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Q 法改正によって、簡単に開示できるようになりましたか?

A 簡単になったとは言えないと思います。

解説いたします!
法改正がなされた際には、被害者救済ということが声高に叫ばれましたので、読者の皆様のの中には、改正によって被害者救済の方向に強く進み、開示請求が簡単になったとお考えの方もいるかもしれません。

ところが、必ずしもそうではありません。私は、開示請求が簡単になったとは言えないと考えています。そう考える理由は複数あります。

1 IPアドレスの開示の範囲が狭くなったこと
⑴ 旧法下の対応
法改正前は、開示が認められるログイン通信の範囲について明文の規定がなく、実務上、たとえばX(旧ツイッター)社に対する開示決定を得た場合、X(旧ツイッター)社が保有している数か月分のIPアドレスがすべて開示されていました。そのため、開示された複数のIPアドレスの中から、投稿者の特定に成功する可能性が高そうな通信を選んで、アクセスプロバイダに対する発信者情報開示請求訴訟を行う、ということができました。

⑵ 新法下の対応
これに対して、新法では、開示が認められる通信の範囲について明文化されました。そこでは、
①アカウント作成通信、
②ログイン通信、
③ログアウト通信、
④アカウント削除通信

の4つの類型が定められるとともに、これらの通信について無制限に開示を認めるのではなく、これらのうちで、侵害情報の送信(誹謗中傷の投稿を行った際の通信のことです)と「相当の関連」を有する通信のみが開示の対象になることが定められました。

そして、この「相当の関連性」の定義については、原則として、開示請求の相手方であるコンテンツプロバイダ(X社などのことです)が保有している中で侵害情報の送信(誹謗中傷の投稿を行った際の通信のことです)と時間的に最も近接する通信1つになると説明されています。
そのため、ログイン通信については、多くの通信の中で、誹謗中傷と最も近接した一つのみが開示の対象になる、ということになり、旧法下のような対応をすることができなくなりました。

⑶ 小括
このように、新法下では、開示されるログイン通信の範囲が狭くなったため、この面では、旧法下よりも投稿者の特定が難しくなったように思います。

⑷ 私見
私は、法改正のうち、この部分には強く反対しています。⑴記載のとおり、法改正前は、ログイン通信の範囲について明文の規定がありませんでした。(これは、プロバイダ責任制限法が制定された当時は、X(旧ツイッター)に代表されるような、コンテンツプロバイダが投稿時の通信を記録せず、ログイン時の通信のみを記録するようなサイトが想定されていなかったためです。)
そのため、旧法下では、明文の定めのないログイン通信を手がかりにして開示請求を行うことができるのかが激しく争われました。
裁判所は、当初は、明文の規定がないことを理由に、ログイン通信の開示に消極的でしたが、次第に、コンテンツプロバイダの情報の保有の仕方によって被害者救済が一切否定されることになるのは妥当でない、等の被害者側弁護士の主張を受け入れるようになり、①誹謗中傷と最も近接したログイン通信に限って開示請求を行うことが許される、という考え方を取るようになり、最近では、さらに進んで、②誹謗中傷を行った者とログイン通信を行った者が同一であるならば、誹謗中傷の前後を問わずログイン通信によって開示請求を行うことが許される、という方向に舵を切り始めました。
私も、複数の事件で、②の考え方の判決を獲得し、被害者救済にとって意義深いことができたと喜んでおりました。

しかし、今回の法改正のうち、ログイン通信の範囲を明文化した部分は、②の考え方を否定して①の考え方に戻るものであって、被害者救済の流れと逆行するものと思います。

2 権利侵害の要件は変わっていないこと
旧法下では、発信者情報開示が認められる要件として、「侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らか」ということが要求され、たとえば名誉毀損であれば、①名誉を毀損することに加えて、②公共の利害に関する事柄でないこと、③公益目的でないこと、④真実でないことについて、被害者側が立証する必要がありました。そして、これについては別のQで解説しますが、これらの要件はかなり厳しいものとなっています。

そして、新法下でも、この要件は緩和されたわけではなく、そのまま維持されています。そのため、旧法下では開示が認められなかった投稿が、法改正によって急に開示が認められるようになるということはありません。

3 新制度が必ずしも使いやすいものでないこと
法改正によって導入された新しい制度として、「提供命令」というものがありますが、これについては、一部の大手サイト管理者が制度に従わないことや、提供命令に従うように強制的に求める手段がないこと、サイト管理者が提供命令に従わない限り裁判所も期日指定をせず、審理が始まらないこと、仮にサイト管理者が接続プロバイダの情報を提供した場合でも、サイト管理者がIPアドレスなどの情報をなかなか接続プロバイダに提供せず、催促を繰り返しているうちにログ保存期間が過ぎてしまうことがあること等の問題点が指摘されています。

4 まとめ
このように、法改正によって、ログイン通信についてはむしろ開示の範囲が狭くなったことや、権利侵害の要件については旧法下と変わらないこと、新制度が必ずしも使い勝手のよいものでなく、結局は旧法下の仮処分という制度が使われることが多いこと等の事情からすると、法改正によって投稿者の特定が簡単になったとは言えないと考えています。

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