第1316回「はじめ塾 夏の合宿 其の一」

はじめて、小田原にあるはじめ塾を訪ねたのは、二〇二二年の二月のことでした。

まだコロナ禍の最中で、マスクをしての訪問でありました。

初めて訪ねた時の感動は、二〇二二年二月十日の管長日記で、

「涙ぐましいまで清められる感動の一日 – はじめ塾を訪ねて」と題して書いています。

そこには、はじめ塾のついて、

「ただいまのはじめ塾は、十五名の中学生高校生が寄宿生活をしています。

そのほかにも小学生から通いで来ている子供もいます。

食事を大切にしていて、お米もお野菜もすべて自分たちで作っているのです。

お茶も作っていました。

寄宿している生徒の多くは、それぞれの学校に通学しているのであります。

夏には、丹沢で一ヶ月合宿を行っているようで、そこで、薪でご飯を炊き、お風呂を沸かして過ごしているのだそうです。

まるで私たちの僧堂のようなところなのですが、決定的に違うのは、明るさであります。

みんなとにかく明るくて、元気で、素直で生き生きしているのであります。」

と書いています。

丹沢での合宿の話を聞いていて、是非その丹沢の合宿にも参加してみたいと思っていたのでした。

そこでようやく先日、はじめ塾の夏の合宿に一日参加させてもらったのでした。

これまたやはり、感動の一日でありました。

足柄の山北町という、山の中に合宿の場所がありました。

車で行ったのですが、まわりには家もなにもない、本当に山の中であります。

もともと民家だったとわかる母屋と、そのまわりにいくつかの家がございます。

民家だったところ以外は、皆で手作りで建てたそうなのです。

山で木を伐って、木の皮を剥いで、そして柱にしたとうかがいました。

九時前に着いたのですが、みなさんはちょうどまだ朝ご飯中でありました。

塾長の和田正宏先生のお出迎えをいただきました。

和田先生にうかがったところ、私たち円覚寺の者が来るというので、朝から丁寧に片付けをして掃除をしていて朝ご飯が遅くなったというのです。

母屋の障子がきれいに張られていて、昨日みんなで張り替えたのだそうです。

そんな話を聞いただけで有り難くなります。

はじめ塾のホームページには、合宿について、

「四季折々の自然環境や参加者の年齢に応じたバラエティに富む内容の合宿(神奈川県山北町にて)を実施しています。春の合宿では、野山を縦横無尽に駆け巡り、夏の合宿では、広い寮が小学生から高校生までの大家族の生活の場となります。また、冬の合宿では、受験に向けて勉強三昧の日々を送ります。小学3年生までを対象にした月に1度開催の親子合宿では、遊びを通して「勘」を養っています。」
と書かれています。

朝ご飯が終わって、はじめに私が少しお話をして短い坐禅をいたしました。

話をする前にお土産の鳩サブレーを配りました。

和田先生のお話では、普段は砂糖を使ったお菓子などは食べないのだそうです。

これは申し訳ないことをしましたと言うと、こうしてたまにいただくのはいいのです、みなとても喜びますよと言ってくださいました。

案の定、鳩サブレーがこんなに喜ばれたのは初めてでありました。

目の前に小学生がいて、一枚食べ終わると、私にまだほしいとねだります。

まだ余裕があったので、もう一枚ずつ召し上がってもらいました。

鳩サブレーだけで、その場の緊張がとれて和みました。

母屋の床の間に、掛け軸があったので、その軸の話をしました。

床にはきれいなお花が活けてあって、掛け軸には、

「今ここ、これ以上大切なものはない」と書かれていました。

名前は信二と書かれていました。

和田先生にうかがうと、十河信二先生の書だそうです。

十河信二先生というのは、国鉄の総裁で、東海道新幹線の建設実現に尽力された方であります。

この文字を説明しながら、まずみんなに質問しました。

鳩サブレーを食べおわって、今ここで何をしていますかと聞くと、目の前にいた子が、即座に「呼吸」と答えてくれました。

これには驚きました。

あれこれ、答えが出たところで、私が最後に「呼吸です」と言おうと思ったのが即座に答えられてしまいました。

そこから呼吸の大切さを話しました。

目の前のお子さんは、小学生から高校生までいらっしゃいました。

まだ幼い小学生にもわかるように話をしないといけません。

五十名ほどのお子さんたちです。

食べるものはどれくらい、食べなくでもだいじょうぶですかと聞くと、お水と塩をとっていれば三ヶ月という答えがありました。

これもしっかりした答えです。

では水を飲まないとどうですかというと、三日という答えでした。

では呼吸をしないとどうですかというと、三十秒だと答えてくれました。

もう少し頑張ってみたらどうかなと聞くと、一分くらいならという答えでした。

当たり前のことですが、呼吸はしないと、一分ほどでももう死んでしまいます。

では一呼吸は何秒くらいですかと聞くと、三秒という答えでした。

一分間に一二回から二〇回だと言われていますので、ほぼ正解でしょう。

ではこの呼吸を少し長くしてみましょうといって、まず三秒で吸って五秒で吐くというのをやってみました。

これは簡単にできましたので、三秒吸って六秒吐きました。

できれば五秒吸って十秒吐くくらいまでやってみたかったのですが、それくらいにして、簡単な体操をしてから少し坐ったのでした。

みなさんは毎朝六時に起きて岡田式静坐法をなさっているそうなので、坐ることには慣れているようでした。

そのあと、和田塾長の指示によって、午前中の作業が割り振られます。

朝ご飯の片付けの人、薪を積む人、そして茶畑の草を抜く人と三つが示されました。

それぞれ希望者が手をあげます。

片付けの人がちらほら、薪を積む人もちらほら、それでは畑で草を抜く人が多いのかと思うと、これもちらほら、最後に先生が聞かれた、何もしない自由にする人というのが圧倒的に多かったのでした。

これまた自由でおおらかで微笑ましいと思いました。

私は畑の草を抜くのに手をあげて、参加しました。

修行僧三人を連れてゆきましたので、一人は草を抜くのに加わってくれました。

あとの二人は子供たちと遊んでくれていました。

裏の茶畑にワラビが生えてしまい、それを引き抜くという作業でした。

茶畑といっても背丈ほどに大きくなったお茶であります。

ワラビもまたそれ以上に伸びているのです。

かなりの労働でしたが、私は最近原稿を書くことに追われていましたので、心地よく体を動かしました。

近くでは高校生と思われる青年が黙々と作業している姿があって感動していました。

汗びっしょり欠いて午前の作業を終えました。
 
 
臨済宗円覚寺派管長 横田南嶺

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