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結婚指輪を買ってから「確かめておけばよかった」と後悔した話

今回の日刊かきあつめのテーマは「#指輪」ということで、結婚指輪にまつわる失敗談をお伝えしたい。


結婚を数か月後に控えた私たちは、どこでどんな結婚指輪を買うか、あれこれリサーチしていた。すると、指輪を手作り体験できる工房があると目にした。金属から加工して、自分たちで指輪を作れるらしい。

型を作るわけではないので、完成した指輪は一点モノだ。それに体験自体も記憶に残る一生モノの思い出になる。結婚指輪としての特別感もあるし、あとは単純に金属を加工する作業はおもしろそうだ。

ほとんど即決で、私たちは結婚指輪を自分たちの手で作ることにした。作らせてもらったのは、鎌倉にある「鎌倉彫金工房」さん。

二人で平日に休みをそろえて、都内から鎌倉まで電車で向かう。平日の昼間だったからか、最寄駅から工房までの道中はやや閑散としていた。いざ工房についてみると中は賑わっていて、すでに何組かの客がいる。様子を見るに、絶賛手作り体験中らしい。我々と同世代のお客さんが多いようだが、大学生に見えるカップルもいた。

私たちもすぐに机へ案内され、まずは指輪に使用する材質や彫りこむ文字を紙に記入する。スタッフさんの勧めで、私のプラチナの指輪を妻が作り、妻のイエローゴールドの指輪を私が作ることにした。

指輪のもととなる金属は、いざ目の当たりにすると本当にただの棒にしか見えず、なんだか安っぽい。こんなのが、うん万円する指輪になるのか。

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細長い棒状の金属を、赤熱するまでバーナーで炙る。

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ペンチで曲げて輪っか状にする。

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つなぎ目を溶接すれば、あっという間に指輪の原形の出来上がり。

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この間わずか数分で、言われるがままに手を動かしていたから、正直あまり手作り感はない。でも、本番はここからだ。

出来上がった指輪の原形を、専用のゲージにはめてハンマーで叩く。

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少しずつ広がってくるので、目的のサイズになるまでとにかく叩く。しかしやりすぎると戻すのは難しいので、力いっぱい叩けばいいというものでもない。そこそこ力が必要なのに、慎重に叩かなければならない絶妙な塩梅。ほどよい緊張感がある。

目的のサイズまで拡げられたら、今度はヤスリでがしがし削っていく。ツヤを出すためではなく、指に触れる面を滑らかにするためだ。

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自分用なら手も抜けるが、パートナーの指元を一生飾り続けることになる指輪となれば、丁寧に作りたくもなるというもの。スタッフさんの勧めは正しかった。

ひたすら磨いているうちに、手はまっくろになる。

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その後、工房でさらに磨いてもらったりなんだりして、ひとまず完成したのがこちら。

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すでに十分きれいである。

手作り体験自体はこれで終わりなのだが、私たちは仕上げとして「槌目加工」という、ハンマーで叩いたような表面にするオプションを選んだ。この加工は当日中には仕上がらないので、完成品は後日郵送で届くことに。

待つことおよそ2週間。ようやく届いたのがこちらだ。

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手前みそだが、とてもいい感じだと思う。手作りの結婚指輪は、たいへん満足のいく仕上がりとなった。


ここまで、後悔するようなことは何一つない。問題はこの後だ。

実は手作りしたこの指輪、現在筆者の手にはない。なんと、作って半年でなくしたのである。この体たらくには我ながらびっくりした。

最初に気づいたのは妻だ。食事中かなにかにテーブルに置かれた私の手を見て、「あれ、どうしたの?」と尋ねる。わけもわからず自分の指に目をやると、あるはずの物がない。状況を認識するとともに、サーッと血の気が引いていった。

指輪を付け慣れていない筆者は、無意識に指輪を付け外しする癖がある。それが散歩中か何かに発動したのだろうと思い、あわてて散歩コースを何往復かした。しかし見つからない。実際のところ、いつなくしたかすら定かではないのだ。飲食店で忘れた可能性も考慮し、よく行く店を聞いて回ってみたが、すべて空振りだった。

探しながら、ずいぶん落ち込んだ。いや、探しているあいだはまだよかった。本当にきついのは、どこかで探すのを諦めなければならないことだった。なくしてしまうと、見つからない限り探し続けることができてしまう。しかし仕事も生活もある中、延々と探し続けるわけにはいかない。だからある程度探したところで、折り合いをつけなければならない。これならばいっそ、目の前で壊れてくれた方がましだった。いまだに部屋の何処かからひょっこり出てくるんじゃないか、なんて期待してしまう自分がいる。

結局指輪は見つからず、結婚直後でお金に余裕がなかったこともあり、すぐに買い直すことはしなかった。なくしたのは自分だけだし、最悪このままでいいんじゃないか、なんて気持ちもあった。しかし、なければないで気になるものだ。以前にまして、薬指を触ったり見つめたりするようになった。

なくしてから一貫して「大丈夫だよ」で押し通す妻への申し訳なさも募り、さすがにいたたまれなくなって、お金に余裕ができたところで二代目の結婚指輪を買うことにした。ただ、緊急事態宣言中でまた鎌倉まで手作りしにいくわけにもいかないので、今回は普通にネットで選んだ。

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新たに買った指輪も悪くない。デザインもコンセプトもしっかりしていて、とても満足している。満足はしているが、しかし完全に気が晴れることもない。なにせ、一生モノの思い出とともに作った一点モノの指輪をなくしてしまったのだ。新しい指輪を買ったからといって、取り返しがつくものではない。

ただおかげさまで、指輪を付け外しする癖はすっかり治った。治ったどころか、指輪に手をかけると条件反射で背筋にぞくっと寒気を感じるほどだ。もはや軽いトラウマである。

ここまで尾を引いているのは、手作りの指輪だったからにほかならない。

一点モノでなければ買い直せば済む話だ。「痛い出費になったね」でしばらくすれば笑い話になる。実際、結婚指輪を(特に男性が)なくすというのはわりとある話らしい。

これならいっそ、最初から市販のものにしておけば――と、タラレバを言いたくもなる。それでもまあ、指輪を作る作業は楽しかったし、できあがった指輪も素敵だった。だからその選択自体は後悔しない。しかし、指輪を付け外しする癖に気づいた時点で、何かできたとは思う。

そんなわけで、筆者のように指輪を付け慣れていない人は、婚約指輪や結婚指輪を買う前に、あるいはなくす前に、「指輪をなくさずに身に着けていられるか」を確かめることをおすすめする。なくしてからでは遅いのだ。

文:市川円
編集:鈴木乃彩子


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