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下巻を読んでから上巻を読んだ、白石一文『松雪先生は空を飛んだ』(毎日読書メモ(497))

白石一文『松雪先生は空を飛んだ』(上下・角川書店)を読んだ。どこかの週刊誌の書評を見て面白そうと思った、というか、白石一文は基本的に全作品読んできた。ずっと読み続けられる程度の刊行量というのもあるし(年に5作も6作も出るのでは付いていききれなさそう)、こんな変わった作風の人は他にいない、という興味も、2000年の商業デビューから20年以上ずっと持続している。読みながらふんっ、男の身勝手小説、と毒づき、近年特に傾向が顕著になってきた神秘主義的展開にもクラクラするが、それぞれの作品に作者の主張があり、それを具現するための身勝手と神秘主義、なのか。
前作『道』(小学館)(感想ここ)が、絡まり合うパラレルワールドを扱う、SF的な作品だったのに対し、今回は「空を飛ぶ」というファンタジー的設定で、現代社会の課題を解決しようとする、全く違った趣向。

さて、わたしはこの本を図書館で予約して読んだのだが、うっかり、上巻下巻順番で来る設定にしておらず(当初、下巻の順位の方がずっと低かったので、別に順番予約なんてしなくても上巻の順番が先に来るだろう、と高をくくってしまったのが敗因だった)、はっと気づいたら、先に下巻が届いてしまったのである。たぶん、順番予約している人を飛ばして、下巻を単独で予約している人に先に順番が回ってきてしまったのね...。しばらく様子を見ていたが、貸し出し期限までに上巻が届く見込みがなかったので、諦めて下巻を先に読む。結局1ヶ月くらいたって、上巻の順番が来て、借りてくると一気読み。後半を知っていて読む上巻って、予想外に爽快感が大きかった。

上下巻とも、両巻の各章の名前が明記してあり、それは登場人物の名前なのだが、
上巻
第一話 銚子太郎
第二話 糸杉綾音
第三話 常見得次郎
第四話 高岡純成
第五話 甲田果林
第六話 堀田政子
下巻
第七話 大神松之
第八話 果林と太郎
第九話 銚子寛道
第十話 串原新司
第十一話 松波勘太郎
第十二話 山下桜子
第十三話 晴子
第十四話 泰成と龍平
となっている。
各話でその章のタイトルとなっている登場人物の歴史や他の人との結びつきが丹念に描かれるが、実は、主要登場人物なのに巻の名前になっていない人もいるし、恣意的にじっくり描かれていない人もいる。
そもそも、タイトルロールの松波先生が章名になっていない。松波先生は、千葉県の佐倉で、高麗塾こまじゅくという、学童保育とも学習塾ともつかない私塾を開いていたが、昭和45年12月、8人の高弟を集め、彼らに空を飛ぶ秘伝を伝授して、その後姿を消す。その後バラバラに生きていた8人は、いつか松波先生と再会できることを望みながら、松波先生が予言していたように、人との縁の薄い、寂しい人生を送っていた。
下巻から読んでも、作者の性質で、説明的に上巻で描かれたエピソードが緻密に語られるため、途中からメモをとりはじめ、そこにエピソードを書き込みながら読んでいると、思ったほど理解は難くない(実際に上巻を読んで、そういうことかー、って納得するところも勿論あったが)。8人の高弟の飛行能力に救われた人、飛行の瞬間を見てしまったため、見られた飛行者がそれまでの生活を捨てて出奔してしまってその行方を捜している人。ヒントとなる、第2次世界大戦中の落下傘部隊で、飛行能力をチラ見させていた将校は、思いがけないルーツを持っていた。
ご都合主義にすら見える深い縁が、老若男女の登場人物たちを少しずつ近づけていく。そして松波先生との再会(勿論初めて会う人も沢山いたが)、そして、世界を変革させる、建設的な未来への足掛かり。
とったメモを何回も見返し、誰と誰がいつ絡みを持ち、それとは別の場面で別の人とどう絡んだか、読み終わってからも確認。松波先生と8人の高弟(まるでイエスと弟子たちみたいな)に、それ以外の人の名前も数えると35名以上。大混乱。そこはかとない悪意とか犯罪的行為は、後に浄化され、登場人物たちの間にはモラルに欠けた行動はそこそこあっても、悪意とか敵意は表きっては出てこない。飛行は人類を救うのか、という、やけにファンタジックで大局的な問い、そしてそれはコロナ禍をも救うのか?

ふわっと空を飛べると幸せだろうなー、と思う。
その幸せを世俗の幸福と引き換えにしても?

読んでいない人には全く理解して貰えそうにない不可思議な世界観、作者はどんな風に届けたかったんだろう。手を変え品を変え、作者はどこへ向かっていくのか。
みんなが、ふわっと飛べれば、それが幸せ、そんな世界がやってくればいいのに、と思いつつ。


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