それが延命であれば

変化が嫌いなタイプ6日本の話となります。

以前に書いた
「適職を求めること」について
と関わる話です。

『「ガッカリ河野を見切って高市に乗り換え」議員たちの驚きの打算(FRIDAY) - Yahoo!ニュース』
https://news.yahoo.co.jp/articles/e5b643d655ed9193bb1c197206c5f7131bf26261
より

今回の総裁選は、議員票382と党員票382の計764票で争われる。約110万人に上る党員が「国民感覚」に近いのは間違いないが、その内訳を考えれば、総裁選での投票行動は必ずしも「国民感覚に近い」とは言い切れない。

その理由は、業界団体に属している「職域党員」が党員票全体の4割近くに上るためだ。「職域」は全国単位で動くことが可能で、安倍氏の総裁選で党員票の積み増しに大きく貢献したとされる。さらに、この支持団体からの支援を受ける議員たちも、その動向を気にしないわけにはいかなくなる。

この構造だと、新しい職業を育てる素地が無いように思うのですが、どうなのでしょうか?
業界団体に属している「職域党員」の力が強ければ、政策は現状維持中心となるでしょう(旅行関係をつぶさないためにGOTOをした、みたいな)。

力の配分として、どうしても、今ある職業の維持に重点が置かれがちとなります。そのほうが既知・日常の延長となり、行うほうも楽ではあります。

それが雇用と成長と高給をもたらすのであれば、それでもかまわないのですが、それが延命であれば(略)。

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