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今村夏子『星の子』(毎日読書メモ(449))

最近あんまり毎日じゃない毎日読書メモです…。

今村夏子『星の子』(朝日文庫)を読んだ。今月は『あひる』を読んで(感想ここ)、『むらさきのスカートの女』を読んだので(感想ここ)その流れで、ってか、今村夏子は作品数が少ないので、これで『こちらあみ子』を読み返して、今年出た『とんこつQ&A』(講談社)を読んだら、ほぼ終わり?...あ、そんなことない、『むらさきのスカートの女』の前後に『父と私の桜尾通り商店街』(角川文庫)と、『木になった亜沙』(文藝春秋)がある。大切に読もう。
基本的に短い作品が多い今村夏子、ちょっと長いのは『星の子』と『むらさきのスカートの女』くらいだ。でも、どちらも世界観はしっかり構築されていて、矛盾を感じたり退屈を感じたりすることなく読み通せる。

『星の子』の主人公、ちひろは、一種の「宗教二世」である。両親が「金星のめぐみ」と呼ばれる宗教的なものを信仰するようになったのは、父親が職場の同僚に貰った「金星のめぐみ」の水を飲んだことで、病弱だったちひろがすっかり元気になったことがきっかけだった。すっかり「金星のめぐみ」に傾倒した両親は、何もかもを寄進し、住む家はどんどん小さくなり、食事も粗食になり、頭の上に水を含ませたタオルをのせ、貢献あらたかな水を信じて生きている。
ちひろは、すっかり疎遠となってしまった親戚の法事に行って仕出し弁当を食べるとその美味しさに、次の法事を待ちかねるような思いになるほど粗食な日々を送り、修学旅行も、親戚がお金を貸してくれなければ行けなかったほどである。文房具も、新品は買ってもらえず、家に残っていた使いかけの日記帳の余白にノートをとっていて、幼児期の自分の体調(便通とかの回数まで書き込まれている)を見た同級生に笑われたりしている。
しかし、幼少時から、自分を救ってくれたもの、として見ている「金星のめぐみ」のふるまいはちひろの一部となっている。それに対し、姉のまーちゃんは両親の信仰にずっと批判的で、親戚のおじさんと共謀して両親の目を覚まさせようするが果たせず、とうとう家出してしまう。
ちひろと両親の世界は狭く、しかし「金星のめぐみ」の集会で社交的になる。ちひろには両親の信仰に対する拒否感はなく、集会にも行き、そこで会う他の子どもたち(みな2世か)とも親しく付き合う。
一方で、「ちょっと変」な自分の環境には自覚的で、中学校の同級生にはいじられ、片思いをしていた数学教師(ハンサムだが呆れる位俗人的)には無神経にディスられたりする。同じ中学に通っていて、やはり「金星のめぐみ」の集会に来ている女の子の変幻自在ぶりに戸惑いを覚えたりもする。
境遇に対して不満はなさげ(法事が間遠になっていって、精進落としの料理を滅多に食べられなくなるのはショックそうだが)だし、親戚に、両親から引き離してあげようかと持ち掛けられたのは即断で断っている。一方、自分の将来に対してはそこはかとない不安がある(しかし両親から逃げ出すことが、自分の安定した将来につながるとはつゆほども思っていない)。他者との接触による、自分の立ち位置のゆらぎを感じさせる場所としての中学校が、そういう、宗教的な要素とは別に、誰でも学校生活の中で感じたことがあるような違和感や疎外感、残酷さや切なさの場として、胸に迫ってくる。
たぶん、ずっと天真爛漫に学生生活を送れた人なんていない。それぞれの葛藤、他人に理解して貰えないと思う苦しみ。理解してほしいこと、見られなくないこと、恥ずかしいこと、誇らしいこと、そうした要素が、ちひろの主観で描かれていて、信仰とか宗教がモチーフにはなっていても、それらはこの小説のメインテーマではない。
文庫版は巻末に今村夏子と小川洋子の対談が収録されているのだが、物語のラストはもっと悪意が強すぎたのを、編集の方と相談して今のかたちにした、というエピソードが語られていて、この物語は一応完結はさせてあるけれど、結末が大切なのではなく、この先に向かってずっと開いている物語なんだな、と感じた。
ちひろにとって、この物語の終着点の部分は全然終着点でなく、すべてが未来へと続いていくのだが、とりあえずその瞬間には星の光があり、愛情がある。ちひろに迷いがあっても、それはその瞬間の問題ではない。とりあえず降り注ぐ流れ星を見つめていればいいのだ。

『星の子』は2020年に映画化されていて、読んでいて、どうしても主演女優の顔が頭に浮かんでしまいがちだったが、やはり、そういう先入観なしに読める方が読書としては幸せだよなぁ、と思う。なので、ここではキャストについては書かない(でもすごく適役だと思う)。

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