短編小説 「片想い」
1人でたまたま飲みに出かけた先に今にも泣き出しそうな女がビールを飲んでいた。
小洒落たバーのカウンターの端にいる女にバーテンダーはおしぼりを渡した。きっと乾いたハンカチは無かったのだろう。
女は受け取ると小声でありがとうと言い、おしぼりをカウンターに置いた。
俺は女の2席離れた場所に座り、タバコを出した。バーテンダーは灰皿を出してくれた。俺はビールを頼み、タバコに火を着けた。
「ねぇ、私にも頂戴。」
女は俺の方を目を真っ赤にして見てきた。恐らく明日この女は目をパンパンにして仕事に行くんだろう。
俺はタバコを女に差し出した。女は1本取り出すと俺のライターを勝手に取って火をつけた。
すると女は盛大に咳をした。
「あーあ、1年振りにタバコなんか吸うからですよ。禁煙してたんじゃないですか?」
「なんか無性に吸いたくなって。」
女は途切れ途切れに言った。
「タバコ吸う僕が言うのもなんですがせっかく1年も吸わなかったんですからこのまま辞めた方がいいですよ。」
「これが最初で最後。」
女は俺の方を見てありがとうと言った。するとビールが俺の前に出てきた。
「お兄さんもビール?乾杯しよ。」
女はそう言うと俺の隣に席を移して勝手に俺が持ってるグラスに乾杯をしてきた。
「お兄さん優しいね。」
「別にそんなことないよ。」
「でも不思議だと思わない?タイプはどんな人?って聞かれたら優しい人って答える人多いじゃん。だから好きな人に優しくされると凄い嬉しいのに、その人が他の人にも同じように優しくしてたら物凄い嫉妬するの。」
「お姉さんも優しい人がタイプなの?」
「そりゃ優しいのが1番じゃん。他に思いつかないし。」
嫉妬は独占欲だ。俺も正直どんな人がタイプ?と聞かれたら少し迷うだろう。今もきっと上手く言葉にする事はできない。
「私ね、好きになった人にはいつも恋人がいるの。変でしょ。告白されてなぁなぁで付き合った人もいるけど結局1年もったことなんてなかった。」
女はそう言いながらビールを喉に流し込んだ。そして深いため息をついておかわりとバーテンダーに空いたグラスを渡した。
「そんで今日も私が今片想いしてる人が恋人と一緒にいるところを見て撃沈して飲みに来たの。なんで片想いってこんなに辛いんだろ。片想いしてる時が楽しいって言ってる人意味分かんない。」
そういえばいつだったか聞いた事がある。女の人にはアドバイスするよりも話をひたすら聞く方がいいと。ただ俺も大して経験が豊富な訳ではないからアドバイスなんて到底無理なのだが。
「片想いかぁ。」
「お兄さん今好きな人いる?」
今まで俺の方を向いて話さなかった女は急に俺の目を見てきた。一瞬とだけドキッとしてしまった。
「今は好きな人はいないかな…。」
「そっか。」
女は再び視線を下に戻した。何故か少しだけ鼓動が速くなった気がした。女の顔をよく見るとどこか儚い雰囲気がありつつも綺麗な横顔をしていた。
あぁ、これが一目惚れなのだろうか。女の言った事が少しだけ分かった気がした。
奪いたくなると同時に女がボソッと呟いた名前を聞いて俺もまた叶わない恋をしそうになってるのだと気がついた。
好きと思えば思うほど後戻りできなくなりそうで怖くなった。
俺はせめてもの慰めとして女の飲み代も含めてバーテンダーにお金を渡してお店を後にした。
帰り際の女の顔が忘れられない。
END
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