節電要請の話を読んで思ったこと

『エアコン、結局使っていいの? 戸惑う声 混乱はなぜ起きた』

政府から節電要請が出ているなか、熱中症対策でエアコンを使っていいのか、戸惑う声が上がっている。一つの課題について両立しない矛盾した指示をされて混乱する状況を「ダブルバインド」という。

(略)

ダブルバインドに詳しい海原さんは「政府は節電要請をする以上、具体的にエアコンの使い方を説明すべきです。政府は『エアコンを使うな』とは言っていませんが、具体的にどうすればいいか提案が欠けているから『使ってはいけない』との誤解が生まれてしまいます。受け手が持っている情報のレベルと合わせ、分かりやすく情報を提供することが大切です」と話す。例えば、エアコンをつけたり消したりしない方が節電効果を得られるなどの事例を具体的に示す方がいいという。

また「家庭だけに節電を求めているのではないと伝えることも重要です。例えば、企業に節電を求めるメッセージを明確に出すことで、一般の人たちは(要請を)受け入れやすくなるのではないでしょうか」と提案している。

判断や国民への指示は責任が伴うから、それを嫌がり、
節電における混沌への対応を国民側に投げているのですよね。

ちなみに、ダブルバインドの説明

「ダブルバインド」とは日本語で「二重拘束」を意味し、「2つの矛盾した命令を他人にすることで相手の精神にストレスがかかる状態」を指します。このダブルバインドという概念は、アメリカの精神科医グレゴリー・ベイトソンが1956年に提唱した「ダブルバインド理論(二重拘束理論)」に由来しています。

例えば親が遊んでいる子どもに対し、「ちゃんと勉強をしなさい!」と命令した後、「ちょっとこっちに来て夕食作りを手伝って」と依頼をしたとしましょう。すると、子どもは「勉強」と「家事手伝い」の2つのタスクを同時にこなせず、どのように行動・選択をしたらいいのかわからなくなってしまいます。このような心理的拘束をダブルバインドと呼びます。

https://news.mynavi.jp/article/20200919-1262966/


ダブルバインドの「二重拘束」という日本語訳は直訳ですね。
「二重拘束」より「命令(複合)衝突」とか「課題衝突」とか意訳すればいいのに。

先ほどの節電記事に対するヤフコメ

そもそもの話として、政府が国民一人一人に対して「節電のお願い」なんてものをすること自体が個人的には間違いだと思う。それ以前にできること、政治レベルでないと動かせないことをまずは全力でやった上で最終手段としてこの「お願い」を使う、それならまだ納得できるはず。今だったらそこまで生活に必要ない消費電力量の大きいテレビ局や対して輪番停電を要請するとか、電力確保するためにちゃんとやってますアピールをすればいい。
コロナ禍で一種の成功体験をしてしまった政治家は、「お願い」さえしとけば何でも乗り切れると考えてる気がしてなりません。我々国民が賢くならなきゃいけないのもまた然りですが。

ですから、めんどくさい混沌への対応を国民に丸投げしているのですよ。


>最終手段としてこの「お願い」を使う

違うぞ、政府関連の"誰も責任を取りたくない時"に使うのが「お願い」だぞ。
後で「どうとでも言い訳が立つ」ためにな。

というコメントもありました。

一応、毎度毎度でくどくなりますが説明しておきます。
日本はエニアグラム・タイプ6の国民性です。
タイプ6は、安心・安全・安定が大切で、その反対の混沌や未知を嫌がります。
そして自身の安心・安全・安定を確保したいがために、判断や決断や責任を嫌がります。

参考
タイプ6は心配事・不安に どう反応しているか、 精神レベルにより どう変化していくか
タイプ6の陰陽 蛇足でタイプ1の話




後は、今回の電力問題に関連した話(メモとして)。

10年に1度の猛暑となった場合の電力需要に対して、供給できる電力の余裕を示す予備率が、7月は東北・東京・中部エリアで最低限必要とされる3%をわずかに上回るだけの状況になっています。計画停電の実施も検討するとされ、政府は具体的な数値目標は設けないものの7年ぶりに全国規模での節電協力を呼びかけています。また冬季に関しては、今夏よりもさらに厳しく予備率がマイナスとなる見通しが示されています

夏の電力不足はどうなる? その背景と対策を解説


『夏の電気代高止まり…1年前の3割増しで家計負担重く 8月の電気料金』

電力大手10社は先ほど、8月の電気料金について、標準家庭のケースで東京電力では247円、中部電力では231円上昇するなど、4社が値上げすると発表した。

日本の発電量のおよそ8割を占める火力発電の燃料費が、ロシアによるウクライナ侵攻、円安などにより高騰しており、電気料金に反映された。


節電要請の各種報道を見ても電力不足の原因を「脱炭素化による火力廃止のせい」としか説明していないが、火力が減っているのは脱炭素のためだけでない。現下の電力不足は、供給力確保・電源投資への手当てを欠いた全面自由化の制度設計に起因する構造的な問題であることを長くなるが説明する。



