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藤岡幸夫『音楽はお好きですか?』(毎日読書メモ(297))

指揮者・藤岡幸夫の『音楽はお好きですか?』(敬文舎)を読んだ。書き下ろしだが、朝日新聞関西版の連載エッセイやファンサイトで書いている文章などを補筆したり拡張したりしたものもあるとのこと。子ども時代の思い出、どういう風に指揮者を志すようになったか、教えを請うた素晴らしい指揮者たちとの思い出等、読みどころ満載。
子どもの頃、トスカニーニが振る「椿姫」のLPレコードを聴いて、指揮者になる、と決めた時、両親が、中学受験をすること、剣道を習うことを課し、慶應義塾中等部に入学して剣道部と器楽部を兼部して、ピアノとチェロを習い、中等部でも塾高でもオーケストラで指揮。その際に小林研一郎に師事、父親には、コバケンさんが賞をとった34歳までは面倒を見てやるから、それで芽が出なかったらあきらめろ、と言われたとか。
ちなみに藤岡さんのWikipediaの「人物」の項目は、この本に準拠した内容が大半。
渡邉暁雄(暁は本当はもっと複雑な字)さんの最後の愛弟子として知られ、カバン持ちとして全国の演奏会について歩き、様々なことを学ぶ。渡邉さんが亡くなった日に、ご家族の通夜の席で、最初の弟子たちだった山本直純さん、岩城宏之さんが口ジャミしてくれる「悲愴」を振ったという思い出は、師を送る最高の儀式だったのではないか。
亡くなる直前に、渡邉さんが、弟子入りした日に藤岡さんに言ったことを覚えているかい、と問いかける。

「指揮者なんて商売は、仕事柄いろんなことを言われる。でもキミは、決して人の悪口を言っちゃいけないよ。悪口は人間だけでなく音楽を汚くする。君は悪口を言われる側の人間になりなさい」

p.119

このスタンスが、ずっと彼の中で貫かれているのだということを感じながら読み進める。

この本は、藤岡さんがこれまでに出逢ってきた素晴らしい音楽家たちから学んだ多くの体験が書かれているが、綺羅星のごとき出逢いの数々に驚きはするものの、自慢話のようには見えない。大変華やかというか派手な印象の方だけれど、渡邉さんをはじめとする多くの先達に学んできた謙虚さがこの本の中にも充ちている。

思い出話と並行して、藤岡さんが好きなクラシックの名曲の幾つかのバックグラウンドの解説があり、結構わかりやすい。研究者にとって、作家論と作品論は別物、という研究スタンスもあるが、指揮者として、音楽作品を体感し、それを再現するにあたっては、作家がどういう境遇の元、何を考えてその音楽を作ったか、ということを理解して取り組むべきだ、という態度がこの本の中の解説の数々の中にはっきり表れている。
文章は「なのです」か「!」で終わっている文が大変多く、やや単調だが、素直な書きぶりに好感が持てる。クラシックの裾野を広げるために何をすればいいか、を考えて活動していることがわかる。

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