愚公移山
愚公移山
春は嬉しいばかりでもない。
会社員にとっては、異動の季節でもある。
トントンと静かなノックに、待っていた私は、「はーい!」と元気よく、ドアを開けましたが、真面目君は「失礼します」とぼそぼそとうつむき加減で。
まだはっきり決まった話ではなく、私としては本人の気持ちを聞きたい。万が一にも本人が嫌がるのであれば、話は進めないつもりだった。
開口一番、彼は、
「あの、、いつか、異動はあると思っていました。
なーさんに、現在の部署に移して頂いて、僕は幸せでした。真面目に一生懸命勤めてきました。」
真面目で律儀で神経質で完璧主義の彼は、この部屋に来るまでの間に、先読みして、異動かと憂慮しているようで、私は自分の考えをストレートに話してみることした。
「あなたに来て頂いたのは、まだ上に話していないのです。
今朝、夫から電話がありましてね、もし、あなたが了承してくれるのであれば、部署は現在のまま、しばらくの間、夫の補佐をしてほしいという話です。
相棒みたいな感じかな。あなたの分析力がいつも的確なので、そばにいて助けてほしいようです。半年から1年間。」
応接セットの向かいに緊張した風で座っていた彼は、ぽかんと私をみつめ、次には、眼が徐々に赤くなってきて。
「あの、、あの常務が、そう仰有ったのですか?!」
「はい!どうかしら?
しばらく海外になります。
嫌だったら、はっきり仰有ってね!
急いでいるので、もし、あなたが嫌ならば、他の人を考えなければなりません。」
「あの、、あの、、僕、憧れの人です、、常務は、僕の憧れの人です。
僕は真面目なだけが取り柄で、、あー、常務と一緒に行動出来る、、あー」
営業部にいて、真面目で正直で律儀で、その完璧主義が彼の神経を少し病ませてしまい、
部署を変えることで、彼は再生した。
私より、父や祖父や夫が、彼の能力を高く評価していた。
分析力。そして彼は語学力も天性のものがある。正確で律儀で。
🌸🍺🌸
ここは、一気に決めちゃう!
「じゃあ、いいのね、、すぐ準備してもいいのね! パスポート持ってる?
こっちの部署管轄で動いてもらいます。
お部屋はそのままにしておいて!
時々は戻れますから。
それと、お給料は、現在の額の倍くらいになるはずよ。
あと詳しいことは総務で聞いて。」
「はい、、」
「あなた、取り柄だらけよ!
卑下しないでね! 胸張って!
でね、、辛いとか、苦しいとか、そういうの感じたら、私にすぐメールでもラインでも電話でも、躊躇しないで、
ぱっぱと連絡して!」
「はい、、」
「なんでも、すぐよ! 我慢しない!
あなたの真面目さや、律儀さや、正確さは、作ったものじゃないでしょ、、。
自分が壊れてしまうまで頑張る必要はない!どんなこともね。」
「はい、、」
彼は、スカッとした表情になって、ありがとうございますと頭を下げて部屋を出ていったが。
彼の件は、私が言い出したことではなく、
殆んど社内にはいない夫の提案であり、
きちんとした仕事をしていると、きっと誰かが正しく評価しているものだと。
愚公移山という言葉を思いだした。
彼はまだ、「おはようございます、、今日も1日元気よく頑張りましょう!」風のSNSを続けているという。
一旦始めたら、続ける、、なかなか、
私には真似の出来ない根性の人。