供給力確保義務と言っても、自前で発電所を設けたり発電事業者と契約を結んだりせずとも市場での調達も供給力確保と認めたために、供給力の裏付けがなく市場の電気を右から左に動かすだけの新電力が何百社と生まれることになった。彼らは発電所を持たないのでいくら増えても供給力増の役には立たない



更なる不幸は、FIT制度が導入され不安定かつ格安の電気が大量に市場供給されたこと。0.01円の電気が市場にあふれたことで、火力は再エネのバックアップに留まることが増え稼働率が低下し採算性が悪化したために、価格競争力のない火力は次々に閉鎖、投資回収のめどが立たないので新規投資も行われない



さすがに国もこうした状況を座視していた訳ではなく、国全体で必要な供給力を確保するために「容量市場」という市場を新たに導入することにしたが、導入が24年なので今すぐの解決策にはならないこと、一部新電力や政治勢力が容量市場に反対していることから、容量市場で万事解決と楽観視はできない。



総括原価方式をぶっ壊した電力システム改革の目的を国は3つ挙げているが、現状そのいずれも満たせていない。行政と政治は失敗を認め制度設計を改める必要がある。おしまい。
・電力の安定供給確保→電力不足
・電気料金を最大限抑制→過去5年で最高値
・電気利用者の選択肢拡大→続々と小売が受付停止

https://twitter.com/Twilightepco/status/1535851881888567296

はてな でのコメント

「独占はあかんから自由化しよう!」→「やっぱインフラはある程度独占でないと責任をもった適正価格での運営がなされないのかも」こんなフェーズなのかしら。水道民営化の話と並べてみれば自明な気もするんだけど。

この制度だと『いざというときのための余力』を持つ事がガチで負担にしかならないんだろうね。自由化ってそういう面は必ずある。

電気が余ると損。「ギリギリやや足りない気味」が最も儲かる設計だから、この制度が続く限り電力余剰が増すことはありえない。リスクだけを "販売会社" (と需要者)に転嫁し東電ら発電事業者の利益を最大にする制度

電力以外の例えば水道の自由化や民営化でも同じ轍を踏まないようにしたいものです。


リスクを押し付けられたのは消費者。利益を得るのは消費者と電力販売業者。旧電力は余剰電力がある場合にスポット市場へ安く出すことを強制されて、予備電源確保への投資のインセンティブが失われた。

(再エネ業者も高値買取させながら悪天候時発電義務ない。で、外資金融業の入れ食い。)(それに発電義務なき自由化で電気料金さがった国はない…)追記 https://twitter.com/Electric_taro/status/1535989187446702080 制度設計思想を変更する気配ない。

といったコメントもありました。


追記
以前「電力不足が危ないのは夕方の5時」と何かで読んだような気がして、今回の文章を書き終えて、「ん? 電力消費のピークは真昼では? もしかして、真昼は太陽光発電でまかなっていて、日が暮れる夕方から太陽光発電が無い分、危機を迎えるということかな?」とネットで調べてみたら、それらしい記事が見つかりました。

『電力不足 全国に7年ぶりの節電要請 夕方以降の節電がカギ|NHK解説委員室』

なるほど、昼間は太陽光発電で間に合っていて、火力は価格で競争に負けている。本来であれば昼間に火力発電なんておよびでない。
夜になれば気温も落ちてくるし、深夜は寝ているし、夜間の需要もそれなりに確保できている。
問題は、まだ暑くて、かつ、太陽光発電の量が落ちてきている夕方で、夕方からの数時間だけ火力が必要になっているわけですか。
「発電はそんなこまめにつけたり消したりできないよお」なんて悲鳴が聞こえてきそうです(最新の火力発電所を作れば、1日数時間だけの稼働なんてことできるのですかね?)。
それで昼間は太陽光発電で間に合っているから、価格競争をすると負けるわけで、火力発電所をもっているところが貧乏くじを引いているようなものですね。
この午後5時から夜の8時の時間帯だけ、電力料金を大幅に高くすれば良さそうだけど、企業に影響が出るし、庶民は不満を口にするでしょうね。
この時間帯だけ、とりえあず輪番でテレビ局の放送を止めてみて、電力消費に変化があるか確かめてみてもよいと思っています。
またすでに街中では照明を落としている店舗があり、好感をもって見ています。

蓄電技術の向上が課題なのかも知れません。
ちなみに、冬はまた違ってくると思います。

余計なことを書けば
そもそも日本において夏が暑いのは当然なので、クーラーによる冷房を禁止にしてもよいのでは? と暴言を言ってみたり。
新型コロナの行動制限の議論では、弱き者に対する冷淡な意見が散見される中、
節電議論では、暑さに弱き者にやさしいなあ、と思ったり。


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