小さき者へ/重松清(その7)


青あざのトナカイ。

序盤に出てくる
こんなはずじゃない」思いつづけていたのが、いつしか「こんなはずじゃなかった」と過去形に変わり、いまは「しょせん、こんなものだったんだよ」と薄笑いを浮かべるしかない。
という描写が刺さる。

一所懸命にやって負けちゃったんなら、仕方がない。わかってはいても、ほんとうに一所懸命ちゃんと精一杯やったのかな、とか。あのときああしていたら、こう考えていれば、もう少し上手くいっていたのに、とか。
タラレバばっかりなのはわかっているのだけれど。
どうしたって時代や人、街のせいにしたくなるのが人間の性なのかな。
とかいってまた、「自分」じゃなくて「人間」のせいにしてる。

そんな私だから、35歳の主人公にも感情移入してしまうのかも。
でもさ、主人公は最後の最後には、ちゃんと自分の気持ちに折り合いをつけて、現実を見据えて、歩み出す。
片や私ときたら。
疲れて転んで倒れて寝転がって、何年このままでいるの?
ゆっくりでいいとか少しずつとか言ってくれる人たち、優しいしありがたいけど、やっぱり私はフツウよりも上でいたかったよ。
なんだかほんとうに、青あざだらけで、でもあざがあることに安心している気がする。
なんなんだろうなあ。

本に戻ります。

商店街の重鎮が亡くなった。
酒屋の旦那。若旦那だって、もういい歳だけど、まだまだ「若」なんだと思っていたら、突然、「若」がとれた。
オドオドする暇もない。元「若」旦那の息子はまだ中学生のはずなのに、茶髪で、遊び慣れた風体。
勝負をしてそう簡単に勝てるようには見えないが、商売のスタイルをサラっと変えてしまいそう。でも元「若」旦那はそこを羨ましいと思うのかも、とか。

結局ないものねだりなのかなあ。








今日はお昼すぎに利用した駅のトイレに携帯を置き忘れました。
30分後に電話をしたら、駅事務室に届けられているとのこと。
こういう時だけ日本っていい国って思う。いや、美味しい日本食を堪能しているときも、かな。
公共交通機関の混み方はほんとに最悪だし、電車内の通話が白い目で見られるのもほんとに意味わかんないけど。
晩ご飯は手羽元を揚げてメタボな味付けにしたものにします。

おやすみなさい。

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