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エッセイ:どっきり体験集(1)~(10) 6.体に二つあるもの

 高校生の頃、生物の授業で「体に二つあるものは、一方が使えなくなっても、もう一方が補ってくれることが多い」と教わったことがある。このことが後の私に大きな関わりを生じるとは、夢にも思っていなかった。

 大学二年の秋、痛みがあるわけではないのだが、お腹が膨らんできた感じがするのと、生理が2ヶ月に3回は多すぎる気がして、自分の体に異変が起きているのではと、校医室を訪ねた。東大医学部教授の校医が、私の訴えを聞いて、生理不順は若いからまだ安定していないせいだろう。お腹がふくれた気がするのは、便秘かもしれないから、運動するようにと答えてくれた。

 その忠告に従って、朝夕、女子大の寮の外の運動場を、歩いたり跳んだりしばらくしてみたが、よけいに悪化した気がして、思い切って近くの病院の内科へ行ってみた。

 台の上に横になった私の腹部をひと目見て、医師が「お、これはすぐに手術だ!」と言った。え? と仰天! 寮監に相談に帰ると言うと、医師にこう言って脅された。「走らずそっと歩け。体内にできた袋の管(くだ)がねじれるか、袋が破裂する恐れがある」毎日運動していたなんて、とんでもないとも言われた。

 寮監に同伴されて、念のため別な病院でも調べてもらったが、やはり同じ診断で、私は倉敷の自宅へ帰り、倉敷中央病院に入院、手術を受けた。

 「左卵巣のう腫」とかで「余分な袋ができていて、水が3. 2キロも入っていたが、良性だった、ついでに右側の虫垂も取っておいた」と執刀医師が、説明してくれた。 (この虫垂切除がよけいなお世話だったらしく、3年後、左側ではなく、虫垂を取った側の、右腹部癒着の腸閉塞を起こし、2度目の開腹手術をすることになり、ひどく体力が弱ってしまった)

 水3. 2キロとは、赤ん坊ひとり分を抱えていたようなもので、道理でお腹がふくらんで、重たい気がして、笑うたびにスカートのホックが、はじけ飛んだはずだ、と納得した。その話を見舞いに来た親友に話すと、彼女も心配になってきた、最近お腹がふっくらしてきた気がする、と言い張って、診察を受けに行った。「お菓子の食べすぎです!」と医師に、きっぱり言われたそうな。

 母は手術のことは、だれにも秘密にするよう、私に厳命した。親戚にも盲腸の手術で通したらしい。嫁入り前の娘に傷がついて・・と、やきもきしていたようだ。私の方は、もう何人にも話しちゃった、とこっそり首をすくめただけで、別に気にしてはいなかった。

 それでも帰京して後、寮の近所の内科の診察を受けた時に、卵巣ひとつでは、子どもは望めないかも、ホルモン療法を始めませんか、と言われたのには、すこし動揺した。

 その療法で、効果はどのくらいですか、と問い返すと、30% か40%かなと言われたので、即、お断りした。筋肉注射を何年もの間、何度もするというのに、効果が低すぎると思った。

  その時、思い出したのだ。高校で教わったあの言葉を!左卵巣がなくても右があるもの、何もしなくても大丈夫、と。目、耳、手、脚、肺、腎臓・・そして卵巣も二つあるのだ!

 大学に戻ってから、校医の教授に報告に行くと、診察もしないで、忠告だけしたのはまずかった、申し訳ない、と何度も頭を下げられた。

 それから4年後結婚し、1年経たないうちに、思いがけなく、未熟児の〈双生児〉が生まれた。それもなんと〈男女の双生児〉だった。一族のだれにも、数世代さかのぼっても、一度も双生児誕生の記録はないのに・・。右の卵巣はりっぱに頑張って、左の分まで卵を二つ、同時に送り出してくれたのだ。やっぱり二つあるものは補ってくれるのだ、と確信した。

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