年に九六歳でお亡くなりになっています。

私もその著作から多くのことを学ばせてもらいました。

ティック・ナット・ハン師はベトナムの臨済宗の僧でいらっしゃいます。

ベトナムを出て南フランスにプラムヴィレッジ・瞑想センターを設立し、多くの僧侶や在家の信者をご指導なされたのでした。

この度、香港・タイランドのプラムヴィレッジ僧院から十名の僧侶団が来日し、ティク・ナット・ハン師のマインドフルネスの教えを伝えてくださるというのであります。

五月の連休には、富士山麓で百名を越える方々が集まってリトリートをなさったとのことでした。

更に二泊三日で山梨県の韮崎で、日本仏教者とプラムヴィレッジの交流研修会というのが開催されました。

二泊三日で、今回のプラムヴィレッジの団長であるファップカム師の法話や、佐々木閑先生の講座、そして私も講師として招かれたのでした。

私は二日目の午後の講座でありましたが、朝のお勤めを終えてすぐに出立して、午前中の講座から参加させてもらいました。

韮崎の閑静なホテルが会場でした。

日本仏教者との交流研修会というので、仏教者の方の集まりかと思ったのですが、半分は一般の方々でありました。

まず、日本の禅宗とは違って、とてもゆったりとした、穏やかな雰囲気が流れていました。

日本の禅というと、緊張感、緊迫感がありますが、それはあまり感じません。

和やかな、ゆったりと解放された感覚なのであります。

これがとても新鮮でした。

まず控え室に通されるのにしても、プラムヴィレッジの方の歩き方は、ゆったりとした静かな歩みなのであります。

私などは、サッサと歩く癖がついていますので、反省しました。

私が参加したのは、歌う瞑想からでした。

歌うことが瞑想になるかと不思議に思ったのです。

歌を歌うことはお釈迦様以来僧に禁じられているはずであります。

しかし、ティック・ナット・ハン師は、ベトナム戦争で傷ついた人を癒すためにも歌を取り入れたということです。

手振りをまじえながら、呼吸のうたをみんなで歌いました。

「はいる、出て行く、深い、ゆっくり、静か、やすらぎ、ほほ笑む、手放す、今この時、すばらしい、この時」という歌詞です。

とてもゆったりとしたリズムで、息を吐いたり吸ったりします。

たしかにこれだけでも心が安らぐものです。

午前中はファップカム師の『マインドフルネス、戒律、喜びと幸せを生む実践』という法話を拝聴しました。

戒と律についてお話下さいました。

印象に残ったのは、五戒についての話なのです。

プラムヴィレッジの僧は皆二百五十の戒を守っておられるのですが、この五戒を大切になさっているのです。

五戒については、

不殺生戒 命あるものをむやみに殺さない
不偸盗戒 人のものを盗み取ることをしない
不淫欲戒 道に逆らった愛欲を犯さない
不妄語戒 嘘偽りを口にしない
不飲酒戒 酒に溺れて生業(なりわい)を怠ることをしない

の五つなのです。

これをプラムヴィレッジでは、五つのマインドフルネストレーニングとして説いています。

これが素晴らしいのです。

不殺生は、「いのちを敬う」です。

当日いただいた資料から一部を抜粋しますと、

「いのちを破壊することから生まれる苦しみに気づき、相互存在を洞察する眼と慈悲とを養い、人間、動物、植物、鉱物のいのちを守る方法を学ぶことを誓います。

私は、けっして殺さず、殺させず、自分の心と生き方において世界のいかなる殺害行為も支持しません。」

ということなのです。

それから、不偸盗は「真の幸福」です。

これは「搾取、社会的不正義、略奪、抑圧による苦しみに気づき、自分の心、発言、行動をもって寛容さを実行することを誓います。
私はけっして盗まず、他に属するものを所有せず、私の時間、エネルギー、持ちものを、必要とする人とわかち合います。」

という内容です。

それから不邪淫は、「真実の愛」です。

「性的な過ちによる苦しみに気づき、責任感を育て、個人、カップル、家族、社会の安全と誠実さを守る方法を学ぶことを誓います。

性欲は愛ではなく、貪りによる性行為は、つねに自分と相手を傷つけることを知ります。真の愛と家族や友人から認められた深く長期的なかかわりなしには、けっして性的な関係を結びません。
力を尽くして子供たちを性的虐待から守り、性的な過ちからカップルや家族が崩壊しないように防ぎます。」

という内容です。

そして不妄語は、「愛をこめて話し、深く聴く」です。

「気づきのない話し方と、人の話を聴けないことが生む苦しみに気づき、愛をこめて話し、慈悲をもって聴く力を育てます。

自分をはじめとして、人びとや民族や宗教集団や国家間に存在する苦しみを見抜き、和解と平和をうながすことを誓います。
言葉が幸せも苦しみもつくりだすことを自覚し、信頼、喜び、希望を与える言葉を使って、誠実に話すことを誓います。」

という内容です。

最後に不飲酒戒は、「心と体の健康と癒し」です。

「気づきのない消費によって生じる苦しみに気づき、マインドフルに食べ、飲み、消費することを通して、自分と家族と社会に心身両面の健やかさを育てていくことを誓います。

食べもの、感じ方、思い、意識という四種の栄養の消費のしかたを深く見つめる実践をします。

私は賭けごとをせず、アルコール飲料、麻薬の他、特定のウェブサイトから、ゲーム類、テレビ番組、映画、雑誌、書籍、会話にいたるまで、毒性のあるものはけっして摂取しません。」

という内容なのです。

戒というのは、良い習慣をつけることだと私はいつもお話していますが、五戒が実に素晴らしい習慣として説かれているのです。

そのあと、みんなで昼食をいただきました。

五観の偈を、五つの祈りという分かりやすい言葉で表現されていました。

これをとなえて、いただきます。

ティック・ナット・ハン師はご生前、日本のお坊さんは早く食べるので、ひとくち四十回くらい噛むようにと言われたらしいのです。

そこで、ひとくちひとくち箸を置いて、四十回を目安にゆっくり噛んでいただきました。

はじめの二十分は、完全に沈黙でいただきます。

二十分経つと、少し会話をしながらいただいてもよろしいのでした。

食事は食べる瞑想なのです。

そのあと、横たわる瞑想(トータルリラクゼーション)がありました。

約四十分ほどでした。

これはボディスキャンというマインドフルネスの方法であります。

これが実にゆったりと脱力できて、頭の中も空っぽになった思いでありました。

そうして私の講演が九十分、そしてプラムヴィレッジのファップカム師との対談と質疑応答が九十分で、合計三時間行いました。

明くる日には佐々木閑先生が、ご講義なさるとのことで、私が帰ろうとするとちょうど佐々木先生がご到着になってご挨拶だけさせてもらいました。

私は、わずか一日でしたが、プラムヴィレッジの方々とゆったりとした穏やかな時間を過ごすことができました。

私のところの修行道場でも今はゆっくり噛んで食事をするようにしています。

見習わないといけないと思うことも多く御座いました。

有り難いご縁でした。
 
 
臨済宗円覚寺派管長 横田南嶺

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