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『ランチ酒 おかわり日和』(原田ひ香)(毎日読書メモ(267))

この1週間ちょっと、力いっぱい『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を読んでいたので(夜更かしして読了した日は、一晩寝て起きても肩が凝っていた。寝てもまだ力を入れていたのか)、今日は通勤のお供に原田ひ香『ランチ酒 おかわり日和』(祥伝社)を読んでみた。中央公論新社が、ずっと原田ひ香『三千円の使いかた』(中公文庫)を推していて、しょっちゅう新聞2面や3面のサンヤツで『三千円の使いかた』の単独広告を出しているので、とりあえず他の原田作品を読みながらじりじりと『三千円の使いかた』にアプローチして行こうかと。

で、読み始めて、すぐ、自分が借りてきたのは『ランチ酒』の1冊目でないことに気づく。続編が出ているのを知らなかった(ちなみに現在全部で3冊出ている。『ランチ酒』『ランチ酒 おかわり日和』『ランチ酒 今日もまんぷく』、いずれも祥伝社、『ランチ酒』は文庫化されている)。でも、物語の前提は最初の章できちんと説明され、連作短篇で登場人物はかぶるが、1冊目の『ランチ酒』で出てきた「お客さん」の続編的な物語はなく、この本の中だけで前の物語に出てきた人が次の話でまたちょっと出てきて、というかぶりはある、というようになっていて、この本だけ読んでも話が見えなくはならないように気を付けて書かれている。

主人公犬森祥子いぬもりしょうこの職業は「見守り屋」。夜、顧客の家等を訪れ、寝ずの番をする、という便利屋。家事や育児や介護などはしない。ただ、寝ないでそこにいるだけ。
でも、おまけ的に朝ご飯を用意してあげて喜ばれていることも。
仕事の終わる時間はまちまちだが、一晩寝ないままで仕事を上がった解放感とテンションの高さを、祥子は食べること、一杯飲むことで増幅させる。

食べるシーンの見事さがこの小説の魅力。読者がみな、食べたくて食べたくてたまらなくなる表現力。

脂ののった鰯を口に入れると、その脂はさっと溶けるようでした。生臭さなんてほぼないし、身が柔らかいからとても軽いんです。でも、私はそのほんの少しの生臭さと脂を忘れないうちに、というか、追いかけるようにして冷酒を飲みました・・・・わずかな脂がさっと流されて・・・・すごくおいしかった

pp131-132

タンが、表面だけこんがり焼けてきた。わくわくしながら、箸でつまみ、レモン汁にたっぷりつける。まずはそのまま一口。
ー柔らかく、でも、噛み応えと旨みもしっかりあるタンだ。これはおいしい。
残りのビールを一口でぐびっと飲んでしまう。思わず、テーブルのボタンを押して店員さんを呼んでしまった。(中略)
焼きあがった肉に改めてたれをつけて頬張る。
焼き肉だ! 久しぶりの焼き肉だ。
うーん、と舌も脳もうなっている。脂と甘みという人類を堕落させる、究極の毒の味。
ーうますぎて、いかん。なんか、もう頭がくらくらしてきたぞ。

pp205-206 

全部で10のエピソードが出てくる。見守り屋の仕事をあけて、整理のつかない気持ちをおさめようと、旨いものを丹念に探し、メニューをじっくり見て食べるものを選び、それに合う、そしてお昼どきでも提供してくれる酒を躊躇なく注文する。
心意気が気持ちいい。
見守りに行く人たちがそれぞれに悩みや苦しみを抱えているのと同様に、祥子にも、離婚したとき夫の元に残り、滅多に会えない娘との関係とか、色々悩む惑うことがある。経済的に安定しているとも言い難く、そんなに贅沢は出来ない中で、どうしても食べたくなったものを食べに行ったり、目に入ったら食べずにいられなくなったものを注文したりする。

表紙の絵(agoera)も魅力的だが、これは静岡のハンバーグの名店の絵だ。勿論ビール付き。ということで、この物語に出てくる店とメニューはどうやら架空のものではなく、名前が伏せられているだけで実在するらしい。焼き鳥丼、角煮丼、スパゲッティーグラタン、ハンバーグ、寿司、焼き小籠包、水炊きそば、ミルクセーキ、サンドイッチ、焼き肉、からあげ丼、豚骨ラーメン、寿司。それぞれに気持ちよく飲むランチ酒。
出てくる人出てくる人屈託だらけなのに、祥子が美味しく食べ、飲み、それを言語化しているのを読むだけで、行ってみたくてたまらなくなり、読んでいるこちらは元気になっていく。
美味しいもののことを考えるだけで、人は元気になれる、そういう場合もあるな、と思いつつ、みんなが美味しいものを食べたいだけ食べられる世の中になればいいのに、と祈る。

#読書 #読書感想文 #原田ひ香 #ランチ酒 #おかわり日和 #今日もまんぷく #祥伝社 #三千円の使いかた #agoera


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