第1287回「ただ礼拝するのみ」

『法句経』の二〇四番に、

健康は最高の利得であり
満足は最上の宝であり
信頼は最高の知己であり
ニルヴァーナは最上の楽しみである

とあります。

これは岩波文庫『ブッダの真理のことば・感興のことば』にある中村元先生の訳であります。

健康であることは何より有り難いことであります。

禅僧は健康で長生きと思われることが多いようです。

たしかに、長生きのお坊さんは多いように感じます。

法然上人八十歳、親鸞聖人八十九歳、栄西禅師七十四歳、一休禅師八十八歳と長生きが多いようです。

もっとも一遍上人は五十歳、道元禅師は五十三歳というように、あるいは一糸文守仏頂禅師は三十九歳という方もいらっしゃいます。

長生きと思う禅僧ですが、膝を壊すことが多いように感じています。

やはり、これは長い時間坐るからだと思います。

思えば先代の管長もまた六十歳を過ぎてからは膝の不調を訴えるようになっていました。

膝を痛めるというのは、日常でもとても困ることであります。

私の知り合いの禅僧でも膝を壊したとか、膝の手術をしたという方がけっこういらっしゃいます。

幸い私は、まだ六十ということもあり、膝が悪いということはありません。

それでも膝を痛めないようにと日日気をつけています。

最近でも私よりもまだ若い僧で、膝が悪くて坐れないという話を耳にしました。

修行道場で、若い修行僧を預かっていますので、最近の修行僧が坐ることになれていないというのは、強く感じています。

お寺のお子さんでも、修行道場に入るまでは、ずっとイスの暮らしをしていたという方がほとんどであります。

修行道場に入って初めて正坐をするとか、坐禅するという体験をする者が多いのであります。

かつては外国の方に正坐をさせるのは無理だと言われていました。

それは今や、外国の方の話だけではなくなりました。

今のお寺のお子さんでもそうなのであります。

大学を出るまで一度も正坐も、坐禅もしたことがないというと、股関節が既に固まってしまっていることがあります。

股関節インピンジメントという場合もあります。

股関節インピンジメントというのは、股関節を形成している大腿骨や寛骨臼の構造的問題のため、股関節の周辺構造に微細な損傷や変性をきたす疾患であります。

これは、長時間の歩行や長時間坐ることによって痛みが強くなります。

変形性股関節症の初期病変の一つとも考えられていたものです。

そんな股関節の問題が、修行道場に入ってから気がつくこともあるものです。

かつては、修行道場では無理矢理でも結跏趺坐や半跏趺坐を組ませてじっと坐らせるようにしていたものです。

しかし、これはある程度坐った経験があれば、その苦痛に耐えて慣れてゆくこともあります。

しかし、股関節に問題があれば、これは無理でしかありません。

結跏趺坐というのはなかなか慣れないと難しい坐り方です。

特に股関節が十分に外旋しないと、足をももの上に載せると、膝を壊す原因になるものです。

膝というのはねじることができない関節なのであります。

それでも無理矢理坐らせていたものですから、運良く膝を痛めずにすんだ者もいますし、膝を壊してしまうこともあるのです。

この頃は、よくその点を考慮して坐るようにしています。

特に今まで全く坐ったこともない人に坐ってもらうには慎重になります。

よく股関節をほぐすように時間をかけています。

毎日時間をかけることも大事ですが、それを毎日毎日継続して一年二年とかけて行うことも大事なのです。

摂心の時になれば、必ず皆で真向法を行ったり、私も夕方三十分から小一時間かけて体をほぐすように体操をしています。

私も真向法を毎日行って四十年以上経ちます。

ほかにもいろんな体操、身体技法を習ってきました。

まだ管長になる前には、外に出かけることもほとんど無く、時間の余裕もあったので、毎週いろんな体操を教わっていました。

幸い沖正弘先生のもとでヨガを習っていた方がいらっしゃって、いろいろ教えてもらいました。

沖先生のヨガだけでなく、西式健康法の体操や、橋本敬三先生の操体法なども教えてもらっていました。

そんなことが今役に立って若い修行僧達に教えながら自分も行っています。

修行僧たちは素直に感じてくれるものです。

意外に西式健康法の毛管運動などがいいと喜んでくれたりします。

それから古来神道に行われていたという振魂や、それからスワイショウなども実によろこばれるものです。

昔から伝わるものの良さを改めて感じています。

その他にもいろんな先生方に体の使い方を教わってきましたので、その時その時に応じて修行僧と共に体をほぐしてから坐るようにしているのです。

西園美彌先生にはいろいろ学んできましたので、足指だけでもたくさん行うことはあるものです。

そうしますと、自分自身もとても無理なく快適に坐れるようになるのです。

その日に、修行僧の中で誰かに何をしたいかと聞いてみたりします。

腿の裏を伸ばしたいといか、肩甲骨をほぐしたいとか、股関節をほぐしたいとかいろんな要望がでます。

それに応じて今まで学んだことを思いつくままに皆と一緒に行っているのです。

苦痛に耐えるということにも意味がありますが、体を壊すまでやってしまってはもったいないことです。

毎月のイス坐禅ではそのように習ってきたことをあれこれ行っているものです。

毎回新しいことを教わって楽しいという声をいただくのもそんな次第なのです。

ただいまはイス坐禅もその一部が、YouTubeで公開されています。

「養生ソムリエ Dr.マシューのほろ酔い養生」という、諏訪中央病院の須田万勢先生のYouTubeで行ったものです。

これは三十分ほどにまとめたものです。

簡単にできますので、あれをご覧になって実習してみてとても効果があると言ってくださる方もいらっしゃいます。

そのYouTubeではテニスボールを使っていますが、テニスボールがなくても十分にできるものです。

他の小さなボールでもいいですし、ボールがないと、拇指球、小指球、踵で床を押すようにして踏んでもらえば十分なのです。

都内のイス坐禅では毎回いろいろ二時間かけて行っています。

修行道場でも股関節に問題があるようでしたらイスで坐るようにしています。

あるいは坐を組むこととイスとを併用して坐るようにしています。

そんな次第で体が固くても、坐ったことがなくても、じっくり時間をかけて坐が組めるようにしています。

修行道場に入った頃には、股関節が固くて、どうにも坐れないという者でも一年かけてほぐしてゆくと、素晴らしい坐相になるものです。

それくらい慎重にしないと膝を壊してしまうのです。

膝を壊すと、一生苦労することになる場合もあります。

やはり精進というのは無理なく長く続けることが大事であります。
 
 
臨済宗円覚寺派管長 横田南嶺

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