今まで書きそびれてましたが、タイプ6の一面には疑り深い面があります。タイプ6のことを『疑念者』とヘレン・パーマーが呼ぶほどに疑り深い面があります。
 何か分からないことがあって、ネットで検索して「分かりました」と言うと、「そのページは本当に信頼できるの?」「書いた人は専門家なの?」と疑問を提示してきます。すぐに信じることはありません。これが同じ思考センターのタイプ7だとそのまま信じる人もいるのですが、タイプ6は違います。疑います。
 ちなみに、それが仕事でもタイプ7はネットの曖昧な情報を根拠として言う場合があります。これはもう性格の違いとしか言いようがありません。

 安心・安全・安定を求めるタイプ6ですが、誰かが発言したとしても、それが本当に安心・安全・安定なものなのか、判断ができません。下手に信じてしまって後から違っていたら、安心・安全・安定を損ねます。これはタイプ6にとってはストレスです。ほんのちょっとの時間、ほんのちょっとの部分、安心・安全・安定から外れてもタイプ6にとってはストレスです。間違いはあってはいけません。判断は慎重にしなくてはなりません。
 とは言いながら、自分で判断することは、自ら混沌とした世界に乗り出すことです。そんな怖いこと、できたものではありません。自分一人での判断を基本的にタイプ6は嫌がります。そこでタイプ6は判断せずに疑います。とことん疑います。減点主義で、ものを見ます。少しでも安心・安全・安定にほころびがないか確かめます。皆に尋ね回ったりもします。
 日本には「どこの馬の骨とも分からない」という表現があります。タイプ6は、安心・安全・安定の担保として、ときに、その発言者の身分学歴などを用います。身分学歴を信用の証にしようとするのです。同じ言葉であっても、その発言を「誰が言ったのか」はタイプ6にとっては重要なことです。
 判断が嫌なので、相手の氏素性を頼りにします。それでも、なお、疑うこともあります。なんていったって『疑念者』なんですから。

 あなたの周りに『疑念者』はいますか?他の人と反応を比べると分かり易いですよ。簡単には信じませんから。

参考
タイプ6の話をハッシュタグでまとめています。こちらでまとめて表示されます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?