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毎日読書メモ(53)『旅する練習』(乗代雄介)

前回の芥川賞で最有力次点(受賞作は宇佐見りん『推し、燃ゆ』で、同時受賞も検討された)で、その後、三島由紀夫賞を受賞した乗代雄介『旅する練習』(講談社)を読んだ。

(物語の展開に踏み込むので、先入観なしに読みたい方はご注意下さい)

語り手である僕(小説家)は、小学校の卒業を前にコロナ禍で登校停止になってしまった姪の亜美と、我孫子から鹿島まで歩いて旅する企画を立てる。小学校時代からサッカーで実力を発揮していた亜美は、合宿に行った鹿島で合宿所の本を借りたまま帰ってきてしまったので、それを返しに行く、というのが旅の目的。我孫子から鹿島まで、利根川沿いをドリブルやリフティングをしながら進む。僕は立ち止まった場所で情景描写をする。

Google Mapに、我孫子駅から鹿島サッカースタジアムまでの徒歩ルートを表示させる。小説の中のルートは利根川沿いを主体にしているのでこれよりちょっと長くなるが、最短距離を行くのであれば、66.5km位、13時間40分程度。あんまり大きな起伏はないので、均等なペースで歩き続けるのであれば1日で歩ける計算。ウルトラマラソンの心得があれば、ゆるいジョグで進んで、12時間以内では到達可能。

そこを、僕と亜美は5日かけて進む。

3月9日は我孫子から手賀沼沿いをゆっくり進んで僅か1駅、天王台駅前で泊まる。

3月10日は天王台から木下(きおろし)まで。

3月11日が一気に長く、木下から佐原まで。ここまでのペースを考えるとありえない距離。

3月12日はお天気が悪くて1回休み。佐原で過ごす。

3月13日は佐原から、小見川を経由して神栖まで。

3月14日に神栖から鹿島まで。旅の終わり。

手賀沼では文士村に行って志賀直哉や武者小路実篤の足跡をたどり(原田マハ『リーチ先生』でも手賀沼の様子が描かれていた)、その先は柳田國男の足跡をたどる。鳥についての造詣も深く、目にとまる鳥たちの描写も丁寧。僕が書きつける風景描写の末尾に、亜美のリフティングの連続回数の数字が入る。

亜美は川沿いの道をドリブルしながら進む。旅の途中で出会った、大学を卒業して就職する予定のみどりさんと同行し、3人の会話は様々な方向に膨らむ。テレビアニメ「おジャ魔女どれみ」の歌詞をきっかけに、自分自身の生き方の指針を得るエピソードや、みどりさんが鹿島アントラーズのファンとなったきっかけなど、示唆するものは多い。

旅の情景、僕が描いたスケッチ以外の光景も美しい。コロナ禍のとば口にあったわたしたちの、ちょっと不安で、でも敵がどこにいるのかわからない状況が、不思議な懐かしさと共に提示される。

そして、美しい旅の終わりは、書きぶりが大きな不安をかきたてる。他の読み手の方が「禁じ手」と怒ったこの小説の最終的な構造、わたしも、この小説をこんな風に終わらせる必要があったんだろうか、と疑問を持つ一方で、僕は、ゲーテの『ファウスト』のように、「時よ止まれ、汝はいかにも美しい」と、旅の終わりでつぶやいてしまったのだろうか、と思ったりもした。ほんの2ヶ月後に旅の行程を再訪した僕が、振り返って描く光景を見ると、そのいかにも美しい光景のところで、時が止まってしまったのかもしれない、と思わざるを得ない。

いつか、この『旅する練習』の行程を、自分の脚で確かめてみたいな、と思った。旅する読書だ。


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