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毎日読書メモ(163)山本文緒追悼:『あなたには帰る家がある』

追悼、と思って山本文緒を読もうとしても、家の中に見当たらない。例えばこの『あなたには帰る家がある』が集英社文庫になった、1998年頃、身近に図書館がなかったので、絶対買って読んだと思うのに、いったい何処へ行ってしまったんだろう。わたしの記憶にある『あなたには帰る家がある』は、タイトル画像に使った集英社文庫の花びらのような表紙だったが、現在売られている角川文庫版は女性のイラストになっているようだ。

かなり長い小説で(文庫で438ページ)、2組の夫婦がどのように交差していくかを濃密に描いている。同居の舅姑、息子たちの言い分も物語展開に必要なだけきっちり描かれ、職場の人や友人や実家の親の考えていること思っていることも書き込まれ、元々接点のなかった佐藤家の夫と茄子田家の妻がやむにやまれぬ激情に駆られ不倫に突き進み、それが破綻していく過程をきっちり描いている。それぞれの言い分が身勝手で息苦しくなるし、どの人の考え方にも共感が持ちにくい。いい人、のいない小説。いい人はいないけれど、悪人もいない。一番やなやつ、と思っていた登場人物が最後で予想外の度量を示して、いい人みたいな感じで物語が終わるところも可笑しい。

前に読んだときの記憶がすっかり飛んでいて、必死にページをめくって、みんなの行く末を追いかける。結婚するために彼氏に安全日と偽って妊娠し、会社を辞めて専業主婦になったのに、主婦としての生活に全く馴染めず、保険の外交員になる真弓の、生保レディとしての学びの過程とかもリアルで面白い。営業所長の年収を聞いて、わたしも所長のようになりたい、と憧れる無邪気さ、身勝手な鈍感力。対比する綾子のお勤めに出たこともなく、大家族に囲まれて家事をしていれば一番幸せ、みたいな、ちょっとねじが抜けたような多幸感はカタストロフィへの伏線なのか。女性のキャリア(と分ける時点でなんか前時代的だが)のロールモデルとなる人がいなくて、それもまた時代なのか、と思ったり。

そして25年たつってこういうことか、と思ったのが、例えばテレビ番組を見ながら、録画できる番組は1つだけだったよね、とか、子どもが遊んでいるファミコンのゲーム名とか、ポケベルとか(1994年発表の小説なのに、PHSや携帯電話を持っている人は一人も登場しなかったな)、逆に「セクハラ」って言葉は存在していなかったねぇ、とか。何よりあったあった!、と思い出したのがバイオリズム。なんか意味なく流行っていたよね、何も役に立たないのに。今Wikipedia見ると「疑似科学」って書いてある。で、生保の営業で、あなたのバイオリズムお調べします、と生年月日を聞き出し、聞き出した生年月日でその人の入っている保険の検索をして営業に使ったり、なんてことが書いてあって、おお、「個人情報」って言葉もなかった(或いは人口に膾炙していなかった)時代がすぐその辺にあったのだねぇ、と感慨にふける。

構成がしっかりしていることにあらためて感嘆。そしてあとがきに、結婚披露宴に出席するのが好き、と書いてあり、「どんな形であれ、誰でもが誰でもの幸福を祈っているのだ。私はそう信じている」と書いてある、性善説的見地に、作品の着地点を見た気がした。破滅や破綻を嗤うための小説でなく、生きる希望のための小説なのだ。

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