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『流されるにもホドがある キミコ流行漂流記』(毎日読書メモ(304))

引き続き北大路公子を読んでいる。『流されるにもホドがある キミコ流行漂流記』(実業之日本社文庫)は、文芸WEBマガジン「ジェイ・ノベル・プラス」に配信されていた連載「このページは現在作成中です」に2014年6月~2017年2月に掲載された原稿を補完して文庫化したエッセイ、というか流行漂流記。
これまでに読んできた昔から今にいたる北大路公子作品を思い出せばわかるように、流行とかトレンドとかから一番離れたところにいるのは、本人ににも読者にもよーくわかっていることで、そんな彼女に「流行」をテーマとした文章を依頼する時点で、編集さんだって出版社だって、その時点でのはやりものを北大路さんに紹介してもらおうとは思っていないだろう。ただ、知りたいのは「流行り」について、どんな局面から眺めることが可能かという可能性だ。
北大路さん本人だって、トレンドワードがあれば、それをググれば概要くらいすぐわかるってことは知っている、読者だって知っている。でもそんなことをする必要はない。どう受容するかは本人の自由だ。
書き出しがとても好きだ。

「流行」という言葉は、いつも私に深い水底を思い起こさせる。冷たく澄んだその水底に、私は一人膝を抱えて座っている。寂しくはない。ゆらゆら揺れる水草を眺めたり、小石の陰に隠れた蟹と遊んだり、水底は静かで穏やかだ。
そんなわたしの頭上を時々、さっと影がよぎる。「流行」だ。「流行」は水面近く、太陽の光を存分に浴びながら、キラキラと通り過ぎていく。今度のあれは何だろう、と私は思う。食べ物? 人の名前? 健康になるもの? 便利になるもの? かわいいのか薄気味悪いのかわからないもの?
ぼんやり見上げる私に、「あれは、もにゃもにゃだよ」と誰かが教えてくれる。おお、ご親切にありがとう。でももにゃもにゃの部分がよくわからない。水底は音がこもって、うまく聞き取れないのだ。

pp.4-5

その昔、パソコン通信を始めたときに、初めて会議室に書き込みをしたわたしは、自分がまるで井戸の底にいるような気持ちになった。井戸の底でひとりつぶやきながら、空を見上げて、誰もこんなところでわたしがつぶやいていても気づかないよね、と思っていた(喩えが「井戸」になるのは村上春樹の影響だと思う)。
わたしの場合は発信したものが誰にも届かないと思う諦念。北大路さんのは、上から降りてくるものをどう受容するかのとまどい、で、向きが反対だが、どちらもそこには静かな孤独がある、ように思えた。勝手に共感してごめん。

最初に出てきたトレンドワードが「かっさ」と「キヌア」、かっさは最初の稿で瞬殺され、キヌアは「ものすごく鳥の餌っぽい穀物だった」で瞬殺されるかと思ったら、忘れたころに(賞味期限切れ直前に)試食会が行われた。
最新型体重計との闘いは3回にわたって繰り広げられ、「日経TRENDY」のヒット予測ランキングは、独自のコメントと共に読み解かれ、その1年後には本当にヒットしたかの答え合わせ編が掲載されている。トレンドワードの一つであった「北陸トライアングル」(2015年のヒット予測だったので、北陸新幹線開通に絡むワードが登場していた)は、実際に北陸に行って状況を見るが、その前に丁寧に考察し、それの答え合わせとしての旅行記が付与されている。東京スカイツリーは2012年に開業しているので、この連載時点では超イン、とは言えないが、取材旅行で登り(高所恐怖症なので、切子硝子の装飾の施されたエレベーターについては、「このデザインのもっとも優れたところはガラス張りではないところだな」と、登りでも下りでも言及)、翌日はNHKスタジオパークでテレビ小姑っぷりを全開にする。
昔から「おすしでハロウィン」という回転寿司店のコピーに驚愕するエッセイを何回か書いていたが、この本の中ではハロウィンを擬人化、それも太宰治の有名作品の主人公になぞらえて、ハロウィンの日本文化への定着を描き切っている。
地元北海道ネタでは、朝ドラ「マッサン」でブームが来たニッカウヰスキー余市蒸留所の「愛の館」っぷりを詳細に伝え(ここはちょっと本当に流行り物の紹介っぽいぞ)、「北海道どさんこプラザ」(アンテナショップ)の高売れ行き商品をこんな商品知らない、と言いながら食べてみる。
ガラケーからスマホへの切り替え、切り替え後に遊んだ「ねこあつめ」も「ポケモンGO」も、こういう付き合い方も出来るんだな、と、ユーザーの眼を開かせてくれる。いやでもガラケーでもスマホでもみだりにお風呂に持ち込んでテレビとか見ていると危険ですから(確信犯ではなく結果論であることが原稿から読み取れる)。
担当編集者との世代ギャップが、相良直美の名前を出したら、「それ誰ですか」と言われてしまったところで露呈した、というのに禿同。相良直美は、たぶん、1960年代以前に生まれ育ったことを証明するバロメーターだよなー。
水面を流れて行った流行たちがすべてどこかの岸辺に打ち上げられてひからびても、北大路さんはきっと水の底で蟹と戯れながら(ちょっと宮沢賢治の「やまなし」っぽい)、射した光にきらめく言葉たちをちらっと眺めて暮らし続けるに違いない。幸あれ。

他の北大路公子作品の感想:石の裏にも三年 キミコのダンゴ虫的日常 最後のおでん 枕もとに靴 頭の中身が漏れ出る日々 いやよいやよも旅のうち 生きていてもいいかしら日記

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