第1267回「真向法協会で講演」

真向法協会の令和6年度定時総会に合わせて行われた「健體康心」の集いに招かれて講演をさせてもらいました。

ちょうど龍雲寺で吉村誠先生の唯識の講義を聴いた後でありました。

吉村先生のご講義が午後3時までで、市ヶ谷にあるホテルでの講演が午後4時からでしたので、ちょうどよく移動ができました。

真向法協会の会長である佐藤康彦先生からの御依頼でありました。

真向法と私とのご縁は長く、まだ学生の頃、ある先輩の僧から坐禅をするには、この真向法を行うとよいと教わったのでした。

教わった頃は、体が硬くて特に第三体操の開脚などは、九十度も開かないし、前に傾くことなど全くできなかったのでした。

それでも一日一ミリで無理なくやればいいのだと教わって始めたものでした。

坐禅をするためによいものであれば、何でも取り入れようと思っていたものです。

長い間続けるうちに、第三体操の開脚も楽にできるようになったのでした。

真向法の創始者は長井津先生であります。

長井津先生は、仏教学者として高名な長井真琴先生の弟さんでいらっしゃいます。

長井真琴先生といえば、パーリ語仏典研究の草分けのような方であります。

佐々木閑先生は、その縁戚にあたるそうなのです。

長井津先生は、お兄様の真琴先生と同じく、福井県の勝鬘寺というお寺で生まれました。

真琴先生は仏教学者となられましたが、長井津先生は商売で身を立てることを志し、大倉組 (現大成建設・ホテルオークラ)の大倉喜八郎に仕えました。

若くして出世し膨大な財産をつくるまでに成功したそうです。

しかし、事業は成功しても一番大事な健康管理には何もしていなかったのでした。

そして四十二歳の時に脳溢血で倒れてしまいました。

命は助かりましたが、 左半身不随となり、お医者さんには不治を宣告されます。

そして職を失い、希望を失い悶々と悲嘆にくれていたそうです。

その前に奥様も亡くされていたのでした。

そんな時に、やはりお寺で生まれ育ったからか、ふとお経を読む気になったそうです。

勝鬘寺には 「勝鬘経」 というお経がありました。

勝鬘経に「勝鬘及眷属頭面接足礼」という言葉があります。

勝鬘婦人と一族従者達は、頭を仏の足に接して礼拝したという一節です。

この「頭面接足礼」から長井津先生は、真向法の第一体操を作り出したのでした。

更に長井津先生は、頭面接足礼を座った礼「座礼」とし、立ってやる礼「立礼」を考えられました。

そのもとになった動作が、神主さんの礼拝動作だそうです。

背筋を伸ばし、腰を丸めずに直角にお辞儀をする動作です。

第一体操を座って行ない、第二体操を立って行っていたそうなのですが、この動作を座って行うことになったとのことです。

これが第二体操です。

この体操を当初は「念仏体操」や「礼拝体操」として行っていたそうなのです。

それから更に第三体操や第四体操も加わって現在の四つの体操となっているのです。

真向法協会の佐藤康彦先生からは、四つの体操の心として、第一体操は感謝、第二体操は反省、第三体操は寛容、第四体操は自由だと教わりました。

私は体操としはもちろんですが、このひたすら礼拝に徹しようとされた長井津先生のお心に感動します。

それで今も感謝の気持ちをもって第一体操から四つの体操を繰り返して行っています。

講演会は、真向法協会の方々がお見えになっている会なので、皆さんとても姿勢が美しいのでした。

腰の立った美しい姿勢は本人も健康になりますし、見る人をもすがすがしい気持ちにさせてくれるものです。

そんなことをお話して、私と真向法との四十年来のご縁を話しながら、「自己を調える」という題で話をしました。

ちょうど入梅の頃でありますので、私の好きなお釈迦様の話から始めました。

お釈迦様がある時に、まだ修行を始めたばかりの弟子達を連れて旅をしていました。

ただでさえまだ出家したばかりですから、家族のことや故郷のことが恋しくなってしまいます。

その上途中で雨に降られて、皆だんだん気が滅入ってきました。

そこでお釈迦様は皆の気持ちを察して、雨宿りをしようと、途中である家に立ち寄りました。

ところがその家は雨漏りのする家でした。

そこでお釈迦様は雨に因んでお説法をされました。

「屋根を粗雑に葺いてある家には雨が漏れ入るように、心を修養していないならば、情欲が心に侵入する」と説かれたのでした。

これでは仕方ないと、更にもう少し歩いていって、また家を見つけて雨宿りをしました。

その家は雨漏りがしませんので、皆も安心して休みました。

そこでお釈迦様は「屋根をよく葺いてある家には雨の漏れ入ることがないように、心をよく修養してあるならば、情欲の侵入することがない」とお示しになりました。

『法句経』にあるこの教えを、友松円諦先生は

「そあらに葺かれたる屋舎に雨ふれば、漏れやぶるべし。かくのごとく、心ととのえざれば貪欲これを破らん」

「こころこめて葺かれたる屋舎に雨はふるとも漏れやぶることなし。かくのごとくよくととのえし心は貪欲も破るすべなし」と訳されています。

そんな『法句経』の詩を紹介して、いかに自己を調えるか、『天台小止観』にある二十五の方便をもとに話をさせてもらいました。

会場では、この度出版された帯津良一先生との対談本も販売してくれていました。

この対談本にも真向法の四つの体操が絵入りで解説されています。

四十年来実践してきて、その協会の総会で講演させてもらうという、実に有り難いご縁でありました。
 
 
臨済宗円覚寺派管長 横田南嶺

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