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山崎ナオコーラ『浮世でランチ』(毎日読書メモ(351)

引き続き山崎ナオコーラ読み進め中。『浮世でランチ』(河出書房新社、現在は河出文庫)は、『人のセックスを笑うな』(文藝賞)でデビューした山崎ナオコーラの第2作。『人のセックスを笑うな』をしゅるしゅると読んだ後、この小説を飛ばして、第3作の『カツラ美容室別室』を読んでいるのだが、当時の自分にはあまり響いていなかった。『人のセックスを笑うな』と『カツラ美容室別室』は芥川賞候補になっているのだが、自分の読後感もいかにも芥川賞候補になりそうな小説、というものだった。
『浮世でランチ』は野間文芸新人賞を受賞している。野間文芸新人賞はいいぞ。村上春樹『羊をめぐる冒険』、島田雅彦『夢遊王国のための音楽』、伊井直行『さして重要でない一日』、芥川賞とってなくても素晴らしい作家輩出(野間文芸新人賞と前後して芥川賞を受賞している作家も結構いるけど)。山崎ナオコーラは芥川賞などものするものぞ路線を突き進むこととなった(結果論)。

丸山君枝の現在と中学時代のエピソードが順番に語られる。
(1)で勤めていた会社を辞める直前のエピソード
1 で中2の新学期、不登校気味の友人犬井を家まで迎えに行くエピソード
(2)でタイに渡る。
2 で神様について考える。
(3)でペナン島に行く。
3 で「宗教ゴッコ」をする。
(4)でマラッカに行く。
4 で神様と文通し、ウサギの赤ちゃんのお葬式を執り行うことになる。
(5)でバトパハ、クアラルンプールに滞在の後ミャンマーに向かう。
5 で犬井の家の宗教部屋が解散となり、丸山は新田と仲たがいする。
そして(6)で丸山は新田と再会する。何故、もっと好きだったタカソウやミャンマーに来ようと思うきっかけをくれた犬井でなく新田?、と話の展開に笑う。
6 でミャンマーに行くために学校を去る犬井との別れ。
(7)で、日本に戻って再就職した丸山の、ちょっとした変化。

(1)から(7)まで、過去も現在も通して、丸山の頑なさの物語。自分の価値観がきっぱりしていて、忖度とか同調圧力とかそういう気配から全力で逃げている。自分が好きだ、と思った人には歩み寄っていくが、それ以外の人から示された好意は受け入れられない。宗教ゴッコの仲間たちは、小説を読んでいるとこんなにかけがえのない関係があるだろうか、と思える輝きを感じさせてくれるが、それも、丸山の中では受け入れがたいものが沢山あり、関係性は少しずつ歪む。

会社を辞めて東南アジアを放浪しながら、誰とも関係性を育まない、と決めた会社の中で、最後にたった一人、仕事とは関係のない会話をするようになった三上に、丸山は絵葉書を送り、インターネットカフェでメールを送る(まだSNSの時代ではないのだ)。三上からの返信メールの文面に苛立つ丸山、苛立ちを表明したメールを送ろうとして、

自分のメールを読み返すと、胸がザワザワする。つまりは、違うんだ。この文章は、私がミカミさんに伝えたいこととは違うんだな。思った通りに書いたつもりなのに、通じさせたいこととは違うんだ。デリートキーを押した。返事をするのを止めにして、席を立つ。

p.115

ここで、丸山は変わった気がする。他人が何を考え、どのように自分に干渉してこようと我関せずで通してきた、その方針全体が転換するわけではないし、忖度もしない。
でも、それとは違う、自分が大切にするといいであろう何かを、今までも気づいていたかもしれないが目を背けてきた何かを、丸山は直視することにしたようだ。
自分の「好き」だけではない世界。
これは丸山の変化を喜ぶ物語ではない。譲れないものがあるのは大切なことであるが、他に見るべきものもある、という気づきの一つのエピソードだった。


#読書 #読書感想文 #山崎ナオコーラ #浮世でランチ #河出文庫 #野間文芸新人賞 #ミャンマー


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