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メアリー・アニング

(5年まえの記録を発掘したものです)

2014年5月21日のGoogleロゴが、メアリー・アニング生誕215年を祝うものだった。それ誰? 化石採集者? She sells sea shells by the seashore.という早口言葉(マイ・フェア・レディを思い出しますな)のモデルの人なんだって。ふーん、と思っていたら、友達が彼女の伝記がある、と教えてくれたので、図書館で借りてみた。
ヘレン・ブッシュ『海辺の宝もの』鳥見真生訳・あすなろ書房(かつて別の出版社で刊行されていたのが絶版になっていたのを、2012年に再刊したらしい)
アニングの伝記は、Wikipediaに結構きちんと書かれていて、基本の筋はその通りだったのだが、読んでいると、彼女が暮らしていた南イングランドの海岸沿いでは、あたかも、大した苦労もせず化石がざくざく拾えたような印象である。彼女の住んでいたライム・リージスという村は、ジュラシック・コーストと呼ばれている、ジュラ紀の地層が露出した海岸らしい。
父に教えられ、化石採取の方法を学んだ、11歳位の少女が、父の死去で生活がたちゆかなくなった家計を、拾った化石を販売することで立て直す、という筋立ては、ある意味驚きである。小さい女の子でなくても誰でも化石を採取してきて、売ることなんてできそうじゃね?
そこが時代、というか、貧しい人は化石拾いに血道を上げる余裕はなく(家具職人だった父も、安息日の日曜日に、楽しみにちょっと小遣い稼ぎを兼ねて化石を探しに行っていただけで、メアリーの兄も家具職人の修業があり、化石をそうそう探しには行けなかった。メアリーはお金がなくなり学校に通えなくなったので、自分ひとりで化石を取りに行き、家の前で売るようになったのだ)、逆に上流階級の人は、海辺でびしょびしょ、どろどろになって、力仕事をすることをよしとはしない。化石採取はニッチな商売だったのである。
当初「変わり石」(これって英語だとなんだろ?)と呼んでいた、アンモナイトなどが封じ込められた石を、大英博物館の学者に「化石」と教えられ、自分の作業が学術的に価値のあることであると知り、ますます熱心に丁寧に働くメアリ。自分用に取っておいた大切な一番立派なアンモナイトを留守中に母が村一番のお金持ちに売ってしまうが、家の壁の目立つところに埋め込んで、いつでも見られるようにしてくれることに慰めを見出す。安息日に泥んこになって化石を掘ることをよしとしなかった母の気持ちとかも、『赤毛のアン』や『大草原の小さな家』に出てくる日曜日の描写に通じるものを感じたり。
系統だった学問をおさめていない、10代前半の少女が、イクチオサウルスの化石の最初の発見者となり、その後、プレシオサウルスやプテロダクティルスも発見。こうして、200年もたって、Googleのロゴにもなる。
好きこそものの上手、を、たんたんと描いていて、妙に感銘を受けたのであった。
今でもデボンの海岸に行くと、化石採掘できるらしいです。見てみたいものです。

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